第2話 王都の食糧事情

「それじゃあ行ってくるね!」

「行って参ります。ユーキさん、アリアさんに心配かけないようにしてくださいね」


 門が開く朝の早い時間、そう言って鉱国の紋がついた幌付きの荷馬車に乗り込むヨウカとミシカ。


「や、心配されるのは俺かよ」

「だって毎回、心配かけ過ぎじゃないですか!」

「ユーキ様が心配ですものね、ミシカは」


 別に……とそっぽを向くミシカに、アリアが手を握る。


「何かあったらギルド経由で連絡してね。何とかしてみせるから」

「はい、アリアさんを信じてます」


「大丈夫。最初の頃の私達より二人はずっと強いから。無茶さえしなければ大丈夫よ」

「アリアさんは心配し過ぎだよね」


巻物スクロール持って行け。障壁の魔術を封じてある。合言葉コマンドワードはいつものだ」

「ん、ありがとリーメ姉」


 キリカとリーメもそれぞれに別れを告げている。リーメが心配しているとは珍しいな。


「では出発します!」


 御者が告げるとアリアはさっと馬車から飛び降り、聖国行の郵便の荷馬車が動き始める。ヨウカは元気よく手を振り、ミシカも小さく手を振っていた。俺たちが手を振り返すと二人とも笑う。そうして大通りへと馬車は紛れていった。


「大丈夫かな、まだ二人とも13才なのに」


 アリアは自分が小さい頃から大変な目にあってきたからか、孤児院の妹たちに対しては心配性だ。


「大丈夫よ。二人とも強いから。それに、行きと帰りは大賢者様の手紙の護衛ってことでちゃんと送り届けてくれるんだから、これ以上はないでしょ?」


 キリカの言う通り、郵便物の護衛と言うことで大賢者様が二人を雇ったことになっている。実際には、大して用事もないところをアリアたちが頼んだのだ。


 今回の聖国への旅行はヨウカのたっての希望で計画された。ヨウカが『恋人たちの国』と物語で聞かされてきた聖国の大きなヤドリギの神さまを観たいという憧れからくるものだった。


「かわいい子には旅をさせろって言うからな」

「かわいいから、男くらい作ってくるかもよ? どうする?」


 キリカが冗談めかすが、俺が困ることじゃないだろ。


「別に俺は二人の保護者じゃないからどうとも思わねえよ」

「そうなの? つまんないわね」


「恋人ができれば、改めてユーキ様の良さに気付くかもしれませんしね」

「やめてくれルシャ……」


「じゃあ行こっか」


 アリアの呼びかけに冒険者ギルドへと向かった。その後は市場に行く予定。小さな市は毎日のように開かれていた。



 ◇◇◇◇◇



「リーメさあ、前に卵焼きを作ってくれただろ? あれもう一度作ってくれない?」


 食材を買ってきたあと、下宿のリビングでリーメに聞いた。

 以前、アリアたちが国王陛下の嘆願で魔王との戦いに駆り出されたことがある。あの時、俺はひとり置いて行かれたために酷く落ち込んでいたが、その時に作ってくれたリーメの卵焼きが忘れられなかったのだ。


「なんだ突然。自分で好きなの作ればいいだろ」

「いや、作ろうとしたんだよ。だけどどうしてもあの味が再現できないんだ」


 賢者の鑑定の力で作ろうにも材料が無ければレシピは出てこない。しかもあの時はレシピの事なんて頭にもなかったので、料理に鑑定を掛けようなど思いもしなかったのだ。


「リーメが料理をしたっていうのは聞いたけど、そんなにおいしかったの?」

「何だかすごく懐かしいような味だったんだ……。忘れられなくてさ」


「ふぅん」


 アリアはちょっと微妙な顔をする。妬かれてなければいいんだけど、判断が難しい。

 そしてリーメはリーメで難しい顔をして考え込んでいた。



 ◇◇◇◇◇



 結局、昼食には俺の希望した卵焼きは食べられなかった。いや、別に卵焼きがそこまで好きなわけじゃないからいいんだが……。仕方がないので買ってきた食材で昼食を作った。



 王都は周囲に数多くの荘園がある。それらは全て、王都の人口を支えるためのものだ。特に近郊にある小さな荘園は、誰が始めたのか生鮮野菜を中心に作られていて、毎日のようにいろんな食材が王都の市場に持ち込まれてくる。逆に、日持ちの良いものや加工される農産物は、王都から離れた場所にある大規模な荘園で作られる。主食の麦なんかがそうだ。


 そういうわけで野菜、それから果物も種類が多い。元の世界と比べてではあるけれど、そもそもスーパーなんかの商品は、大量生産されるお決まりの食材でしかなかったのかもしれない。ここでは季節によって違ったものが並ぶ。



 そして王都で手に入る食材と言えばまず豚肉や羊肉。

 肉は実の所、ある程度は魔法的な技術で冷蔵できるのだけれど、元の世界のように低温で冷凍できるわけじゃない。王都では、豚や羊を潰して売るのが普通。中でも秋のよく肥えた豚は燻製や塩蔵にされる。塩蔵の脂身は安くて重宝する。ちょっとくどめだけどアリアたちは平気なので料理によく使うし冒険の際にも携帯する。


 他に冒険者がよく食べるのは携行しやすい干し肉。干し肉はそのままだとそこまでおいしくない。高いスパイスを利かせている干し肉はおいしい代わりにちょっと高いし。


 豚や羊は養豚場みたいなところがあるのかと思ったら、放牧が普通らしい。ボカージュと呼ばれる、牧草地と森が混在する放牧地で飼われている。放牧地は粗石積みで区切られていて、その名残か牧草地でなくともこの辺ではどこでも粗石積みをよく見かける。ただ、あれって見通しを悪くするのでゴブリンなんかが隠れやすいのがちょっと面倒くさい。


 人の手の入った豊かな森では木の実が豚の餌となる。そういう森では地母神様の恵みを村の魔女が祈るらしく、多くの豚を育てられるのだとか。人の手の入った森には普通、怪物が棲みつくことは稀だけれど、豚を狙って悪戯妖精ボギー梟熊アウルベアなんかが入り込むことがあるわけだ。それを狩るのが冒険者の大事な仕事だったりする。



 鶏肉は味が落ちるのが早いため、時間があれば生きているのを買うことが多い。俺も慣れてはきたけれど、いつもはアリアに絞めて貰っている。豚肉に普段から慣れてくると、鶏肉はかなりさっぱりしているように感じる。アリアが結構、脂っこい肉とか平気で食べるのもある。彼女としては、冒険者は朝、しっかりしたものを食べるという感覚らしい。逆にキリカは鶏とか魚が好きだ。あとカエルだな。ウォーターリーパーはこの辺の人は食べないらしいが、キリカには好評だ。


 魚は湖があるので大きめの淡水魚が入ってくる。ただ、ちょっと臭みがあるので塩焼きなんかにはしないで、香草と一緒に調理するのが定番。もっと川上に行けばおいしい淡水魚も多いみたい。あとは海が近くに無いのが残念。東や南の海は伝説にしか語られないし、西の海はオークの住む土地よりまだ西だと言うのでとにかく遠すぎる。あとは北の海だけれど、ルイビーズの北の未開の地を抜けないといけないらしい。



 次に重宝されるのがチーズやバター。チーズは羊乳や山羊乳のチーズが多くてちょっと癖がある。山羊は割とどこででも飼われていて、王都の街中でも気軽に一頭二頭と飼っている家が多い。そのため朝のミルクというと山羊の乳が定番で、こっちもちょっと癖がある。知り合いから貰ってくると、毛が入ってたりするのは御愛嬌。


 牛も放牧されているが、こちらは肉よりも牛乳か、或いは農耕を目的として飼われていることが多く、王都周辺では羊や豚に比べて見かけることが少ない。



 野菜の中で最も重宝するのがトマトやナス、ジャガイモ、唐辛子と言った元の世界にもある野菜。これらは昔の召喚者が、白いナスに似た毒のある実をつける植物から、魔術で品種改良して作り出したらしい。歴史的に見ても、食べることに力を注ぐ召喚者は多いのだそうだ。ただ、和食は再現されてないみたいだった。スパイスなんかでも、元の世界の南方産の香りの強いスパイスに近い物は見かけない。カレーなんかは作れない訳だ。


 あとは蓄えやすい豆。何種類かあるが、いつでも手に入るし、麦と同じく主食のひとつとなっている。乾燥させて持ち運びできるので、炒った豆なんかは冒険者の携帯食のひとつ。焼しめたパンか或いは砂糖とバターを多めに練り込んだケーキみたいなパン、塩蔵の豚の脂、干し肉、炒った豆、あと木の実なんかを一週間分くらい冒険の際は携行する。


 考えてみれば元の世界のスーパーには、世界各地から集められ、育てられたり輸入された食材があったわけだ。仮にこの世界のどこかに同じものがあったとしても、まず世界中を旅して探し、輸入する手段を作らない事には元の世界と似たようなことはできない。途方もない計画だな。


 まあ、俺はそこまで元の世界の食べ物に拘りは無いし、この世界の料理も好きだ。だから無いものねだりするよりは、新しい楽しみを発見していこうと思っている。







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 ウォーゲームとかでボカージュ(粗石積みの方)があると面倒くさいのと同じで、ファンタジーでもボカージュって戦術上の阻塞として重要だと思うんですよね。なのでよくゲームで出してましたが、あまりわかってもらえないんですよこれが。


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