第三部 幕間

第1話 ミコルは知っていた

「むっふふー。ねえねえミコち、聞きたい? 聞きたい?」


 冒険者ギルドのホール。奥の丸テーブルでパーティの仲間を待っていると、同じく待っていたシャロさんが聞いてきました。


「な、なにかはわかりませんが、聞きたいなあ……って思います」

「そぅお? じゃあ教えてあげるー」


 こういう時、シャロさんはお話ししたいだけなので、合わせてあげることが大事だと最近わかりました。以前の私ならまず何の話かを聞こうとして失敗したりもしましたが。


「――アイスのさぁ、憧れの人が旅から戻ったんだって」

「それって聖騎士のアリアさんですか?」


「そぉそ。しかも、ミコちの王子様とヨリを戻したんだって!」

「ええ、うん、それはよかったです」


「あれ? チャンスじゃなかったの?」

「う~ん。私は何か変だなって思ってました」


 シャロさんがこういうのにも理由がありました。ひと月くらい前の事でした。それはちょうどユーキさんへ、私が魔法を使いこなせたことを報告しようと思っていた矢先の話でした。



 ◇◆◇◆◇



「聞いたか! ユーキが娼館を二晩ハシゴしてアリアにぶん殴られたってよ!」


 寝耳に水の話に、ギルドホールは湧きたちました。


「マジかよ!」

「家に帰らなかったもんだから詰所に留置されてたって話だな」

「ユーキも焼きが回ったか……ヒモはヒモらしく、他の女には手を出さないと思ってたんだがな」


 冒険者の皆さんの話に、私のパーティの皆も開いた口が塞がらないでいました。


「や、やっぱりな……。あいつはそういうやつだったんだよ……」


 ようやく口を開いたアイスくんも目が泳いでいました。彼は彼なりにユーキさんを買っていたように思います。そして大騒ぎしている皆さんは――


「よし、じゃあ陽光の泉ひだまりに入れて貰いたい奴! 抜け駆けは無しだぜ」

「オレ入れて貰いたい!」

「オレもオレも!」

「ユーキの代わりならオレだって余裕だろ!」


 そう言っていますが、本当にユーキさんの代わりに陽光の泉ひだまりに入るつもりなのでしょうか。私はあの人たちにはとても無理だと思いました。

 沸き立つ冒険者の皆さんに比べて、私たちのテーブルはどよんと沈んでいました。


「オレ、アリアさんの様子、見てきた方がいいかな……」

「えっアイス、家知ってんの? いきなり訪ねてこられるとかキモいよ」


 シャロさんの言葉にアイスくんが息を飲みます。普段、シャロさんはアイスくんにここまで言いません。ダスクさんには割と言いますけど。アイスくんにはちょっときつい言葉だったようです。


「あっ、あっ、私が様子を見てきましょうか? 行ったことありますし」


 落ち込んでいるアイスくんを元気付けようと、私がユーキさんの家を訪ねることとなりました。



 ◇◇◇◇◇



 ユーキさんの住む集合住宅アパートメントは市場の向こうでした。

 私はギルドから大通りを東へ向かい、目立つ高い建物を目指しておりました。しかしその途中、馬の嘶きが聞こえたかと思うと、大通りを行く馬車が慌ただしく急停止し、斜めに停まったのが目に入りました。通りを行く人たちも足を止めています。


「何かあったのですか?」


 私は背が低いので人混みの向こうが容易に見渡せません。


「誰か馬車から落ちたらしい」

「喧嘩になってるようだぞ」

「あっ、馬乗りになった!」


 そんな会話が聞こえました。

 争い事は苦手でしたので、人混みを迂回するためにも大通りを反対側へ渡りました。ただ、ふと道の反対側から目をやった先には、誰かに馬乗りになって殴るユーキさんによく似た姿の何かを見たのです。


 確かに傍にはアリアさんや聖女様の姿がありました。ユーキさんであることは間違いないはずなのに、何故か私にはまるで別人に見えました。その殴っている相手もそうです。どちらも何故か、人ではない何かに見えました。この世ならざる、どちらかといえばペコに似た存在でした。


「ペコ! ペコ! あれは何?」


 そう言ってペコに聞きましたが、ペコもよくわからないみたいです。

 やがて、ユーキさんによく似た何かはアリアさんたちを連れて下宿の方へ向かいました。私は彼らに追い付いて、話しかけようとしましたがユーキさんの目つきがあまりにも怖くて逃げだしてしまいました。



 結局その後、ユーキさんに会うのも躊躇って、何日かしてから師匠を尋ねましたが、師匠の方でも何かわかったみたいで、アリアさんがユーキさんを助けるため、旅に出ていると聞きました。師匠も、私の話を興味深そうに聞いてくれましたが、何が起こっているかまでは教えて貰えなかったのです。



 ◇◆◇◆◇



 ユーキさんがアリアさんと仲良くしていたということはつまり、問題も解決したのだと思います。シャロさんの言うようにいい機会なのかもしれませんが、あんなユーキさんを見てしまった以上は、私はアリアさんを差し置いて何かしようというよりも、戻ってよかったなと言う気持ちの方が大きかったのです。


 そうしてお喋りしていると、ダスクさんがやってきました。


「おかえりダスク。あれ? アイスは? 一緒に防具を見に行ってたんじゃなかったの?」

「いや、それがね、途中であの聖騎士さんを見かけたんだ」


「ああ、今さっき話してたとこ。そんで?」

「それでミコルの王子様? も居たんだけど、なんかこう……幸せそう? っていうか、近い? っていうか、ほらあのユーキって人、ちょっと遠慮気味なところがあるでしょ? それが無い感じで」


「あー、それ。やったんだ、きっと」

「や、やったって何を!?」


 するとシャロさんが私に擦り寄ってきて――


「えー何? ダスク。とぼけて言わせるつもりなんだ? キモ~い。キモいよね、こいつ」


 ダスクさんも困っていたので私なりに助け舟を出します。


「あああのあの、それでアイスくんは?」

「アイスはその、突然走って行っちゃって……」

「あー……」


 それからしばらく、アイスくんは元気がありませんでした……。



 私? 私はと言うと、ユーキさんが凄く落ち着いたような気がして、前よりも普通に話しかけることができるようになりました。魔法の報告もしました! よかったと言ってくださって、戦い方についてはあまり参考にならなかったと仰られたのですが、私はその、ユーキさんが考えてくださったのが嬉しかったんです――なんて言っちゃいまして! そしたらユーキさんは――それも豊穣神の導きみたいなやつだから――みたいにですね!!


「――ミコち大丈夫? なーんかブツブツ言ってたけどー?」


「だだだだだだ大丈夫ですぅ!!」


 心の声が漏れていたようでした。危うく危ない人になるところでした。


「それよりさぁあ? 聞いた? ミコちの王子様が地下迷宮ラビリンス攻略メンバーを募集するんだって」

「えっ!? 私なんかでも大丈夫なんですか?」


「さっき張り出されて、みんなその話で持ち切り」

「そんなにライバルが居るんですか……」


「とりあえず内容見てこよっか」

「は、はい」


 壁の掲示を見に行くと、張り出された便箋に冒険者が群がってました。皆さん、小声でブツブツ言いながら何やらヒソヒソと相談しています。


「えっ…………なにこれ……」


 シャロさんが言葉を失くしていました。

 私は不思議に思い、その便箋を読み進めます。が――


「この『えろとらっぷだんじょん』というのは何なのでしょう?」







--

 第三部幕間になります! ユーキとアリアが戻ってきて『第25話 しよ?』の話以降ですね。

 たぶん、シャロ的には『落ち込んでる女に言い寄る男』→キモい。『落ち込んでる男に言い寄る女』→ガンバレ。なんだと思います。偏ってますが。あと、シャロはキャラ的なものと、召喚者との会話が無いためもあって語彙は現代風で緩くしてあります。


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