第8話 ミコルの魔法

 私はミコル。ミコルシア・ケアリ。


 今まで一人で活動していたため、パーティでの魔法の使い方がわかりません……。

 おまけに危うく男の方に体を許す羽目に陥りかけました。都会怖いです。


 ですが危ういところを黒髪のあの方に助けられました。

 お名前はユーキさんと仰られるそうです。


「あ、お、おはようございます……」


 テーブルでお茶を飲みながら本を読んでいる彼に声を掛けました。


「えっ、あっ、お、おはよう」


 何故か彼は落ち着きなく挨拶を返しました。まるで自分を見るみたい。

 そんな少しのことで頭がいっぱいになってしまった私は、お礼を言うのをまた忘れてしまいました。


 パーティの仲間と別のテーブルで合流します。


「よっ、来たな。宿は大丈夫だったか?」


 同い年のアイスくんはこの年でパーティのリーダーをやっています。彼は剣士の祝福を得ています。そして何故かひどくユーキさんを嫌っています……。


「ミコち、ヒモの人、気になるん?」


 一つ上のシャロさんは私と違ってとっても女の子らしいかわいい印象の方です。盗賊の祝福を得ているので、遺跡探索が得意なのだそうです。


「おはよう、ミコルさん」


 三つ上のダスクさんは成人されている落ち着いた方です。パーティの手続きは彼がほとんどやってくれているそうです。そして聖堂騎士の祝福を得ています。聖堂騎士という祝福はよくわかりませんが、負傷の治癒ができるのだそうです。


「おお、おはようございますっ。呼び捨てでかまいませんのでっ」


 私は深々と頭を下げますが、ダスクさんは――そんなに畏まらなくても。じゃあミコルで――と言ってくださいます。

 

「ひ、ヒモなんて失礼ですよ。ユーキさんに……」

「そうだねそうだね、ミコちを助けてくれた王子様だもんね」


 シャロさんが抱き着いて頭を撫でてきます。


「は? あいつのどこが王子様だよ。寝言は寝て言え」

「アイスにはわからんよね。まだ女心なんて早いし」


「はぁ? 全然わかるし」

「こいつ好きな女に告白もできないヘタレなんだよ」


 シャロさんは私の頭を撫でながらそう言います。


「うっせえ。――とりあえず今日は試しにゴブリンの巣穴に行くぞ」

「だからそれはまだ早いって。せめて連携取れるようになってからにしよう。ミコルだって居るし」


「ゴブリンの巣穴は狭すぎて、私の魔法は使える場所が無かったのです……」

「そうか、じゃあまずは使える魔法を教えてくれない? そしたら連携も…………」


 話の途中でダスクさんが固まってしまいます。彼の視線の先を見ると、豪奢な金髪のお姉さんが椅子に座り、なんと片方の靴を脱いで挑発的につま先をユーキさんに向けていました。私は恥ずかしくて思わず顔を覆いましたが、ユーキさんの反応が気になって指の間から見てしまっていました。


 私たちの常識では、人前で靴を脱ぐ、特に女性が行うことはとても恥ずかしい行為なのです。しかしユーキさんは事も無げに両手で彼女の足を取ると、長靴下を引っ張ろうとします。途端、彼女は短い悲鳴を上げ、文句を言うと慌ててギルドを出て行ってしまいました……。



 私はぽかんと口を開けて、目の前で起こったことを理解できないでいました。

 突然、大勢の冒険者たちが声を上げ、『キリカを倒した』と、口々にユーキさんを讃えました。


「ほ、ほらな、やっぱりヒモじゃねえか」――アイスくんが言いますが動揺を隠せません。

「アレ逆に度胸あるでしょ。今の女、剣聖だよ」――剣聖? 剣聖って何ですか?

「……」――ダスクさんは私と同じようにぽかんと口を開けています。


「うーわ、ムッツリダスク、興奮しすぎて固まってる。キモ」


 私はハッと息をのみ、シャロさんの言葉が自分に向けられたかのように慌ててしまいます。


「ミコちも? ミコちの王子様、周りが女だらけだからね、奪うなら積極的にいきなよ?」


「そそ、そんな奪うだなんて。私なんかが……」


「ミコちかわいいじゃん。おっぱいも大きいし、ミコちがその気になれば落とせるよ。男はそういうの大好きだから」


 シャロさんの言葉は衝撃でした。私は体が大きくなり始めてすぐに胸が大きくなりました。背は低いのに無駄にどんどん大きくなるので、村の子供には牛のようだと揶揄われショックを受けました。重いし、蒸れるし、嫌なことしかなかったのが役に立つのだと……。


「そ、そういうものなのですか?」


「そうだよ? ムッツリダスクも大好きだし」

「やめろシャロ。おかしなことをミコルに吹き込むな」


 そういったダスクさんは私から目を逸らしていましたし、アイスくんも他所を向いていました。


「な、なるほど……」

「ミコルもシャロの話をあまり本気にしないでね……」


 ダスクさんは言いますが、ただの冗談のようにも思えませんでした。



 ◇◇◇◇◇



 それから私たちは魔法について話し合い、試しにゴブリンと戦ってみることにしました。ただ、やはり私の使う魔法は一般的な魔法ではないようで、説明しても誰も知りません。『火球』のような魔法がよくある攻撃のための魔法なのだそうです。


 結局、上手く魔法を使うことができなかった私は、魔石を売るために皆とギルドに引き返してきました。ギルドに来ると、他にも魔石を売りに来た冒険者が居ました。


「ミシカじゃないか。またゴブリンか?」


 ダスクさんが声をかけたのは栗色の髪の女の子です。彼女とその連れは……血まみれでした……。


「ゴブリンも居たんですけど恐狼ダイアウルフを連れてたのでちょっと大変でした」

「血まみれだよね……」


「あっ、これは魔石を取り出すのが未だに慣れなくて――」

「ミシカ下手クソだもんね」


「ヨウカだって同じでしょ!――だから自分の血じゃないです」


 ユーキさんを思い出す黒髪のヨウカと呼ばれた女の子は笑ってベタベタとミシカという子を叩いて余計に汚していました。


「この子、うちに新しく入ったミコル。彼女、魔石取り出すの上手だよ」

「マジで? 教えてよ」


 ヨウカさんが血まみれの真っ黒な手でじわじわと近寄ってくるので思わず引いてしまいます。


「ヨウカ、怖がらせちゃダメでしょ。――私はミシカよ。よろしくね」

「み、ミコルです。よよ、よろしくです」

「ヨウカよ。よろしくー」


「か、解体を教える余裕がいま無いんです……魔法を上手に使えなくて……」

「魔法? 魔術師なの? リーメ姉に教わったら?」


「リーメ……お姉さんですか?」

「リーメさん、孤児院での私たちのお姉さんみたいな人。魔術は何でも得意だよ」



 ◇◇◇◇◇



 魔石を売った私たちは、一緒に遅い昼食を取った後でアイスくんたちと別れて、ミシカさんにリーメさんという方と引き合わせてもらうことになりました。彼女は市場の向こうの集合住宅に住んでいるらしく、ほとんど外出しないので居るだろうと。


 集合住宅の高層まで上ると、そこの一室をミシカさんがノックしました。ですが、誰も出てきません。


「リーメ姉! リーメ姉居るでしょー? おーい」


 ヨウカさんが大声を上げていると後ろで戸が開きます。


「リーメならこっちに居るぞ。飯食ってたから――げ、お前ら血まみれじゃねえか」


 なんと、声をかけてきたのは私の王子様――ではなくユーキさんでした。


「えっ、ユーキさん、なんで?」

「あっ、えーっと、今朝の子?」

「ユーキ、また女を誑かしたの? アリアさーん」


「ヨウカ、アリアはキリカと出かけてて居ないぞ」

「うっわ、居ないのに女連れ込むとかギルティじゃん」

「連れてきたのお前だろうが! ミシカ、このアホどうにかしてくれ!」


「ヨウカはほっといてください。ミコルちゃんに魔法教えてもらえないかなって、リーメ姉に」

「わかった。あとお前らはとりあえず水浴びしてこい。帰りに下の住民に見つかったら通報される」



 そうして訪れたユーキさんの家のリビングには灰色の髪の、私とそう年は変わらない感じの気怠そうな女の子が居ました。


「でっか。ユーキが好きそう」

「ほんとですか!?」


「ルシャよりでか――」――頭をべしっとはたかれるリーメさん。

「やめろ」――ユーキさんでした。


「あー、女の子に手を上げた! 暴力おと――」――頭をべしっとはたかれるヨウカさん。

「やめなさい」――ミシカさんでした。


「バスルーム借りますね。ミコルちゃんをよろしくお願いします」


 私は思わぬところでユーキさんに出会えて、しかもシャロさんが王子様なんて言うものですから、どうしても意識してしまいます。

 リビングではユーキさんがお茶を淹れてくださいました。


「あ、あの、宜しくお願いします。パーティで魔法が上手く使えなくて……」

「どんな魔法が使える?」――と、リーメさん。


 私は使える魔法をひと通り説明します。


「珍しいな、俺も聞いたことない」


「これは全部、『喚起エヴォケーション』だ。同じ喚起でも火球ファイアーボールとかは魔力を源に作ってるが、この魔術では他の世界から力や事象を召喚している。つまり『召喚魔術』の中の『喚起召喚』だ」

「へえ。そんなに違うの?」


「範囲の予想が付かない。あと効果がものすごく長い。戦争で使うような魔法だ」

「まじか」


「エルフの森に湖になった大きな窪地があったろ」

「巨石の前のあれか」


「あれは昔の禁廷魔術師が似たような魔法を使った跡だ。図書館で読んだ」

「まじかよ」


 禁廷魔術師――お二人の会話に出てきたその言葉に私は緊張しました。


「わ、わたしは禁廷魔術師を目指して王都に来ました。でも、平民には難しいからまずは宮廷魔術師になるため冒険者として名を上げようかと……」


「今までに使った経験は?」


「はい。旅の路銀を稼ぐために魔獣狩りをしてきました――」


「――でも、魔法の続く時間が長くて危ないので、しばらく留まって危険が無くなるまで見張ってました。時には三日三晩続くこともありました」


「だろうな。それだけだとそうなる」

「何か対策があるのか?」


「ん」――リーメさんは私に掌を見せてきます。


「――授業料」

「リーメ、お前なあ」


「ユーキは女に甘すぎる。あたしが魔術書にどれだけお金かけてるか知ってるだろ」

「い、いえ、当然だと思います。でも、私まだ手持ちが少なくて、これくらいしか……」


 私はなけなしの銀貨を差し出します。あとは宿代と二人分の食事代でギリギリでした。


「じゃあ残りは貸しで」


 そう言ってリーメさんは私に二つの魔法を教えてくださいました。一つは『防護プロテクション』の魔法。この魔法で魔法陣を予め敷いておくことでそこに召喚された存在を入れなくするもの。これで魔法からパーティを守れるそうです。


 もう一つは『解呪ディスペル』。魔法を消す魔法で、人にかかった魔法なんかは簡単に消すことはできないけれど、物や場所にかかった一時的な魔法はこの魔法で容易に消せるそうです。これで使った魔法を消せるようになります。


 習得には時間がかかるかもしれませんが、きっと使えるようになってみせますとお二人に誓いました。


「そういう魔法なら戦い方も変えないとな。ミコルさんの魔法を中心にして組み立てないと」


 そういって、ユーキさんは戦い方を考えてくださいました。



 ◇◇◇◇◇



「ユーキ、見て見て~」

「(あ! ヨウカの馬鹿!)」


 振り向くと、ヨウカさんが大きめのシュミーズを着てやってきます。遠くでミシカさんが怒ってました。


「ヨウカお前、俺のシャツを勝手に着るな!」

「なんか不倫現場っぽくない?」

「お前アホだろ」

「だーって、また汚れたの着たくないしー」

「アリアかキリカの借りろよ。話しておくから」

「お姉さま方の服汚したくないしー」

「俺のはいいのかよ」

「そもそもユーキの着ようかって言ったのミシカだしー」


「あー! あー! あー! 言ってませんー! そんなこと言ってませんー!」


 慌ててミシカさんが駆けてきます。ダブレットを纏ってますが、あちこちに血が残っています。


「わかったわかった。ミシカも俺のシャツ着ていいから、その汚れた鎧下着るな」

「すみません、鎧の表は洗ったんですけどこっちは洗えなくて……」


 ミシカさんも引き返していきます。


「こいつ、女相手は甘いからな。一度落としたら何でも言うこと聞いてくれるぞ」

「ほんとですか師匠!?」

「聞かねえよ。適当言うな。――ミコルさんも本気にしないで……」


「三食食わしてくれる」

「お前らがガリガリに痩せこけてたからだろうが……」


「わ、わたしも痩せたら面倒見てくれますか?」

「ダメだ。ちゃんと食べなさい。リーメの授業料より食費を優先しなさい」


「そ、その私、小精霊ピコダイモンを連れていて食費が倍要るんです……」


 ペコをポケットから出しましたが、やっぱり寝ています。


「えっ」――とユーキさん――生きてるのこれ?――と。

「何これすごっ」――リーメさんは興味深そうに見ています。


「私が幼いころに『喚起』で呼び出した小精霊のペコです」

「取り憑かれなかったのか?」


「はい、そんなことは一度も無いです。お話できますし」

「あたしは『召喚』が得意なんだ。中に招く方。でも長い間一緒に居て影響されてないならお前も『召喚』の素質があるかもな」


「『召喚』ですか?」

「こういうの」


 そういうとリーメさん――いえ、師匠は呪文を唱え、ざわっっと体を震わせたかと思うと、見る見るうちに衣服が毛皮のように変わり、頭からは動物の耳が、お尻からは尻尾が生え、艶やかな毛並みの猫人間に変わってしまいました。


「か、かわいい!」――私はつい言葉にしてしまいました。

「エロいよね!」――ヨウカさんが言います。なるほど男の方もこういうのが好きなのかもしれません。


「私にもできますか!?」

「お前次第だな。特別に呪文を教えてやろう」


「わぁ、感謝です、師匠!」


 師匠は機嫌よく新しい魔法を授けてくださいました。ただ、とても難しい魔法のようで、私には顕現させることはできませんでした。習得には時間がかかりそうです。


「よかったですね、ミコルさん。あ、解決したなら解体のやり方、また今度教えてください」


 バスルームから戻ってきたミシカさんが言います。


「なんだ、解体のやりかた教えて貰うのか。それならリーメも授業料まけてやれよ」

「やだ」

「いいんですよ、ユーキさん」


「そういう訳にもいかないだろ。じゃああれだ。腹が減って困ったら食わしてやるから何時でも頼りな。この二人も『陽光の泉ひだまり』のパーティだからな。リーダの俺が責任もって礼をする」


「えっ、そうなんですか。というよりリーダーだったのですね。やっぱり――」

「やっぱり?」


「い、いえ、アイスくんがあの……」

「ヒモって?」


「ぁ……はい……」

「まあ変わらんよ」

「また! そんなこと言ってるとアリアさんに逃げられますよ」――ミシカさんが怒ります。


「アリアさん……ですか?」

「そう、恋人のアリアさん」


「ここ、恋人ですか……ヒモじゃなくて……」


 がーん――です。本当にヒモだったなら私にもチャンスがあったかもしれません。ですが恋人とは――いえ、ここは喜ぶべきところです。ユーキさんは噂通りじゃなく、まともな方でした。そう、喜ぶべきところなのです……。


「ユーキ様は三人でも四人でも受け入れてくださいますよ」


 俯いていた私に話しかけてくれる声がありました。見ると、柔らかな笑顔の女性がいつの間にかやってきていました。


「ルシャ……やめてくれ」

「ルシャ姉!」

「ルシャ姉様……」


「わ、わかりました。がんばってみます」

「いや、そこは頑張らなくていいから」


 ルシャと名乗られた方はこの国の聖女様でした。私は始めて聖女様にお会いしましたが、なんだか心がほんわかとする、そんな雰囲気に満ちた方でした。


「とにかく、君はきっと豊穣神の導きかなんかでここに居るんだと思う。だから、俺じゃなく、ちゃんと運命の相手を探すべきだよ」

「豊穣神様の導きですか!」


「やや、そんなんじゃなく悪戯みたいなやつだから……」

「わかりました!」


「わかってないよねそれ」

「今回はやんなかっただけマシだな」


「リーメよ、お前が言うな……」


 新たな目標ができた私ですが、まずは冒険者として成功しないといけません。

 翌日から、アイスくんたちと相談して戦い方の実践訓練をこなすことになるのです。







--

 ダスクが15才でリーメのひとつ上ですね。


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