第9話 森の奥、ミコル

 翌日、前向きになれたことで久しぶりに健やかな目覚めを迎えられました。


 私の元気が伝わったのか、昨日と違ってペコも朝から元気です。朝食をしっかり一人前食べてしまいました……。一昨日は少し安くなるからと、一週間分の宿代を支払ったため銀貨18枚が出て行ってしまった後でしたので、朝から銅貨20枚の出費はちょっぴり不安です……。


 朝食を終えて宿を出ると一の鐘が鳴りました。急ぎ足でギルド前まで向かうと先に着いていたのはアイスくん。赤い髪が朝日に煌々として映えます。


「おはっ……」

「おう、おはー」


「……ようございます」


 急いでやってきたため、変なところで息継ぎをしてしまいますがアイスくんは同じように挨拶してくださいました。


「どした?」


 私が頭の中で色々と考え、迷っていることも気にせず問いかけられます。


「い、いえ、変な挨拶をしてしまってすみません……」

「別に変じゃなかったぞ」


「そ、そうですか……」


 それからは何を話すでもなく沈黙。アイスくんは待っている間、通りの東の方をしきりと気にしていました。ただ、ダスクさんとシャロさんが現れたのは西側から…………ん?


 三人は挨拶をしますが、私はちょっとしたことが気にかかったまま。


「あの、アイスくんは何を待っていらっしゃったのです?」

「え」

「ん? ああ、それはね――」


「うっせえダスク。喋んな」

「はは。でも今日は朝から城へ行ってるって聞いたよ、ミシカから」

「待ち人来たらずかぁ」


 ニッシシ――とシャロさんが笑います。


 私は訳が分からず。さりとてアイスくんに聞いてはいけないような気がしましたので黙っていました。ただ、考え込んでいたため、ぼぉっとしていたのがいけませんでした。


 ドカッ――と誰かに体がぶつかり、尻もちをついてしまいます。


「す、すみません……」


 謝りますが相手から返事はありませんでした。


「おいっ! そっちがぶつかってきたんだろ! 謝れよ!」


 アイスくんがその相手に怒鳴ります。


「わわ、私がぼぉっとしていたので……」

「今のはミコルじゃない。そいつがぶつかってきたんだ!」


「んだとォ?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、私が一昨日まで所属していたパーティのリーダー、タランガスさんでした。先日のこともあり、ひっ――と思わず息を飲んでしまいます。


「あなた方、先日のことでギルド職員に目を付けられてましたよね。いいんですか、また揉め事を起こして」


 アイスくんの前にダスクさんが割り入ってきてそう言うと、タランガスさんは舌打ちをして、あとの二人と一緒に去っていきました。


「あ、ありがとうございます……」

「いや、アイスが口を出さなきゃ僕も関わるつもりは無かったから」

「珍しいよね、アイスが突っかかっていくなんて」

「うっせ。ヒモだって言う時は言うんだ。オレがビビってる訳にはいかねーんだよ」


 アイスくんはユーキさんに対抗意識のようなものでもある様子でした。



 ◇◇◇◇◇



「じゃあ、ゴブリンをおびき寄せた方が戦いやすいってことか」


 森の近くまで移動して、昨日、ユーキさんから提案してもらった戦い方を相談します。


「はい。あと、詠唱に時間が少しかかるので、安全地帯を先に作っておくほうがいいんです。ただ、その安全地帯も長く持続させようと思ったら私がその場に居ないといけません」

「なるほど、使いどころが難しいですね」


「その防御プロテクションってのはゴブリンの攻撃も防御できるのか?」

「いっ、いえ、召喚された存在からの防御プロテクション・フロム・サモンドビイングが正確な呪文名ですので、できませんね」


「ああ、その防御プロテクションなら僕が使えるよ。魔術と効果は同じだし、初歩の魔法だから」

「ほんとですか!」


「よし、じゃあまずは実践だな!」

「もうですか!? 練習しないと失敗しそうです……」


「いいんだよ、失敗したって。な?」

「そうそう。ミコちは心配しすぎ!」

「僕らはまだ成功も失敗もしていないんだから。どういう結果でもいい経験になるよ」


「あ、ありがとう……ございます!」



 ◇◇◇◇◇



の地は底の河向い、塩の広野ひろのの越ゆる先――」


 アイスくんの合図とともに私は詠唱キャストを開始します。


「――忘れが野リンボーふち、見下ろす谷の奥そこ深く――」


「来るぞ!」

召喚された存在からの防御プロテクション・フロム・サモンドビイング!」


 ダスクさんが詠唱キャストを完成させるとともに足元に主神あるじがみ様の文様が浮かび上がります。これで私の魔術はここまでは広がってきません。そして、シャロさんを追ってくる一匹のゴブリン! そこへ――


 ああっ!――とシャロさんの悲鳴が響き渡り――


「……ごめん、ミコち。やっちゃった」


 恐る恐るこちらを振り返るシャロさんの目の前には、喉を掻き切られたゴブリンが……。

 様子を伺いつつ一匹のゴブリンを引き連れてきたシャロさんだったのですが、ゴブリンの一撃を受け流し、その返す刀で鮮やかにゴブリンの喉を掻き切ったのです。


「何やってんだよ、シャロ……」

「うっさい、さっきはアイスがやらかしたよね!?」

「おびき寄せるってなかなか難しいもんだね」


 何か凄く色々間違っている気がします……。


「そういえばミコルの呪文スペルって魔術文字の読み上げじゃなくて平文なんだね?」

「あ、はい。魔術文字の呪文の他に、喚起する土地を思い描かないといけないんです。ちゃんと繋がるように道筋も示してあげないと、何が呼び出されるかわからないので」


「省略したら何が出てくるの?」

「焼けつく塩が振ってきたり、爹児タールを吐くイナゴが一杯出てきたこともありました」

「うわ……それは困るね……」


「シッ。誰か来る」――話の途中、シャロさんが警戒を促します。




「ほう? 誰かと思ったらミコルちゃんじゃねえの」


 現れたのはタランガスさんたち三人でした。


「はぐれのゴブリン狩りか。小遣い稼ぎ、ご苦労なこったな」

「はぁ? お前らだってそうだろうがよ」


「オレたちはこの先の洞窟のオーガを狩りに来たんだ。ガキとは違うんだよ」

「ゴブリンの巣穴くらい潰せねえのかよ」

「ガキにはお似合いだな」


 笑い声と共に三人は通り過ぎていきました。

 あまりの言い草に、みんな何も言い返しませんでした。私が見た限りでは、あの三人よりもアイスくんたちの方が手際よくゴブリンを狩っているようにみえます。それなのにこんなことをしているのは、私が足を引っ張っているせい……。


「あれ絶対、あたしたちを探してわざわざケチ付けてきたんだよ。普通、森の中のこんなとこ通んないもん」

「ミコルも独りの時は気を付けなよ」

「大の男がみっともねえ。まだヒモの方がマシだぜ」


 くよくよしていた私と違って三人はどこ吹く風でした。


「ああ! それで聞こうと思ったんだけど、ミコルが独りの時はどうやって怪物を狩っていたの?」

「えっ? 私の狩り方ですか?」


 ダスクさんが思ってもみなかったことを聞いてきました。


「――私はその、こっそり魔獣に近づいて、呪文を唱えて魔法を掛けてました」

「呪文を唱えると魔獣に見つからなかったの?」


「私はその……声が小さいからでしょうか? 見つかったことはありません」

「ミコルの声はそこまで小さいわけでもないし、いくらなんでも魔術の詠唱をすると気付かれると思うんだけどなあ」

「じゃあじゃあ、ミコちのいつものやりかたでやってみよ? あたしが傍に居てあげるから」


 

 ◇◇◇◇◇



 今度は鎧を身に着けた二人には少し離れて貰って、シャロさんの後を私がついて先に進むこととなりました。シャロさんはいつもパーティに先行し、行く先の危険を見つけます。しかも音もなく移動して目ざとくゴブリンを見つけるのです。私はのろいので邪魔にならないようにしなくてはいけません。それから――


「(ペコ、静かに音を立てないようにね。魔獣に見つかると食べられちゃうから)」


 ――と、いつものように小声でペコに注意しておきます。


「えっ? ミコち?」


 急に振り返ったシャロさんがきょろきょろと辺りを見回します。

 私はシャロさんの目の前で首を傾げますが、シャロさんはまるで私が見えないかのように真剣な顔をして私の名前を呼びます。


「あの?」


 私がシャロさんの袖を引いたところ、やっとシャロさんが目を合わせてくれました。


「えっ、ミコち!? 今までどこに居たの?」

「えっと……ずっと傍に居ましたが……」


「急に気配が消えて、振り返ったら居なくなってて心配したのに!」

「ええ? ずっと後ろに居ましたよ?」


「ホントに!? 魔法か何か使ったんじゃなくて?」

「はい」


 おかしなことを言うシャロさん。しかも、その後も時々私の方を振り返っては視線が合わなかったりするので、私も袖を引いたりして気付いてもらうようにしました。よくわかりませんが、何故かシャロさんからは私が認識しづらいように感じました。







--

 人に練度の差があるように、同じ祝福でも強さに差があったり使える力が違ったりします。逆に特殊な力以外、祝福は下駄を履かせてもらっているようなものに過ぎないので、祝福の無い者が修練で祝福持ちを追い越すこともできます。


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