第10話 学び舎
「それでは、わたくしは講義がございますので。――マリメア様、あとは宜しくお願いしますね」
朝、リーメの初めての登校?――にルティラとマリメアが付き添ってくれ、王城の学び舎の責任者である教導長の執務室まで案内してくれた。
そして何故俺がここに居るのかと言うと、キリカに押し付けられたからだ。王城に行きたくないからと、年齢的には一応成人済みの俺に代わりに行けと言ってきたのだ。――いや、アリアでもいいじゃん――って言ったけど、アリアは自分と一緒に部屋の掃除をするんだからとダメ出しされた。
「ありがとう、助かったよ。――マリメアもいいの? 待たせるかもしれないよ」
「私のことはお気遣いなく!」
ドアをノックして使用人に通して貰うと、部屋では身綺麗な――というより着飾った印象の男が居た。見た目に幾らか老けた感じの顔なので、この国の感覚ではおそらく年齢三桁行くか行かないかくらいだと思う。
男は俺とリーメを見るなり、その笑顔が落胆に代わるのが見て取れた。
「初めまして。リメメルンの保護者の祐樹と申します」
「ああ…………ん? おお! 確かその名、最近召喚されたとか言う異世界人か!」
落胆から好奇心へと変わる男の顔。
「はい、大賢者様の所でお世話になってましたが今は冒険者をしてます」
「なるほどなるほど。しかし、魔女の祝福しか得ていないと聞いたぞ。召喚者にしては珍しくその……」
「使い物にならないと?」
「あいや、そう言うわけではないのだがな。禁廷からの賜りものだ。何か君にも役割があるのだろう。――さて、儂は学び舎の教導長を任されておる、ロイムバインと申す。召喚者殿も
「……リメメルン…………です」
『禁廷』というのは召喚に関わる施設や魔術師たちのことを指すらしい。神さまの領域であって、たとえ国王様でも自由にできないと大賢者様から聞いたことがある。
部屋には――おそらく、ルシャかキリカを歓迎するための――ワゴンが用意されていた。使用人がお茶を淹れてお菓子を出してくれるが、どう見ても孤児の生徒と保護者を歓待するためのものには見えなくて申し訳ない。
教導長はこの学び舎の歴史を語ってくれた。かつて、知の化身と呼ばれたエイワス家の公女が居たそうだ。――この世は野蛮すぎる――と嘆いた彼女は、当時の王に掛け合って幼い子供に教えを施す場を作り、子供たちの成長に合わせて学問を追究する大学院を作り、その知識で水道を引き平和と清浄を齎した――って話だけど何だかおかしな話。大昔の話だから正確ではないのだろうと思ったけど記録が残っているらしい。
「その、大学院っていうのは残ってないんですか?」
「ああ、残念ながら度重なる戦禍で知識層が大勢亡くなったり、国が貧しくなったりして途絶えてな。学び舎だけは何とか保たれたのだ」
そんな話をしてくれて俺は興味深かったが、リーメは飽きたのか
教導長は最後に――学び舎へようこそ――とリーメに握手を求め、貴族たちの使う魔法の筆記具とあの制服、そして青いクロークを手渡してくれた。
◇◇◇◇◇
「お待たせして悪かったね。これ、お詫び」
待たせてしまったマリメアへ、包んでもらったお菓子を手渡す。
「わっ、ありがとうございます。お貴族様の召し上がられるお菓子は砂糖がたくさん入っていておいしいんですよね」
「君だって領主の娘でしょ?」
「郷士なんて平民もいいとこですよ。ルサルフィ様でさえ貴族の娘って思われないことがあるんですから」
貴族社会も色々と面倒くさそうで、関わりたくは無いなと感じる。
ルサルフィは子爵家の娘ということだが、子爵と言うのは地母神様に貰った力が勝手に俺の知識に変換してくれているだけで、実際には旧制リガノ国領主兼リガノ城塞都市執政官とかいう地位。城塞都市の領主≒子爵みたいだけど、全部が全部そうかというと、そうでもないようなのでややこしい。
執務室のある棟を離れ、学び舎と呼ばれる一角にやってくる。
広い中庭を中心にぐるりと廊下が取り巻き、その周りの建物に教室みたいな広い部屋がいくつもあるみたい。それだけじゃなく、中庭を抜けた東の方には露天の教室がいくつかあった。机が石で作られていて、石の長椅子に座って講義を受けていた。周囲を囲うものは講師の後ろの黒板の掛けられた大きな壁のような石以外は、柱やあるいはただの大きな石だけだったりする。
「(この辺りの講義は昔ながらの伝統的な屋外教導なんです。軍事に関わることと魔術に関わることは今でもこういう形の講義なんですよ)」
マリメアが声を抑えて説明してくれる。勉強自体は元の世界の生活から慣れてるけれど、屋外で難しい講義を受けたら気が散りそうだ。
「(昔は全部屋外だったの?)」
「(学び舎を興した公女様は、お金を掛けなかったと言いますから)」
熱心に聞き入っている生徒たち。思ったよりみんな真面目だった。
「(あれ? でもこれ屋外だったら月謝払わなくてもこっそり講義とか聞けるんじゃないの?)」
「(ええ、直接指導はしてくださいませんが、勉強熱心な生徒は見過ごされることも多いですね)」
その話を聞いたリーメは早速、魔術の講義を行っている屋外教室の後ろの方の石の上で羊皮紙を広げてノートを取り始めた。すると講師がひと睨みするが、特に何か言われることはなかった。
やがて屋外教室の周りに生徒の従者らしき者が集まり始め――カランカラン――と、時刻を告げるいつもの大きな鐘の音とは違う小さめの鐘の音がすると、それぞれの講義が終了し、生徒たちが立ち始める。
「マリメア様、ごきげんよう。力持ちの
ルサルフィの目立つ髪には気づいていたが、向こうもこちらに気づいていたのか、講義を終えるとともにやってきた。手には羊皮紙の束を抱えていたが、いつの間にか近くに居た彼女の側仕えが荷物を受け取る。
「ごきげんよう、ルサルフィ様。こちら、ユウキ様とリメメルン様です。リメメルン様は今日から同じ学び舎の生徒なのです」
「まあ、あなた……聖女様とご一緒にいらっしゃった
「
「よろしく、リメメルン様。ただ、わたくしが覚えている限りでは、リメメルン様はあの時、何もなされていなかったように思われますが?」
「ムッ……」
「あの時のオーガメイジの幻影に気づいて術を破ったのはリーメだぞ?」
「聖女様や聖騎士様のお力ではなく、リメメルン様の手柄だと?」
「そうだ。リーメが
「そんな、まさか。あれが全部幻影だったとして、一度に消すことなんてできるはずありませんわ」
「
「ですがそれは確か第6位階の魔術ではありませんこと? そのような高位の魔術を――」
「そんな高位の魔術を平民の、しかも孤児なんぞが使えるわけないだろ」
口を挟んできたのは生徒や従者を数人従えた、ルサルフィと同じくらいの背の身なりの良い男の子だった。
「孤児――というのは余計でしてよ、ハイラクル様」
「黙れルサルフィ。お前こそ貴族のような面をしているが、身分は平民と変わらんではないか」
「わたくし、彼女にそれだけの実力があるのでしたら尊重いたしますわ。それに、わたくし自身も実力で見て頂きたいのですが?」
ハイラクルとかいう奴はルサルフィ以上に尊大な子供だった。
言い合う二人に、居場所のないマリメアはあたふたしている。
「(なんか、面倒くさそうな連中だな)」
「(うむ。マリメア、行こう)」
リーメがマリメアの袖を引いて、この場を離れようとすると――
「ちょっと待て、どこへ行く!」
ハイラクルの言葉で二人の男子生徒がリーメとマリメアの行く手を遮る。さらにはリーメに手を伸ばしてきたので――
「何をする平民! この手を離せ!」
伸ばしてきた手を掴んで止めた。するとその生徒の従者がすかさず俺の手を取って捻り上げようとするがびくともしない。そりゃそうだろう。地母神様がくれたこの力はオーガ以上だ。
「ぐぐっ……」――力任せに俺をどうにかしようとする従者。
「何をしている、こんなやつさっさとねじ伏せろ」
「おやめなさい、ここは神聖なる学び舎ですよ!」
ルサルフィが割って入ると、その男子生徒も手を引っ込めようとしたので離してやる。従者についてもひと睨みしてやると手を離した。そうするとルサルフィは――
「リメメルン様、これはよい機会です。リメメルン様の実力が本当ならば、この場で証明してみせれば良いのです。ハイラクル様も第6位階の魔術を使えるとわかれば、その実力をお認めになるしかないでしょう」
「ぇえ……めんどくさ……」――とリーメは冷めた目。
「よかろう、見せてみよ。だがそれが嘘だったなら、この学び舎に居る限り、お前は私の下僕になれよ」
「やだよ……」
「本当でしたなら、わたくしたちをお認めになってくださいませ。――さあ、見せつけてやりましょうリメメルン様!」
「話聞けよ……」
すると先ほどの小鐘が鳴る。
周りに居た野次馬もぞろぞろと教室へ移動を始めた。
「放課後だ! 放課後、中庭へ来い! よいな!」
――いや、放課後って翻訳するなよ、自動翻訳さん……。
結局、マリメアの助言もあって放課後にリーメは魔術を見せに来ることとなった。問題がないのなら、さっさと魔術を見せた方が早い、あのハイラクルとかいう南部の伯爵領の嫡男を無視する方があとあと面倒くさいからという助言だった。
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やれやれ系主人公リメメルン!
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