第11話 放課後対決

「見よ。あのような初歩の魔術を学んでいる者が第6位階の魔術など使えるわけがなかろう」


 リーメはその後も初歩的な魔術の講義を熱心に聞き入っていた。今の所どの講義を受けるかとか、月謝の話とかも進めていなかったのでの講義となるが、講師には睨まれこそすれ、怒られたり追い出されたりするようなことはなかった。


 そしてそれを眺め観て、笑っていく伯爵家の嫡男であるハイラクルとその御供たち。

 嘲笑を浴びせられているにも拘らず、リーメは今取ったノートを粛々とまとめていた。

 そんなリーメを見てマリメアは――


「リメメルン様は、その……とっても肝が据わっていらっしゃるのですね……」

「マリメアは講義を聞かなくてもいいの? リーメみたいに」


「……講師はどの方も厳しくて怖い方ばかりで、あんな風に睨まれると思うととても……」

「魔術師になりたいならどんどんやった方がいいんじゃない? リーメも居ることだし、一緒に聞けばいいと思うよ」


「か、考えてみます……」



 ◇◇◇◇◇



「マリメア様、リメメルン様、昼食のご予定が無ければ御一緒いたしませんか?」


 マリメアと話をしているとルサルフィがやってきた。隣にはルティラともう一人。ルサルフィのパーティに居た茶色い髪の女の子。


「ルティラ様はもうご存じですね。コルニット領の跡継ぎであらせられますの」

「ルサルフィ様。後継ぎと申しましても荘園の郷士ですので……」


「あれほどご立派な荘園なのです。もっと自信をお持ちくださいませ。――それからこちらはわたくしの冒険に同行してくださっているノルーナ様」

「改めてご挨拶を。ルサルフィ様とは従姉妹に当たります。先日は危ないところをありがとうございました」


「ノルーナ様は剣士の祝福を授かられておりますのよ」

「将来は騎士として身を立てるつもりであります」


「……え…………ああ、よろしくな」


 興味無さそうに聞いていたリーメの背中をつついて挨拶させた。



 ◇◇◇◇◇



 さて、昼食をどこで取るのかと言うと、街へ繰り出すらしい。普段、城の周囲に住居があるお金持ちの生徒は屋敷へ戻って食べたり、或いは従者が準備していたり。マリメアなんかは下宿の方で用意してくれる昼食を食べに帰るとか。昼の休憩が一時いっとき、つまり2時間ほどあるからこその余裕。


 ルサルフィが案内したのは大通りから少し入ったところにある、ちょっとお洒落でオープンな酒場。お洒落とは言っても俺たち冒険者から見てお洒落なだけであって、あくまで酒場は酒場。通りまではみ出すようにしてテーブルと椅子が並んでいて、内装も綺麗なのでカフェっぽく見えなくはないが。


「わたくしたちの行きつけのお店ですのよ…………て、あなたも御一緒されますの?」


 ――と、俺に問うルサルフィ。そう言われてよく見れば、彼女らは従者たちをいつの間にか置いてきていて、ついて来ていたのは俺ひとりだった。


「……確かにこの顔ぶれで一緒に入るのも変だよな」


 帰ろうとすると、リーメが袖を引き、めっちゃ嫌そうな顔をして見上げてきた。ええ……。


「――えっと、ルサルフィ……さん、やっぱ御一緒しちゃダメ?」


 ふぅ――とルサルフィは周りの顔を見回す。


「致し方ありませんわね」


 ルサルフィが店員に声を掛けると、二階のバルコニー席へと案内された。

 店で出された食事は酒場らしく肉料理が主だったが、盛り付けの粗野な冒険者向けの酒場とは違い、ずいぶんと上品に装われていた。おまけに四人ともテーブルマナーが成っていて、それだけで上質なランチに見える。加えてこの場の支払いまでルサルフィが持ってくれた。ただ――


「昼間から飲んでいて大丈夫なのかよ……」


 ルティラ以外は葡萄酒を飲んでいた。それも少しお高い透き通った葡萄酒をだ。あれって水で薄めて飲むより度数が高いはず。


「何杯も飲むわけではありませんから」

「このくらいなら……」

「私も大丈夫です」


 相変わらずこの国の人は女の子でも酒に強い。マリメアでさえこうだ。


「それで? リメメルン様は本当に第6位階の魔術が使えますの?」

集団解呪マスディスペルを使えたのは間違いないよな」

「まあな」


「そうでしたのなら申し訳ございません。ハイラクル様の態度を見て、わたくしも言葉が行過ぎていたことを自覚いたしました。謝罪いたします、リメメルン様」

「ん……別にいいぞ」


 戦士化ヴァリアントの時は置いといて、このルサルフィというお嬢さん、初対面の慣れない相手ならともかく、ある程度話してみれば育ちの良さもあってか思ったよりまともな女の子だった。ていうかむしろリーメ、お前こそ態度を改めろ……。



 ◇◇◇◇◇



 食事を終えて帰ろうと立ち上がると、バルコニーの下、表のテーブルに目立つ容姿の見知った人物の姿があった。赤い髪の女の子に、対面ではなく寄り添うようにして座っているのは豪奢な金髪の女の子。二人とも顔は見えないけれど、食事をしている様子。


「おっ、なんだ、浮気現場か?」――リーメがニヤリとして言う。

「んなわけないだろ」


 ルサルフィたちが階下へ降りていくので、俺たちも続いた。



「ほらアリア、あ~ん」

「ちょっと……やめてよ、小さい子じゃないのよ」


「貴女だってユーキと小さい子みたいに手を繋いでるじゃない」

「あれはその……ユーキがしたいっていうから――」


 え……――と会話の途中で口を半開きにするアリア。傍を通るときにアリアと目が合ったのだ。


「――ちっ、違うの! こここれはキリカがいいお店を見つけたからちょっと食べに行こうって!」


 アリアは何故か慌ててキリカから体を離すと、言い訳してきた。


「アリア…………別に、変な風に疑ってないからそんなに焦らなくても大丈夫だよ?」

「えっ、うん、そ、そうだよね。変なことをしてるわけじゃないんだ」


 俺の横で――ウシシ――とおかしな笑いをするリーメ。


「もぉ! リーメったら! あれ? リーメその服……あとそこの子たちも……」

「ユーキ、学び舎の女の子引き連れて何してたのかしら?」


 キリカが俺のことを揶揄おうとするが――


「あっ、聖騎士様ではございませんか!」

「剣聖様! 先日はお助けいただきありがとうございました!」


 きゃあきゃあと、ルサルフィとノルーナに黄色い声で詰め寄られ、アリアとキリカは困った様子。おかげでこちらに変な疑いを掛けられることなく済んだ。一応、後で説明しておこうとは思うけど。


 店をあとにし、午後の講義に向けて再び王城へと向かう。午後は五の鐘から六の鐘の間の一時いっときの間とのこと。六の鐘の後は学生だけでなく、講師みたいな昼の間の雇われ仕事をしている人も皆、帰宅するのが普通。十分明るいうちではある。



 ◇◇◇◇◇



 そしてやってきた放課後。――よし、帰るか!――と早速、約束を無視しようとしたリーメ。がしかし――さぁ、参りましょう!――と当然のようにルサルフィに捕まり中庭へ。


「逃げずに現れたとはいい度胸だな、ルサルフィ。そいつの言葉に嘘偽りがあったなら、私の下僕になるのだぞ!」


「よろしくてよ。リメメルン様の言葉が正しければ、のことをお認めくださいまし」


「ええ……」


 何だかお互いに、どんどん面倒くさそうなことになっていっていたが、当の本人のリーメはやる気が無さそう。加えて中庭を取り巻く廊下には見物にやってきた生徒たちが大勢居た。さらには何人か、魔術の講義をしていた講師の姿まで見える。


「さあ、見せてみるがよい!」


 腕組みしつつ、片眉を上げてリーメを見やるハイラクル。


 杖は使わないのかしら?――と、野次馬の一人が言う。そういえばリーメが杖を使ったことってないな。別に要らないとは言っていたけれど、使うのが普通なのだろうか。


 ハァ――と溜息を吐くのは中庭の中央、青々とした芝生の上に立つリーメ。リーメの隣にはルサルフィ。向かい合った先にはハイラクルと二人の男子生徒、それからそれぞれの従者。


 すぅ――っとリーメが息を吸い込み、開始される詠唱キャスト。いつものあの翻訳されない詠唱と共に周囲の何もない空間から輪唱のような不気味な詠唱が響いてくる。頭の上のバーは少し長め。強力な呪文を詠唱するときの特徴だ。だが――


「速い!?」――そう呟いたのはルサルフィ。長めの詠唱のはずが彼女は目を丸くしていた。


 そしてついに詠唱は完了したのだが――


重力反転リヴァースグラヴィティ!」


 えっ――という誰かの、いや何人かの声がしたかと思ったら、ハイラクルたちを魔力の奔流が取り囲む。


 ふわり――と六人が足を浮かせたと思った。それは浮いただけでなく急激な加速と共に、六人を空中へと舞い上げた。


「――初歩の魔術がちゃんとできてるか試験だ。羽毛フェザーフォールの呪文が正しく唱えられるか?」――などと言い始めるリーメ。

「おいおい……!」


 六人はある程度の高さまでと、徐々に勢いを失くし…………やがてゆっくりと降下し始めた。従者たちはその羽毛フェザーフォールを唱えたのか、それ以上は加速しなかったし、一人の生徒は従者に捕まれていたが、残りの二人は徐々に落下のスピードを速める。


 一人はなんとか羽毛フェザーフォールを唱えたようだが、もう一人。ハイラクルが動転して詠唱どころではなくなっていた。空から落ちてくるハイラクル。


 俺が飛び出したのと、リーメが別の詠唱を完成させたのはほぼ同時だった。


 俺がハイラクルをキャッチした瞬間、足元の芝生がぬるりと沈み込んだ。衝撃は突然現れたに吸収され、俺とハイラクルは地面に沈み込んだ。


「ひぃぃぃいい、痛い! 死ぬ!」――そう言って喚くハイラクル。


 俺はハイラクルを抱えたまま、泥濘をゆっくりと歩いて硬い地面まで到達する。


「リーメ……やり過ぎだ」


 泥だらけのままリーメに文句を言い、やってきたハイラクルの従者に彼を任せる。


「地面を泥濘に変えたから放っておいても足が折れる程度で済んだだろ」

「こいつが! こいつが私を殺そうとした! 捕らえろ!」


「アホめ。魔術師が落下で怪我する方が悪い」

「リーメ、お前なあ……」

「いいえ、魔術師が落下で怪我をする方が悪い、その通りです」


 そう言ってきたのはあのフルバノだった。


「グレイク! 見ていたであろう、こいつが私を! 父上に言ってこいつを処刑しろ!」

「黙りなさい!!」


 突然の怒号に呆気にとられるハイラクル。もちろん俺も驚いたけど、周囲も静まり返る。


「リメメルン様が行われたような訓練、昔であれば普通に講師によって行われておりました。この程度のことから自身の身も守れないような者に領主が務まりますか! 咄嗟に羽毛フェザーフォールの呪文も唱えられないようでは初歩からやり直しです!」


 告げられたハイラクルは言葉を失くしていた。


「――リメメルン様、我が故郷の次期当主が大変失礼を……いえ、私こそ失礼を申し上げました。リメメルン様は立派な魔術師でございます」


「えっ、いや、別に……」――珍しく褒められて落ち着きのないリーメ。


「しかし第7位階の魔術など、講師でも使える者は多くありません。何故、学び舎を希望されましたか?」


「えと……あの……だな………………初歩の魔術を教えて欲しい……」


「なんと?」


「初歩の魔術を教えて欲しい。高等魔術は祝福で得て、中級魔術は魔術書で覚えたが、初歩の魔術は教えてくれる者が居なかった。初歩の魔術はその、大事だから……」


「クックク……その通りでございますね。初歩の魔術はとても大事でございます」


 その後、何故かフルバノに気に入られてしまったリーメは、フルバノ直々に多くの初歩の魔術を教わることとなった。加えて、他の屋外講義を勝手に受講し、果ては軍事に関わることまで講義を聴いていたらしいことが後々わかるのだった。







--

 リーメが滅多に魔術を使わないのは、小回りの利く初歩の魔術を知らないからでした。小魔法キャントリップくらいなら使えますが。


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