第12話 賢者の祝福

「結局、ハイラクル様は重力反転リヴァースグラヴィティは第6位階じゃないからリメメルン様のことは認めないと仰られまして……」


 お昼時、マリメアと連れ立ってリーメが昼食に戻ってきていた。

 厨房はほぼ片付き、リビング兼キッチンとして使えるようになっていた。


「別にあいつに認められなくても問題ない」

「伯爵家の嫡子に睨まれたままは面倒じゃないの?」

「大丈夫。あのフルバノって人がその伯爵領の出身らしくて、それが結構厳しい人らしいんだけど、リーメの事、気に入ってくれたから手は出せないと思うよ」


 アリアが心配していたから説明しておいた。

 あの様子なら何も問題ないとは思うけれど、リーメにはもう少し厳しくしてくれてもいいのにとは思う。あれではますます増長するばかりだ。


「リーメの月謝、ぜんぜん要らないって本当!?」

「はい、魔術教導統括のフルバノ様が個人で見てくださいまして。残りは講義を聴くだけですが……私もリメメルン様と一緒に講義を聴くことにいたしました」


 キリカも驚いていたが、リーメは講義のタダ乗りを続けている。

 マリメアも勇気を出してリーメに付き添っているみたいなのはよかった。リーメの図々しさを少し分けてあげたい。そして当のリーメはと言うと――


「マナーの講義は受けたくない……」

「いや、それこそリーメに必要な講義だろ……」



 そんな感じで、リーメの学び舎での生活はそれなりの安定を見せていた。

 そしてそれから何日かのち、冒険者ギルドを介して大賢者様からの手紙が届けられた。


『七日後、孤児院へ祝福に出向くから、魔女の祝福について詳しい報告を求む』


 ――とだけ書かれた簡素な手紙。いやもうハガキでいいじゃんくらいの――今度行くわ――みたいなやつ。そして内容から察するに、孤児院への連絡も俺に任せられている気がする。城の重鎮である大賢者様が来るのにこんな連絡でいいんだろうかな。



 ◇◇◇◇◇



「あ、あたし、冒険者になって聖国へ旅してみたい!」


 自身の才能タレントが戦士だと告げられたヨウカは、そう言って両手をぎゅと握りしめ、立ち上がった。


「そうかそうか、其方そなたの行く末に祝福の在らんことを」


 ヨウカの前に座るのは大賢者様。

 俺が召喚されたのち、魔王との戦いでは役に立たないからと扱いに困っていた所を引き取ってくれ、この世界のことや生きるためのすべ、それから魔術を教えてくれた師匠でもある。公の場では老人みたいな喋り方をするが、見た目は青味がかった黒髪の美しい、元の世界なら二十代くらいのお姉さんって感じの人だ。プライベートの場では普通のお姉さんな口調に戻る面倒くさい人。


「――では次の御子よ。名は何と申す」

「ミシカと申します。家名は無くしました……」


「ミシカ、其方の祝福は聖堂騎士じゃ。神々は家にではなく、其方自身に祝福を与えてくださる。安心せい」

「ありがとうございます、大賢者様」


「其方の行く末に祝福の在らんことを」


 そうやって孤児院の下の子たちに祝福を与えていった大賢者様。賢者の祝福とは、神々から与えられた才能タレントをその場で顕現させる力だった。ていうか、俺も同じことができるんだけどさ。大賢者様がわざわざ来る必要はないよね?

 最後にヨウカとミシカに祝福を与えた大賢者様は、孤児院でのお役目を終えた。


「さて、終わったぞユウキよ」

「はい、お疲れさまです、お師匠様」


 しかしそれ以上の反応がない大賢者様。


「……じゃから終わったぞ、ユウキよ」

「……はい? お疲れさまです、お師匠様」


「(ユウキ様、大賢者様はどこかゆっくり話せる場所へ案内しろと……)」


 傍に立っていた、大賢者様の側仕えであるシーアさんがこっそり教えてくれる。それならそう言ってほしい。


「……では、お茶など用意してありますのでこちらへ……」



 ◇◇◇◇◇



「なんじゃ、茶など用意されておらんではないか」


 大賢者様を個室へ案内したが、ホールで歓待するつもりだったので何も用意されてはいない。当たり前だ。大賢者様に付き従ってきている城の人や護衛の手前、とりあえずそう言っただけだ。ちなみにその連中は大賢者様が――久しぶりに弟子と話す――などと言ってホールへ残してきた。


「いや、そりゃそうでしょう。お師匠様が急にあんなことを言い出すから……」

「手紙に書いてあってではないか、報告せよと」


 ハァ――と溜息を吐く大賢者様。それからおもむろに部屋の中を見渡す。部屋に居るのはシーアさん以外にはアリアとキリカだけだった。ルシャはお茶を用意しに行っていて、リーメは学び舎。


「――それで、この娘たちがお主のその……ナニした娘たちか」

「いや、お師匠様、って……」


「コホン! 失礼、祝福した娘たちか」

「ええ、まあ、その…………」


 シーアさんの冷たい視線が痛かったが、大賢者様も悪いと思う。


「其方、座りなさい。其方も」


 アリアとキリカを椅子に座らせる大賢者様。

 二人とも、流石に相手が大賢者様ともなると緊張している様子。


「――なるほど、確かにどちらにも二つのタレントが見えるな。タレントの中に性質の異なる力が含まれていることは珍しくないが、タレント自体が複数あるのは儂も初めて見た」


「大賢者様、わたくし、幼い頃に大賢者様から剣士の祝福を頂きました」――とアリア。

「そうじゃろうな。じゃが、其方は今、二つ目の祝福を持っておる」


「はい、その……地母神様からは、私自身の貞淑さを守るためにユーキの望みで授かったとお聞きしました」

「それがよくわからんのじゃ。こやつに聞いても要領を得ん。召喚を司る地母神が召喚者に慈悲を与えることは分かっておる。じゃが、こやつに与えたられた力が何故このようなものなのかがわからん」


 好き放題言われてるが、俺は一応、大賢者様には手紙で説明していた。彼女らの処女を守りたかっただけなんだ――と。帰ってきた言葉は――意味が分からん――だったが。

 尤も、地母神様が何故こんな力を授けたかについては俺も分からない。


「ユーキの元居た世界の感性なのかもしれません」

「いや、それは無い」――勝手に断言する大賢者様……。


「そう……ですか。……だとしても、私は彼の想いを大事にしてあげたいと思うのです」

「うむ、神々の御心は計り知れぬ。或いは行く末で其方らの選択がこやつに慈悲を与えるやもしれん」


 ん?――と大賢者様が目をやった先にはルシャが居た。ルシャは柔らかい微笑みを湛え、アリアと大賢者様の話を聞いていた。


「――其方も祝福を受けたのか。座りなさい」


 ルシャは下の子たちに接する時のような柔らかで余裕のある所作でお茶を淹れ、大賢者様の前に座る。


「――其方、二重の才能デュアルタレントだけでなく、魔女の祝福に満ち満ちておるな……」

「はい、大賢者様。ユーキ様にはお慈悲を頂いております」


 ルシャは朗らかに、遠慮なくそう言った。


「…………ユウキよ。お主、確かアリアと言う娘と恋仲になったと手紙で言っておらなかったか?」

「え…………はい、アリアは恋人です」


「然らばこの娘の祝福はなんじゃ? 一度や二度の祝福の数ではないぞ?」

「ルシャはその……婚約者で」


 はぁ!?――という大賢者様の驚愕の声。そしてシーアさん、ジト目も良いですね。


「お主、元の世界でも女にだらしなかったのか!?」

「そんなことはないです、全く。むしろ苦手でした。でもこちらの世界は一夫多妻も珍しくないと……」


「この世界がどうかではない。お主はそうやってあっさり受け入れたのか」

「あっさりではないんですが……」


「(全く、うらやまけしからん)」

「はい?」


 何か、どこかで聞いたような語感の言葉を放った気がしたが――


「なんでも無いわ!」――と強く否定された。



 その後、大賢者様はアリアたちに二重の才能デュアルタレントを得た所感をそれぞれに詳しく聞いていった。


 どうやら俺たち召喚者と違って、この世界の人は祝福が顕現すると他人の感覚や経験が流れ込むことがあるらしい。大賢者様が言うにはという者が居て、その者の感覚を以て力を操るからこそキリカのように顕現と共に突然、剣の達人になったり、アリアのように顕現した途端に戸惑うことなくルシャを治癒する力を使えたりするのだそうだ。


 同じ祝福でも強さが違ったり、使える力が異なるのも受け継いできた経験の積み重ねが異なるからなのだとか。



「ところでユーキよ、今日、儂が見た娘たちには鍵の印とタレントはあったか?」

「いや、知りません」


「なんじゃ。お主なら鑑定ですぐにわかろう?」

「いや、その……気軽に女性のを覗き見るのはやめたのです」


 スクリーンと言うのは『鑑定』の力で見える相手の名前の『タグ』を注視すると現れる画面のようなもので、そこにはその相手の詳しい能力や状態まで書いてあるのだが、大賢者様と違って俺の場合、相手の秘められた祝福までもが見えたりする。そしてその秘められた祝福と言うのは決まって処女にしか現れない。そんなプライベートなこと、俺が知るべきではないとアリアたちとのことがあってようやく理解したのだ。


「なるほど、よい心がけじゃな。――(然らば後でこっそり教えよ)」

「や、本当に見てないんですって」


「マジでか?」

「マジです」


 なんだか覗きをしたのか? したんだろ? みたいなやり取りになってしまったが、彼女らの秘められた祝福を知ってしまうと、何となくあの地母神様の導きで、魔女の祝福を与えざるを得ない状況に追い込まれそうな気がした。そんな訳でミシカとヨウカのことは注視しないように注意していた。ルシャみたいなことになったら困るから。






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