第13話 初めての

「痛いところとか引っかかるところはない? 大丈夫?」


 俺は初めて板金鎧プレイトアーマーというものを身に着けた。胸当てブレストプレイトから上は板金だけで作られた鎧で、兜まで首鎧ゴーゲットという物で胸当てブレストプレイトの上で支えられるから首の負担が少ない。その代わり面頬ヴァイザーを上げないと周りが見づらいのだけは欠点。音も拾い辛い。付与魔術エンチャントメントでその辺は行く行く対策をしようと言うことになった。


 上半身と違って下半身は軽装。鎖鎧チェインメイルの上から上っ張りサーコートを着て、脛は硬革の脛当ジャムバウを履いて守っていた。武器を持った人間よりも、怪物の相手を想定した装備だった。


「大丈夫。軽く動くし、カッコイイ」

「うん、カッコイイ」――とアリアも上機嫌であちこち具合を確かめてくれている。


 さらに大型の二点保持の盾シールドを持つ。これも怪物相手を考えたもの。普通、人間相手なら全身を板金鎧で覆うか、大型の盾を持って軽装の鎧でむしろ足元を守るらしいから、今の装備は人間相手には過剰になる。


「こりゃあドラゴンでも退治に行くのか?」――と鎧を調整してくれていた鎧鍛冶の職人。


「ドラゴンってやっぱ居るんだ。これでいける?」

「鱗のある怪物は勢いのついた体に触れただけで肉が削ぎ取られるから鎧は絶対必要だけど、ドラゴンは身体の大きさが武器だから、もっとがっしりした盾じゃないと無理かな。伝説みたいに急所をひと突きしたら倒せるものでもないし、持久戦になると思う」


「アリアはドラゴンに遭ったことあるの?」

「ううん、あたしたちが遭遇したのは飛竜ワイヴァーンだから。逃げられちゃったしね」


「へえ、お嬢ちゃん、飛竜ワイヴァーンと戦ったことがあるのか?」


「一方的に襲われただけなので……。空中から伸ばしてきた足を少し斬り裂くのがやっとでした」


ドラゴンの鱗は鉄のように硬い上に魔法で守られてるって話だからな。魔剣でも無ければ斬り裂けまい」


「なるほど……」


 魔剣と言うのは魔法の力を付与された剣の中でも、特別強力な剣のことらしい。当然、そんな剣が市場に出回ることはまず無い。キリカの聖剣があるにはあるけれど、キリカ本人がまだまだ危なっかしい。


「ちょっとほら、アリア! こっちも見てよ!」


 両手を広げてみせるキリカ。彼女も鎧を新調していたが、こちらは全身を覆う板金鎧。辛うじて脚だけが歩くのに向いた前側だけの腿当てクウィス脛当てグリーヴ。キリカ本人が負傷しやすい割に盾を持たないもんだから全身鎧となった。


 傷ひとつない白銀の鎧を纏い、豪奢な金髪を後ろで束ねたキリカは絵になる。兜も髪を出せる穴を開けてもらっていた。


「うん、キリカもいいね。でもまだ背が伸びるかな?」

「どうかしら? あまり伸びてもユーキに申し訳ないしね」


 ふふっ――とこちらを揶揄うように見るキリカ。


 キリカの鎧の具合を見ているアリアも新しい鎧。腰鎧タセットがアリアの腰回りのラインに合っていて綺麗だった。アリアはそれまでずっと軽装だったが、聖騎士の祝福に合わせてキリカと同じような鎧にし、中型の二点保持の盾シールドを持つスタイルへ変えることにしていた。ただ、足元だけはブーツを履いて走りやすくした。


「ユーキ様、おつかれさまです。こちらは終わりました」


 声を掛けてきたルシャも新しい鎧。革鎧で肩から腰までを守り、腕鎧ヴァンブレイスは外側だけを守る半鎧。胸には地母神様の文様が意匠されていた。


「似合ってるね。これで安心かな」

「あ、胸が潰れたりはしませんから大丈夫ですよ? これまでも胸当ては付けてましたから」


 地母神様の文様の細工を見ていたつもりなんだけど……。

 ルシャは弓を引く時に大きな胸が邪魔になると言っていたので、両脇で締め上げられた革鎧は確かにキツそうだった。


「や、そんなことは心配してないから……」

「心配ではないのですか……?」


 不安げな顔を見せるルシャ。


「そうじゃなくてその、いま見ていたのは胸の細工であって……ルシャが苦しくないかは心配だけどさ……いや、確かに胸もちょっと心配だけど――」


 しどろもどろになっていると――ふふっ――と笑われる。


「はい、ユーキ様がいつも私たちのことを心配してくださってるのは存じてますっ」


「なになに、どうしたの? またルシャと夜の話をしてたのかしら?」

「えっ!?」

「違うから……。ほら、アリアの鎧にもエッチングされてるでしょ?」


「地母神様の文様?」

「そう、それを見てただけで……」

「結局、ルシャの胸を見てたんでしょ? このスケベ!」


 鎧の調整を終えたキリカとアリアもやってきてルシャに笑われていたことを問われ、結局また笑われることになったが、とにかくこうして俺たち陽光の泉ひだまりの装備は大幅にアップグレードされた。この世界の鎧の加工技術は召喚者たちの知恵で大きく上がったらしいのだが、それでもこれだけの装備を整えるのにひと月半はかかった。十分過ぎるほど早いらしいんだけど。


 アリアとキリカの鎧がそれぞれ金貨22枚ほど、俺のが金貨33枚、ルシャのが鉢兜スカルヘルムも加えて金貨5枚くらい。なんで俺のが板金鎧の面積狭いのに高いかって言うと、普通の鎧よりも2ゲージほど厚い鋼板を使っているから。ゲージって言うのは厚さの基準らしく、昔の召喚者が定めたらしい。さらにどれも体に合わせた新品な上、上鉄鋼を使っているから相場の5割増しくらいの金額になっていた。生存に直結するから妥協しなかったわけだ。



 ◇◇◇◇◇



 下宿まで帰るが、板金鎧プレイトアーマーはかなりの大荷物だった。鎧は着ている間は重くないんだけど、持ち運ぶとなると嵩張る上に重かった。おまけにキリカなんか、傷がつくからと人を雇って運ばせていた。――いや、使い始めるとすぐ傷だらけになるよね?


 アリアはそのまま着て帰ったけど、確かにその方が楽そうだった。――ここで装備していくかい?――の意味がよく分かった買い物だった。



「ユーキ、ごはん……」


 下宿に帰るとリーメがリビングのテーブルに突っ伏していた。


「リーメ……外で食べて来いよ……」

「やだ、人が多いもん。怖い」


「どんだけ人が苦手なんだよ。俺以上かよ……」

「リーメ、やっぱり下宿の学生向けのご飯、食べさせてもらいましょう」

「やだ、お金かかるし人多いし。それならルシャのパンだけでいい……」


「困ったやつだな……」


 まあ、そう言いながらもルシャに手伝ってもらって食事を用意することにする。キリカは部屋に荷物を運びこんでもらっていて、アリアは隣の寝室で着替えている。


 下宿は内装も含め、食器やリネン、それから薪や塩など、生活できるような準備が整っていた。

 時間がかかったのは衣類や荷物なんかの収納。孤児院や宿屋では長櫃チェストを使っていたので同じようなものをみんな注文したが、せっかくだからと探したらちゃんとハンガーなんかもあったので、元食堂の寝室にクローゼットを増設してもらった。その他にも天窓の改装工事なんかもあって寝室の工事が最後までかかった。そして先日、ようやく注文したベッドが入ったのだ。


「あれ? ユーキ、まだ行かない?」


 アリアが着替えを終えてやってくる。


「ああ、リーメが昼飯を食ってないって言うから」

「そっか。じゃあ待つ」


「ユーキ様、あとはやっておきますからアリアさんと出かけてください」

「いい? ありがとう」

「ありがと、ルシャ」


 ルシャもずいぶんと料理を覚えた。やっぱりおいしい物が好きな人は料理を覚えるのも早い。俺なんか、未だに『賢者様』任せだ。『鑑定』の指示通りに動くだけでおいしい料理ができるもんな。



 ◇◇◇◇◇



 ふふん~♪――と、一段と上機嫌なアリアが鼻歌で奏でるのは、人の集まる場所に現れる旅芸人の楽士が先日演奏していた曲。楽器は意外と種類が多くて、リュートや竪琴ソルテリー、ミュゼットという小さなバグパイプが多い。他にも弓を使う弦楽器ではフィドル、それからトゥルムシャイトという管楽器みたいな音を出す弦楽器もある。


 俺の元居た世界には音楽に溢れていた――と以前、アリアに話をしたことがあった。彼女は目を輝かせていたが、俺自身は性格が性格なものもあって、あまり音楽には興味を持てなかった。確かに好きな曲はあったけれど、どれも楽しかった思い出――幼馴染との思い出――に紐付けされていたように思う。


 だから今、俺にとっていちばん好きな曲は、このアリアと一緒に聞いた曲、そしてアリアの鼻歌なのだ。



 さて、出かける先は宿屋。ベッドが入ったのでアリアと一緒に引っ越しをする。


 ルシャとキリカは来年のはじめ、十五歳で成人するとともに孤児院を出て、下宿に住み始める予定。ただ、新しくできた私物は既に下宿の方へ置くようにしていた。リーメは再来年……の予定だったが、学び舎へ通い始めるとともに早々に私物を全て下宿へ運んでしまった。ベッドの掃除すらままならないうちから。


「最初の頃に比べたら荷物が増えたね」


 既に準備を整えていたらしいアリアは荷物を抱えて俺の部屋に来ていた。

 俺はと言うと、アリアと一緒に買ったリネンのシーツを畳み、部屋に最初からあったシーツに戻していた。他にも、少しの着替えや大賢者様から貰った俺の勉強の記録や手紙をバッグに詰め込む。冒険のために買った装備が詰め込まれた大袋ザックは既に準備してあった。


「あの頃は何も増やすつもりが無かったからなあ」


 俺は最初、この世界はちょっと立ち寄った旅先くらいにしか考えていなかった。チートみたいな力を貰ったわけでもヒーローでも無い。すぐに死んで元の世界へ帰るものだと考えていた。だから死にそうな目に遭っても平気だった。それが自分の荷物が増えた分だけ、この世界に未練ができたのだ。


「よぉ、宿を出るんだって?」


 部屋の入口に、細マッチョの男が居た。マシュという隣の部屋の冒険者だ。


「ええ、もう少し広い下宿に移るんで」


「本格的にこの街で住む気になったのか、おめでとう」

「おめでとうって?」


「彼女と一緒に住むんだろ? おめでとうじゃねぇか」

「あ、そうか。ありがとう」

「マシュさん、ありがとうございます」


「まあ、色々あったが、オレたちもまだしばらくこの街に居る予定だ。仲良くしてくれや」

「あー、デイラさんの薬はその、ちょっとあげられそうにないんで……」


「ああ、構わん構わん。娼館まで行くし、そろそろオレも身を固めることも考えないといかんからな」

「それは……おめでとう」


「めでてぇもんかねぇ」――そう言って笑うマシュ。


 俺とアリアは最後に宿の主人とおかみさんに挨拶をして、俺がこの世界へやってきて数ヶ月を過ごした宿を後にしたのだ。



 ◇◇◇◇◇



「あの…………ユーキ。靴下を脱がして貰えるかな?」


 えっ?――とベッドで左隣に掛けるアリアへ聞き返した。


 引っ越しの夜、リーメに沸かして貰ったお湯で風呂に浸かったあと、寝室のベッドに腰かけていると、後から風呂に入ったアリアがやってきて隣に腰かけた。


 二人とも今の恋人関係を楽しみたいという理由から、同じベッドで寝るにしても間違いが起こらないようにと、薄いリネンの足まで覆うワンピース状の寝間着を二人で買っていた。ただ、アリアは靴下を履いていた。


 この世界では人前で靴を脱ぐことが恥ずかしいことだとされていると聞いてはいた。冒険者の男なんかは気にもしていないようだが、流石に女性ともなると冒険者でも気にする者は多い。だからアリアが靴を脱いだ姿を見るのはこれが二度目だった。


「その……初めてベッドを共にするときに、好きな人に靴下を脱がせて貰うと幸せになれるって言い伝えがあって……。女の子は好きな人以外には素足を見せないんだ……」


 衝撃だった。そんな習慣があったなんて。そしてなるほど、ギルドの男どもが揶揄う意味が分かった。靴下を脱がす――というのはエッチをするって意味だったんだ。


「わかった」


 ただ靴下を脱がすくらい、別にフェチとかそういう趣味があるわけじゃないから簡単だった――簡単だったはずなんだが……。


 アリアの寝間着の長い裾をたくしあげる。たぶん、アリアはこのために新しい靴下を買ったのだろう。漂白された白の真新しい靴下だった。薄く伸縮性のある生地――確かモスリンと言っていた――はアリアの滑らかな脚の形をなぞっていた。普段、アリアは薄い生地をあまり好まない。寝間着の薄いリネンだって珍しい。冒険者にとっては丈夫さが一番だからだ。


 寝間着の裾を膝までたくしあげるも、その膝も白いモスリンで覆われていた。薄い生地から膝の肌の色が透けてみえた。ただ、それでもこれは想定内だった。むしろ、短い靴下の方がこの国では珍しい。男でも長靴下を履くくらいだ。膝上を少し探れば靴下を釣り上げている紐の結び目が見えてくるはず。


 長靴下ショースはアリアの筋肉と脂肪のバランスの取れた太腿に達していた。ただ、釣り紐は見えてこない。太腿の中程まで裾をめくり上げていたがその太腿は真っ白な生地に覆われていた。


 ゴクリ――と唾をのみ、アリアの顔を覗き込むとアリアも同じくこちらの顔を覗き込んできた。噛んだ唇が小さく震えているように見えたが、やがて彼女は促すように頷いた。


 俺は再び太腿に目を落とした。いつもの引き締まったアリアの太腿は、弛緩した筋肉と脂肪の重さでベッドの上に広がっていた。


「ちょっと持っててもらっていい?」

「ん…………」


 寝間着に手を突っ込んでまさぐるわけにもいかないので、裾を下着が見えないギリギリのところまでたくし上げていてもらい、ようやく長靴下ショースの終焉を目にすることができた。釣り紐は、ほぼほぼ足の付け根と言える場所にあって、ようやく俺は二本の紐を解いたのだった。


「――ユーキ、こっちも」


 アリアが反対側を見せるようにたくしあげると、正直、ちょっといろいろ見えてしまったのだが、口には出さずにさらに二本の紐を解いた。


 ふぅ――と息をいて安心していた所、アリアが首をかしげて不思議そうに顔を覗き込んできた。そう、まだ靴下は脱ぎ終わっていないのだ。


「えっと……脱がします」

「ど、どうぞ……」


 長靴下ショースの終焉に手を掛けると、アリアが太腿を少し浮かせる。高価なモスリンなのだろう滑らかな手触りの生地と、片手がアリアの股の間にあることに心臓が大きく跳ねていた。するりと爪先まで指を走らせ、脱がせた長靴下を伸ばして四つに折り、膝の上へ。


 するとアリアが左脚を太腿で交差させるようにこちらへ向けてきた。

 突然のことに息を飲むと――


「――えっと、届かないかなって思って……」

「そ、そうだね……」


 左脚の長靴下ショースに手を掛けようとすると、アリアが膝を立たせる。ただ、うっかり右手を膝の下の隙間に通してしまったため、脱がせるとともにアリアは左脚をさらに上げざるを得なくなる。俺の顔の前まで上げられた爪先を抜けて、長靴下は全て脱がされた。


「ご、ごめん、変なところに手を突っ込んで……」

「ううん、平気。それより顔の前に足をやってごめんね」


「ん、アリアの足はかわいいから好きだよ」

「はしたないって思わなかった?」


「かわいいとは思った」

「もう……」


 さて、このまま話してると危うい気がしたので、早い所ベッドへ潜り込むことにして誤魔化したが、このままひと晩、アリアに手を出さずに居られるのかって? 俺だって伊達に処女厨をやっていたわけじゃない。アリアは地母神様の企みで今でもステータス上は『処女』だ。『処女』を守るためなら俺はなんだってやってみせる。







--

 処女厨ユーキの冒険はまだまだ続きます!

 続きは本編、第二部へ。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093078054131450


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