第二部 幕間

第1話 ミコル 1

 私はミコル。ミコルシア・ケアリ。


 幼いころ、村を訪れた大賢者様に魔術師の祝福を顕現させていただきました。


 子供たちに宿る祝福――つまり才能タレントは、普通なら7歳かその前後でしか見ていただけません。物心つく前の幼子には、まだ神様からの祝福が授けられていないことが多いからです。ですが、幸か不幸か故郷はあまりに田舎の村でしたため、めったに訪れることのできない大賢者様が他の子のついでに私を見てくださったのです。


 私は三歳のころには簡単な文字を読んでいましたし、二歳のころの記憶もあります。断片的な記憶だけでよいなら初めて掴まらずに立ったときのものも。とっても嬉しかったのに、ちょうど親が傍に居らず、見てくれていなくて悔しかったのをよく覚えてます。なんならついでにその時ローテーブルのカップをひっくり返した記憶も。



 とにかく私は三歳にして魔術師のタレントを見出され、祝福を得ました。

 幼いころの私にとって、そのことは勉学へ通じる大きなきっかけとなったのです。


 私が最初から持っていた魔法は魔術の中でも『喚起』と呼ばれるものでした。祝福によって得た魔法には特に長けた力が示されます。なのにこの『喚起』は厄介な魔法でした。


 『喚起』とは何かというと、精霊や神様の住まう世界、所謂異世界から魂を呼び寄せる魔法で、実際に使おうと思ったら大変大掛かりな儀式が必要となります。つまるところ、私のような辺鄙へんぴな山奥に住む人間が使って何か得があるような魔法ではなかったりするのです……。


 『喚起』が得意な魔術師は王宮で禁廷魔術師と呼ばれる特別な地位の魔術師に成れる可能性がある――と大賢者様は教えてくださいました。簡単に成ることはできない……が、可能性も無くはない――と、私に一冊の本を与えてくださったのです。


 私は禁廷魔術師となるべく、大賢者様から頂いた本――とっても難しい――から必死に学んで、ついにたったひとりで『喚起』を使うことができるようになりました。


 『喚起』により呼び出されたのは精霊ダイモンと呼ばれる様々な物や概念に寄り添う隣り合った位相の…………ね?…………まあ、そんな感じのどこにでも居る存在なのです。呼び出されたそいつは小精霊ピコダイモンと名乗りました。――名も無い何者でもない矮小な存在のひとつ――と。


 ピコダイモンは土くれを小さな鳥のような姿に変えて、そこに魂として存在していました。


 ピコダイモンはこんな体で物を食べました。人間と同じ物を。そして動き続けるためにすぐお腹を空かせ、食べ物を要求するのです。ピコというよりはペコだね――私がそう言うと、そいつの名前はペコとなって少しだけ大きくなりました。



 ◇◇◇◇◇



 始めのうちは村中の人たちが私を神童のように扱ってくださいました。そしてお金を出し合い、行商を使って王都から高価な魔術の本を一冊、取り寄せてくださったのです。しかし、本の選択がまずかったのか、それとも私の得意分野の問題なのはわかりませんが、村のために役立つような魔法は何年経っても得ることができませんでした。


 すっかり空気になってしまった上に、本質的には引っ込み思案だった私は村の人たちとも馴染むことができませんでした。そして十二の春、体も大きくなってきた私は口減らしついでに村を出、二冊の本を手にペコと共に王都を目指したのです。



 ◇◇◇◇◇



 王都までの道のりは長く、大人なら二月ふたつきとかからない所を四月よつき近くを費やしてしまいました。理由の半分は路銀を稼いでいたため、もう半分はペコが思った以上に食べるためでした……。路銀は……その、ちょっといろいろたいへんでした。稼ぎは悪くないのです。いえ、悪いことをして稼いだわけではありません。あまり人に自慢できるようなことではないのです……。そして四か月の間にたくさんの人からいろいろな知識を得ることもできました。



 そんな旅でしたが、最後の半月程度は親切な旅の方とご一緒させていただいて、なんとか王都へ辿り着きました。王都に何の伝手も無かった私でしたが、その親切な方の知り合いの下宿を紹介してもらえることになりました。ただ、残念なことにその宿は潰れて別の店になってしまっていて、その親切な方も私どころではなくなり、再びペコと二人だけになってしまいました。



 まずは大賢者様を頼りに王城へ向かいましたが、みすぼらしい旅の少女など貴族街への門さえ通していただけません。私は手持ちのお金のほとんどを使って魔術師らしい身なりと手紙をしたためるための道具ひと揃いを整えました。


 街の広場で手紙を書くことは少々憚られましたが…………というよりも大きな地母神様の像がちょっと恥ずかしくもあったのですが、大賢者様への手紙をしたためると、門の詰め所で正式に受領していただいたのです。


 ちなみにこの国の手紙というのは、貴族しか使わない大変高額な連絡手段なのです。その代わり、とても信用のおける連絡手段でもあります。


 受領書の羊皮紙にサインをした私は、詰所で返事を待たせていただいても良いかと聞きました。詰所の衛士はぎょっとしましたが、貴族の使いが緊急の手紙の返事を待つことは珍しくないと聞いていましたので、待たせていただくことには問題は無かったはずです。


 私には詰所の一室を貸していただけ、食事についてはなけなしのお金から硬いパンと水と麦酒を買い、数日を過ごしました。ちなみに麦酒とは麦芽を使った甘いお酒でして、水で薄めて飲みます。水がそのままですと飲み辛いのです。



 ◇◇◇◇◇



 そののち私は無事、大賢者様とお会いすることができました。大賢者様は私の名前は憶えていてくださったのですが、当時お話しいただいたことはあまり記憶に無かったようです。ですが、小さいころの勉学の成果としてペコを見せると、たいへん喜んでくださいました。


 禁廷魔術師としての道のりは遠いけれど、実績を積むために宮廷魔術師をまずは目指してみてはどうかと提案されました。平民が宮廷魔術師に成ること自体が困難ではありました。まずは募集がかかるまで、腕を磨き名を広め、そしてなにより資金を稼ぐことを勧められました。手近なところでは冒険者として名を上げることが近道だそうです。


 そして大賢者様は、募集の際には後ろ盾になってくださるとも仰ってくださったのです。



 ◇◇◇◇◇



 さて、長くなってしまいましたが、ここからが私の冒険者生活の始まりでした。路銀が尽きたことを相談すると、ギルドへの登録も無料で行ってくださいました。ただ、今夜の宿がありません。私は掲示板の書板から、自分でも何とかなりそうな依頼を探しましたが、とても一人では受けられないようなものばかりでした。


『お嬢ちゃん、初めて見る顔だな。新人か? 祝福は?』


 背の高い男性に声を掛けられました。背の高い――というのは語弊があるかもしれません。私が小さいだけなのです。小さくて困ってはいるのです。十二でも人によっては大人くらいの子も居ます。十五の成人までには大きくなるのでしょうか。


『魔法か何か使えるか? もしそうならオレたちと組まないか? 使えるのが居ねーんだ』


 返答に困っていた私にそう提案してくださったので、自分が魔術師であることを話しました。そしてあまり繊細な魔法は得意ではないことだけ伝えました。体も小さいので、荷物もそうたくさん持てないことも。


『小さくはないな、十二分に大きい』


 子供扱いは不本意でしたが、頼れるものもないので彼の一行パーティに入れていただくことにしました。彼の二人の仲間にも紹介していただけました。


『小さいってことは無いだろ?』

『ああ、大きい』

『かなり大きいな』


 魔法については、自分の使える魔法が範囲魔法ばかりなのでとは断りました。


『火球のようなものか?』


 まあ、だいたいそんなところですね――火球は知りませんでしたが似たようなものだと思います。彼らには路銀が尽きて、泊まる場所もなく困っていたことを伝えました。すると、ちょうど宿の四人部屋のベッドが一つ空いているというので、そこに置いていただけることになりました。


 宿へ着くと、彼らは食堂で私の歓迎会を開いてくださいました。王都の食事はとてもおいしくて、薄めて飲むお酒も麦酒ではなくもっと香りのいいお酒で、ついつい食が進んでしまった私は、早々に酔って眠り込んでしまったのです。







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 キリカの話でちょこっとだけ出たキャラです!

 ちょっと長いので分けます。


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