第2話 ミコル 2

 朝起きると体のあちこちが痛く、寝ぼけてどこかにぶつけたみたいでした。彼らもまた、顔にあざを作っていました。どうしたのか聞くと――。


『覚えていない? ……酔うと暴れるクセある?』


 どうもベッドへ運ばれる際に彼らを殴ってしまったみたいです。申し訳なさでいっぱいでした……。



 その日は朝から森へゴブリン退治に向かいました。ゴブリンは初めて相手にするので――彼らにそう話すと最初は後ろで見ているようにと告げられます。


 彼らは意気揚々とゴブリンに突っ込んでいきます。危なげなく…………ないことも無いのですが、彼らは傷つきながらもゴブリンたちを葬りました。小さな老人のような顔の生き物は、どれもとても小さな魔石しか取れませんでした。


『援護できそうなタイミングはあったか?』


 そう聞かれても、混戦では私の出番はないのです……。


『じゃあ先に魔法を撃ってみてくれ』


 気を取り直して次のゴブリンの群れに魔法を放とうとしましたが、森の中は遭遇する距離が近いため、詠唱の間に相手に気付かれ、あっという間に距離を詰められ混戦になってしまいます。


『オレたちを巻き込まないように上手く撃てねえの?』


 それも難しいのです……。そんな繊細な使い方はできたためしがありません。彼らにはちょっと呆れられた印象があり、さすがに凹みました。ペコに慰めてもらうにも、今朝からポケットの中で寝てばかりいます。


 結局、私は一度も魔法を使うことなく、申し訳ないので荷物を持たせてもらいました。彼らもちょっと機嫌が悪かったのか、少し重すぎるくらいの荷物を寄越されました。


 冒険者ギルドに寄ると、幾許かのお金が手に入りました。これで宿代が払えると思いましたが、彼らのリーダーは――まあしばらくはいい――と言って受け取っては貰えませんでした。その日の夜は、一人で先に部屋で体を拭かせてもらい、早めに就寝することにしました。



 ◇◇◇◇◇



 ……ですが何故か、翌朝にはまた体のあちこちが痛みました。そして彼らもまた、顔に新しいあざを作っていました。昨日は酔うほど飲んでいませんし、そもそもほとんど水のお酒しか飲まなかったのに。


 この日もまた、森へゴブリン退治に出かけました。今日もペコは朝からぐーぐーとポケットの中で眠っています。ときどきくるりと寝返りを打って、いい気なものです。


 ゴブリン退治ではやはり何もできることがありませんでした。仕方が無いので、魔石の取り出しを手伝いました。


『魔石の取り出しは上手じゃねえの。案外平気なんだな』


 ええ。解体ならお手の物です。四か月の間、ほぼそれだけで暮らしていましたから。


『父親が猟師か何かなのか?』


 父は木こりですね。


『なるほど森へ入るもんな』


 何がなるほどなのかわかりませんでしたが、先ほどからの話がかみ合っていない気がします。そして少しだけ役に立った気になってました。でもよく考えたら魔術師の仕事ではありませんね……。



 ◇◇◇◇◇



 次の日の朝、また体のあちこちが痛み、彼らも同じように新しいあざを増やしていました。私のせいでしょうかと聞くと、気にしないでいいと返されました。


 今日はゴブリンの巣の掃討に向かいます。ゴブリンは穴掘り妖精ノッカーが開けた廃坑に住み着くことが多く、時には宝石も手に入ることがあるそうです。


 しかし迂闊でした。森で活躍の場がないというのに、どうして狭い廃坑で私の役に立てることがありましょう。結局のところ私は、何度かの魔法の要請に一度も応えることができず、大荷物を背負わされて帰るだけに終わってしまったのです。


 ペコは寝たままで愚痴のひとつも聞いてくれません。



 ◇◇◇◇◇



 さらに次の日、体中がひどく痛む上に、彼らはとても機嫌が悪く、そしてまた新しいあざも増やしていました。また私のせいなのかと謝りましたが、返事も返してもらえません。


 この日はゴブリンの巣の掃討完了の確認だけで終わりました。そしてギルドに帰れば、まとまった金額の報酬が手に入るはずでした。が――


「そ、その、お話が違います……」


「だがよおミコルちゃん、魔法もロクに使わない魔術師なんてただのお荷物なんだよ」


「でで、でも、申しましたではございませんか、繊細な魔法は……」


「なんだって? もう少し大きい声で言ってくれ」


 ごめんなさい。頭は回るつもりなのですが、喋るとなると上手く言葉にできないのです……。


「とにかく、山分けなんて無理だ。三分の一だって多いくらいだ」

「だいたいな、宿だって金が無いってぇから部屋に泊めてやってんのに殴られてよ」

「お前、わかってやってんじゃねえのか?」


「すすすすみません、夜のことは覚えが無くて、ほんとに……」


 彼らの言うことも尤もです……申し訳なさでいっぱいでした。

 私は必死に謝りました。なのに三人とも声を荒げるばかり。


 どうすればいいのか、途方に暮れかけたとき――


「いやいやいや、君らおかしいでしょ。それにお金のない女の子を部屋に泊めてあげてるってさ、ちょっといかがわしくない?」


 近くのテーブルで本を読みながらお茶を飲んでいた珍しい黒髪の男の人が声をかけてくださいました。


「うっせえな、うちのパーティに口出すなよ」

「兄ちゃん、見ない顔だな。そんなひょろい体で冒険者か?」


「いや俺、しばらく居なかったけどココ地元だから。君らこそ他所から来た人でしょ。見ない名前だし」


「だからどうしたってんだ」

「俺たちは西じゃ、ちょっとは名の知れた冒険者なんだぜ」


 見ない名前? 三人は気にしていませんでしたが、確かにそう言いました。


「お前らよ、そいつひだまりのヒモだから気を付けた方がいいぜ」


 また別の冒険者の方が三人に言います。ひだまりのひもとは?


「んだよ、って」


「ひだまりも知らねえのか。ご愁傷さまだな」


 そう言ってその方はさっと離れてしまいました。


 きゃっ――突然、肩に手を回され――


「とにかく、ミコルちゃんとはそういう仲なんで、俺たち。な?」


「え? ええ……」


 さすがに体に触れられるのは嫌でした…………でもパーティの仲間ですし……。


「ほんとかよ。その子、震えてるけど?」


 ほんとだ……自分でも震えていることに気が付きませんでした……。


「――とにかくさ、女の子を野郎の部屋に泊めて助けてやってるとかおかしいし、魔術師がお荷物ってのもおかしい。魔術師なんて暇なくらいがちょうどいいんだよ。必要なときだけ魔法使ってくれればな」


「ミコルちゃんが良いって言ってるんだからいいだろが」


 黒髪の人は三人のうちの一人に襟を捻り上げられますが、そういうのは良くないです。私は声を上げますが、小さくて届かず聞き入れてくれません。


「じゃあ聞くけど――君はさ、こいつらとは体を許すような関係なの?」


 その黒髪の人がとんでもないことを聞いてきました。


「とととととんでもないです。そ、そんな、か、体なんか許しません」


「ハァ? 思わせぶりな態度取ってんじゃねえよ」


 そんな話知りません! 私は恥ずかしくてまともに喋れないでいました。


「君もパーティはよく選んだ方がいいよ――っと」


「痛い痛い! 腕を離せ!」


 見ると黒髪の人は、襟を掴まれていた腕を逆に掴んでいましたが、何故か掴まれているだけの方が悲鳴を上げています。さらにもう一人が殴りかかったのを受け止めると、そちらの方も悲鳴を上げ始めました。


「何やってんだ、お前ら?」


 私の肩を掴んでいた方も不思議そうにしています。


「折れる、腕が折れる!」


「別に折ってもいいんだけどさ、受付のお姉さんが怖い顔してるから、その子に分け前渡してパーティから解放してあげてくれない?」


 私が受付のお姉さんと目を合わせると――私じゃない!――とでも言いたげに首を振っています。


「アニキ、いいから分け前渡してやれ! マジに折れる!」


「パーティもな」


「パーティも!」


「いやおい! こんなの強制される言われは無いだろ!」


 リーダーが受付のお姉さんに怒鳴ります。お姉さんも怯えてます。


「そうだよ。だから君が言わないと」


 私? 黒髪の人は二人を掴んだまま腰を落とし、私に視線を合わせて言います。

 私は頷くと、恐る恐る肩の手を振り払ってリーダーに向き合い、深呼吸をし――


「私の!――正当な取り分を!――要求します! パーティも抜けます!」


 上擦ってしまいましたが、ちゃんと声に出して言えました。

 リーダーは不満そうな顔を隠しもしませんでしたが、黒髪の人が後ろに立っていてくれると思うと、不思議と力が湧いてきました。


 そうして私は正式な報酬の分け前を貰い、パーティから抜けることとなりました。

 荷物も手持ちしかないので三人ともここでお別れです。

 ですがどうしましょう。一人ではこの先難しそうです……。


「なあ、どこか魔術師の必要なパーティ居ない?」


 そんな私を察してか、黒髪の人は周りの人たちに声をかけてくださいました。


「オレんとこなら空いてるぜ。まだ三人だし」


 背の低い、私と変わらないくらいの男の子が名乗り出ます。


「アイスんとこが空いてるって。試しに入ってみれば? 入ってみて嫌だったらちゃんと言って抜けなよ」


「うっせえ。次から次へと女に手を出すな、ヒモのクセに! お前と違って責任感あんだよ!」


「ああそうかい」


「ああああ、あの、ありが――」


「来なよ! 仲間に紹介するぜ!」


 黒髪の人にお礼を言いかけたところを男の子に引っ張られてしまい、伝えることができませんでした……。



「あいつはひだまりのヒモだから気を付けろよ」


 離れたテーブルに行くと、彼が小声でそう言いました。


「こっちはシャロ、そっちはダスケサー」


「でっか!」


 シャロと呼ばれたふわふわした淡い金髪の女の子の第一声がそれでした。彼女の方が背が高く見えるのになんで……。


「やめろよシャロ、女の子だろ。ダスクでいいよ。僕は聖堂騎士。離れて見てたけどなんか大変そうだったね」


「はあ? 気取ってんじゃないわよ、ムッツリダスクが。――あたしは盗賊。よろしくね。え、それなに? 動いてるの?」


 今頃になってペコが起きだしてきます。小さな鳥のような姿のペコは王都でも珍しいみたい。


「こ、こっちは小精霊ピコダイモンのペコ……です。よ、よ、宜しくお願いします。ところでその、さっきから気になってたんですが、ひだまりのひもって何ですか?」



 その後、黒髪の人が女の子パーティの中で養ってもらってる情けない男――という話を聞きました。そんなはずない。私に勇気を与えてくれたあの人は、すごく輝いて見えたもの――。








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 ユーキがカッコよく見える地母神様謹製の色眼鏡です!

 次回、ユーキ視点になりますが、時系列で4日ほど前まで戻ります。


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