第3話 Sランク冒険者

「Sランク冒険者というのはどうじゃ?」


 ハァ?――俺は師匠である大賢者様に返した。


 俺たち陽光の泉ひだまりは魔王領からの凱旋を祝う宴に出席するため、王城で部屋を与えられて賓客ひんきゃくとして扱われていた。ただ、城に迎え入れられて既に二日。ルシャは毎日楽しそうにアオのところへ、リーメは図書館へと通ってはいたが、俺はさすがに飽き始めていた。アリアも城の中は居心地悪そうにしていたし、キリカもそれほど城の暮らしには興味がない様子だった。今日は、その二人と一緒に大賢者様の所へ御呼ばれしていたのだ。


「ハァとは何じゃ! 師匠に向かって!」

「いや、師匠。そもそも冒険者にランク付けって要るんですか?」


「手工業ギルドにもあろう、親方審査がの」

「それは商品を作るからでしょ? 物を作る技術なら評価付けも大事でしょう。でも冒険者ってやってることのほとんどが怪物退治ですよ? 幻獣だとか悪戯妖精の」


 ギルドなんて言ってはいるが、実際の所、ただの仕事の斡旋所で特別な技術があるわけじゃない。せいぜい浮浪者を街に放たないための組織だ。


「では、どの程度の怪物が倒せるかでランク分けするのはどうじゃ」

「そんなのどうやって決めるんですか。普通の冒険者がそんな大型の怪物を評価の基準にできるほどポンポン倒せるわけないでしょ。だいたいそんな怪物が溢れていたら国が滅んでますよ」


 シーアさんが淹れてくれたお茶を飲みながらアリアも頷く。

 アリアも梟熊アウルベアくらいは倒せていたが、大型の怪物は漫画のようにズバッと一撃で屠るようなことはできない。そんな無茶苦茶ができるのは聖剣スコヴヌングを持っているキリカくらいだ。ハルの持っている魔剣ガルスッラくらいなら似たようなことができるかもしれないけど、それなら魔剣を持っているかどうかでランク分けすればいい。


「面倒くさいのう。お主のその優秀な鑑定で怪物のレベルとかわからんのか」

「ゲームじゃないんですからそんなもんわかるわけないでしょ! そもそもですけど、どうして怪物退治を冒険者に任せてるんです。れいの騎士団長の居た騎士団とか暇じゃないんですか?」


 騎士団長って言うのは魔王領でアリアたちを連れまわした迷惑なイケメン。ルシャに御執心だった。


「騎士団も軍団も昔ほどの規模ではないんじゃよ。人が極端に減り過ぎたのもある。ただ、お主の話じゃと樹海へ人を送れなくなった分、国が平和になったのかもしれんの」

「平和になったならいいじゃないですか」


「愚か者が。魔鉱が取れず、国が貧しくなったら国を守る力も衰える。次に魔王が現れたときに倒せる力を維持できん。だから近隣の脅威を冒険者に頼らざるを得ないのであろうが」

「貧しいって言うほどこの国は貧しく見えませんけどね」


「人々の生活が豊かになれば、それだけ余裕が生まれて新しい産業が生まれる。産業が生まれれば仕事が増える。そうして作り出されたもので国はさらに豊かになる。例えばほれ、湯の出るシャワーなどあればお主とて嬉しかろう?」

「え、街の方でもお湯を出せるんですか?」


 俺の反応を見て大賢者様はニヤリと笑う。


「ふふん。いいことを教えてやろう。今から500年ほど前なら、平民の街でも湯の出る屋敷なぞ珍しくなかったぞ。お主の住んでおる下宿もかつてはそうであったろうな」

「!!」


 確かに俺のような元の世界の所謂『現代人』にとって、シャワーほど魅力的なものはない。そして当然シャワーが出るなら風呂だってもっと簡単に入れられるはず。ここの人たちは足こそ毎日洗うけれど、水浴びはせいぜい一日、二日おきとかが普通だ。


「どうじゃ? 少しは興味が出たであろう?」

「ま、まあ……。ただ、それとランク付けにどういう関係があるんですか」


「うむ。それなんじゃが、魔王領となっておるあの樹海へ踏み込む人間を制限しようという話が出ておっての、どこへでも入り込んでくる冒険者をまず制限して、ついでにそやつらに治安を維持させようと言う話じゃ」

「本当に人が足りてないんですね……」


 なるほど、冒険者にランクを付けてその見栄の見返りにというわけか。ただちょっと、俺にはさっきから何かが引っかかっていた……。


「あの、大賢者様?」――と、ずっと興味深そうに話を聞いていたアリア。

「何じゃ、聖騎士よ」


というのはどういう意味なのでしょう?」

「あ…………」

「そういえば……」


 大賢者様の顔を見ると目を逸らした。


「――Sも何も、ここじゃ文字はABCじゃないですよね!?」

「わ、儂は聞いただけじゃ! ほれ、ハルからの」


「ハルが? ハルってアニメや小説は趣味って感じじゃないけど……」

「とにかく! 何か適当な呼び名を考えておけ」


「ぇえ……俺たちがですか?」

「ぬしらが現状、ギルドではトップの冒険者パーティじゃ。自身の称号くらい自分で決められた方が良かろう。いずれ樹海へ赴く時にはその称号が使われるようになる」


 マジですか――とまあ、恥ずかしいことに自分たちが呼ばれるようになであろう称号を決めさせられることとなった。その後、大賢者様はさっさと退出してしまい、代わりにシーアさんが席に着いた。



 ◇◇◇◇◇



主様あるじさまが楽しそうにされているのを久しぶりに見ました。ありがとうございます」


 シーアさんは体の線の細い、淡い色の金髪、透き通るような水色の瞳をした大賢者様の側仕え。そして貴族の御令嬢だ。シーアさんが席に着くと、さっきまでお茶を淹れていたシーアさんの代わりにメイドさんが傍に付き、お茶のお代わりを淹れてくれる。


「えっ、大賢者様、そんなにストレス貯めてるんですか?」

「はい、そのというものにいつも悩まされてますね」


 なるほど、大賢者様がときどき自分の地位を俺に譲るような冗談をいう訳だ。


「ユーキもそうだけど、大賢者様もときどき分からない言葉を使うよね」

「ストレスも翻訳されてない? 負荷というか、心や体に重くのしかかってる重圧みたいな」


「それならわかるよ」

「プラトニックも翻訳されてなかったよね。外来語が翻訳されてないのか?」

「二つの言葉を使われてるのでしたら、ユウキ様の頭の中では別の言葉として分けられてるのではないでしょうか?」


「ユーキがオークの言葉を混ぜて使う時もそんな感じだね。あのオークやオーガの名前を喋るときとかすごく変だし」

「えっ、そんなに変だった? ログロウって?」

「どこから声出してるの?――って思うわよ」

「確かに、オーク語は少し唇を震わせたり、鼻に抜けたりする音が混じりますね」


 全然気づいてなかった! 確かにオークのログロウの喋り方はそんな感じだった。


「ユーキは元の世界で他の言葉も喋ってたんだね、すごいね」

「いや、高校――学び舎で教わってただけで、そんなに得意じゃ……」

「勇者のお二人もそう仰られてましたね」

「ユーキ、もしかして頭よかったの? その言葉で何か喋ってみてよ」


「えっ、いや、急に言われても……俺も喋るのは苦手だし……」


 普段使わない言葉って、習っていても恥ずかしくて喋れないのが日本人だと思う。

 ただ、言い出しっぺのキリカはともかく、アリアは期待に満ちた目で見てくる。以前、『プラトニック』の意味を教えてあげた時も喜んでいたし……それなら――


「――えっと、アリア……。 I love you ... .」


 アリアの肩に触れ、そう言葉を掛けると何故か頬を赤らめるアリア。


「――え!? もしかして翻訳された!?」


 俺が焦ってそう言うと、何故か笑うキリカ。


「わかるわよ。それに、ユーキが焦ると確信が持てるだけだわ」

「短い言葉というのは、言語を問わずそれだけ原初の衝動なのですよ」

「わからないと思って……もう……」


 後で意味だけ教えてあげようかと思ってたのに完全に失敗だった。


「――あ、そうだ。さっきの大賢者様に相談されてた称号、そのユーキの世界のもうひとつの言葉にすればいいんじゃないかな?」

「Sランクみたいに?」


「えすらんくでもいいけど、ユーキは嫌なのよね?」

「何だかちょっとweb小説みたいでやだな」

「エルフの森にちなんだような言葉は無いの? 私は昔々のお祖母ばあさまがエルフと関りがあったらしいから、そういうのなら嬉しいわ」


「エルフ森に関わりの深い称号ならレンジャーっていうのが小説でもゲームでもあったなあ」

「ゲームはなんでもあるのね」

という言葉もよく聞きますね。盤上遊戯ボードゲームとも違うそうですし」


「そのボードゲームも含みますけど、俺たちのいうゲームって、ほとんどは画面があって、電子回路の中をプログラムが動いていて、ボタンとかで操作するゲームですね」

「そこがわからないのよね」

「わたくしも、何度か説明を聞きましたがちょっと理解できません」

「それで? そのってどういう意味なの?」


「ああ、えっとつまり、野伏……いや、森を護る人かな」

「あら、いいじゃない。森の護り手レンジャーなんて」


「でもさ、そもそもそういうタレントがあるんじゃないの?」

「主様ならご存じかもしれませんが、わたくしは聞いたことがございませんね」

「森はどちらかというと魔女の領分よね」

「そうだね、村の魔女が森のどこを切り開いていいかを地母神様に伺ってくれる。だからそれ以外の場所へわざわざ入っていくのは冒険者くらいだと思う」


「じゃあいいんだろうかな。――シーアさん、そういうことで大賢者様には伝えておいて貰えますか?」

「承知いたしました。主様も仕事がひとつ減ります」







--

 『僕の彼女は押しに弱い』並にヤマもオチもない、とりとめのない話ですみません!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る