第5話 ひだまりのひも

「やべぇわ、あのブーツ脱がしてみてえぇ~~」


 カウンターの左奥、裏手の訓練場へと至る通路からタシルがそんなことを言いながらやってきた、ズボントラウザを持ち上げるように正しつつ。訓練場ではたぶん、キリカがギルドメンバー相手に腕試しをしているはず。


「キリカさんの足の匂い、一度でいいから嗅がせてほしいぃ~~」


 そのタシルと肩を組んでやってくるのがマダキだが、コイツの方がヤバかった。キリカは太腿までの長いブーツを履いているとはいえ、そもそも風呂場での足の手入れを欠かさない。そんなに臭う訳ないだろ。

 よくつるんでいる二人が、相変わらず馬鹿なことを言いながら戻ってくる。すると――


「ウエェ、相手の居ない男ってどうしてこうなのよ。キモいわ」


 タシルとマダキが座った席、その大きめの四角いテーブルの対面に居た女冒険者がそう言った。その言葉は二人に向けられたものだったが、俺にも刺さった……。


「キ、キモいだと!? 少年の純情を踏みにじるな!」

「少年とか笑うわ。ただの童貞じゃないの」


 タシルが少年とか確かに笑うな。まあでも、成人して相手がいない男は少年と軽くみられるところがあるし、逆にそれを誇りにしてる者も居たりする。


「うっ、うるせえ。ナディカこそ男に逃げられたじゃねえか!」


 ナディカと呼ばれた彼女は、少し前まで産休を取っていたらしい。俺と同い年らしいのに子を生み、乳母に預け、冒険者としてしっかり稼いでいる。しかも彼女のような冒険者や兵士は珍しくないという。この世界の女性はとにかくたくましい。


「あたしは別に次の男探すからいいけど? あんたたちみたいにあれこれ注文は多くないから」


 ナディカは派手目だけど確かに美人だとは思う。目立つのは顎に向こう傷があるくらい。子供が居ると言われてもピンとこない。


「えっ、じゃあオレとかどう?」――とマダキ。

「あんたねえ……。その節操のなさ、無理だって昔、言ったよね?」


 かつて、この三人は同じパーティだったそうだ。男三人に若いナディカ一人。そのもう一人の男とナディカが文字通りしまい、パーティを解散したらしい。タシルの話では、ナディカは以前、それはそれは可憐な少女だったそうだ。それが今では二人ともナディカにいいようにあしらわれていた。母は強し。そしてモテない男は辛いよな、うん。


「おい、何をわかったような顔をしてるユーキ!」


 頷いていたらこっちにとばっちりが。


「いやあ、俺も気持ちはよくわかるから」

「ユーキに俺たちの気持なんかわかられてたまるか!」

「お前は自分の一行パーティの顔ぶれを見てから言え!」

「ユーキくんに当たんないの」


 ユーキくん――同い年らしいのに年下のように呼ばれる。


「――だけどユーキくんはまだの余裕がある感じよね。ね? 誰かとやったでしょ?」


 ざわ――とギルドホールが一瞬ざわつき、誰もが静まり返る。


「えっ、いや、……みんな清らかな乙女ばかりですよ。誓って」


 焦ってそう返事をする。嘘は言っていない。女神さまが捻じ曲げたが、事実、最高峰の鑑定でも彼女らは処女だ。


「ふぅん? ま、確かにユーキくんは余裕もあるけど、どこか童貞くさいのよね。少女パーティは健在ってことね。信用してあげる」


 その言葉と共に、ホールのあちこちからほっと溜息が漏れ、落ち着きを取り戻す。俺としては失礼な言われようだったが、例えば陽光の泉ひだまりのヒモ――なんて呼ばれるよりはずっといいのかもしれない。



 陽光の泉ひだまり――アリアが結成した女の子だけのパーティの名だ。そのメンバーは一人を除いて成人しているが、この世界では15才で成人するため、俺から見れば皆せいぜい高校生くらいにしか見えない。おまけにこの世界では15才で結婚するのが普通。だから未婚のアリアたちの一行は少女パーティとも言える。


 そんな彼女らのパーティへ入れてもらった俺に付いた渾名のようなもの――『陽光の泉ひだまりのヒモ』――は、旧知の知り合いの間では半ば愛情を持って称されていた…………たぶんな……。もちろん、今ではそれを知らない連中の方がずっと多く、文字通りの意味に取る者も多い。たとえばこんな――



「おいヒモ! アリアさんからいい加減手を引けよ! お前みたいな地味顔には美人のアリアさんは絶っ対に似合わねえ!」


 新しいお茶を淹れ、読みかけの本を再び開いたところ、赤い髪の少年に突っかかってこられる。アリアとは違った色合いではあるが、アリアと同じ赤い髪と言えるところがちょっとむかつく。小さいくせに顔はイケメンだし。


「おい聞いてんのか!? お前、ルシャ様にもちょっかいかけてんだってな! オトコとして最低だぜ。アリアさんはオレが幸せにするからな!」


 実はルシャとは――まあそれはいいか。とにかく、アリアを諦めるなんて死んでもない。死んだら元の世界に帰っちゃうしな。ここを離れたくない。


「訓練場に来いよ! アリアさんを賭けて勝負しろ!」


 こんな子供っぽい奴、気にもしていなかったが、さすがにその言葉にはカチンと来た。


「お前、名は何ていうんだ」

「アイスだ」


「いいかアイス、お前が俺をヒモだのなんだの言うのは構わない。だけどな、アリアは物じゃない。賭けの対象なんかにするな。そういうのは彼女を馬鹿にしてるし俺も頭にくる」

「む……」


「それにだ、アリアが好きなら本人に言え。ビビってるからって俺に当たるな」


 俺はよくこの世界の連中から舐められる。この世界の人間に比べて体格が貧弱なのもあるし、顔も特別良くない。こいつの言う通り地味顔だ。こんな年端もいかない少年にさえ舐められる。


 言い返せない少年に、指をさして促す。

 ちょうど待ち合わせでやってきたアリアだ。


「どうしたの? 指なんかさして」


 だがアイスはアリアの顔を見ると、彼女を避け、走ってギルドの建物から出て行った。


「あいつ逃げやがった……。――アリア、アイスって男の子知ってる?」

「ううん。知らないけど」


「いま出て行ったやつなんだけど」

「ごめん、見てなかった。知ってる、キリカ?」


 アリアの言葉に振り返るといつの間にか後ろにキリカが立っていて、ほくそ笑んでいた。


「なんだよ」

「ちょっと見直したわ」


 キリカは俺の肩をポンと叩くと、アリアの腕を取って――行きましょ――と出て行こうとする。


「ちょっ、キリカ。ユーキもいこ」


 俺はテーブルを片付けると二人の後を追った。







--

 この国では人前でブーツを脱ぐことさえ人に依ってはとされるため、逆に足フェチを大勢生み出しています。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る