第6話 訓練場にて

 今朝は夜も明ける前の早い時間からひと悶着あった。朝からアリアの機嫌を取るためにたくさんキスをしたのだけど、ベッドでそんなことをしていると男の俺としては収まりがつかなくなったりもする。仕方が無いので、有り余った元気で朝から湯を沸かし乾麺を茹で、塩漬け肉を炒めてチーズと卵黄をえた、しっかりめの料理を作った。


「ん~! これもおいしいね。なんだか朝から元気が出そう」


 赤い髪を後ろでまとめ、簡素な部屋着だけ纏ってリビングのテーブルに着くアリア。

 アリアは冒険者稼業がそこそこ長いため、朝から割としっかりした肉料理を食べる。


「こういうの、色々と調理法レシピが出てくるんだよね。たぶん、大勢の人に親しまれた料理はそれだけ種類が多いんだと思う」

「いつも思うけど、それってどうやって選んでるの?」


「や……考えたことなかった。勝手に鑑定様がお薦めを選んでくれるから……」

「ユーキ様のお口に合うものは私も大好きです」


 重たい朝ごはんなのに、それをペロリと平らげた聖女様――ルシャは実を言うと食いしん坊。料理も大好きで、夜が明ける前から起き出して皆の朝食を準備し、朝食後は孤児院へと向かう。


「あ、あたしだってユーキと味の好みは相性いいもん…………ちょ、ちょっとやめてよ。食べてる途中!」


 アリアがかわいすぎて思わず抱きしめてしまった。それをニコニコと見守るルシャ。



 ◇◇◇◇◇



「ええ? 二人とも朝からそんな太りそうなもの食べてるの?」


 寝癖で髪がモコモコしたままのキリカがやってくる。

 後ろからは寝惚け眼のリーメ。


「冒険者は朝しっかり食べないとダメだよ。何が起こるか分からないんだから」

「それはわかってるけど……今日はどこにも行かないでしょ?」


「じゃああたしと訓練場に行く? 昨日、ギルドの人とも腕試しをして楽しかったんでしょ?」

「ええ、それなら」


 王城で居る間、キリカはアリアと腕試しと言って剣術の稽古をしていた。キリカは剣聖の祝福を得たことで、剣の腕はアリアを一気に追い抜いてしまった。ただ、アリアはそれに嫉妬することなく、キリカと共に剣術の腕を磨くことに励んでいた。


「ユーキ様は胸の大きなご婦人が好みですから、キリカもしっかり食べて大きくするとい良いですよ?」

「ユーキ……それでいつもあんなに……」

「ルシャ!? それは誤解だって! アリアもそんな目で見ないで」

「食べたからって大きくなるわけじゃないでしょ」

「エロ男……」


 バツが悪くなった俺はキリカとリーメの朝食を用意するためキッチンへと顔を逸らした。



 ◇◇◇◇◇



「いや、俺がやってもキリカとじゃ勝負にならないだろ?」


 アリアと冒険者ギルドへ向かった後、キリカが合流してきたので訓練場へやってきた。ギルドの訓練場はギルドホールの北側、ギルドの奥の建物からは西側の空き地にある。戦うための技術は冒険者にとって必須。それは魔術師でも変わらない。もちろん俺でも。ただ――


「せっかく剣聖の私が教えてあげるって言ってるんだから。ほーら」

「ぇえ……」

「ユーキ、お前キリカさんに稽古をつけて貰えるのに贅沢言うな!」

「そうだそうだ! 男としての威厳を折られちまえ!」


 男としての威厳を折られることに悦びを見出してしまったタシルとマダキが叫ぶ。


「わかったっての、まったく……」

「行け行け、のされてこい!」

「ヒモもちったぁ仕事しろ!」


 ヤジを飛ばされながら、しぶしぶ練習用の剣を手にし、軽く振る。

 ビョオ――と音を立てて振るわれる木剣は俺にはちょっと軽すぎて扱い辛い。


「(なんか今、凄い音がしなかったか?)」

「(キリカさんだろ?)」



 始め!――アリアの声と共に打ちかかる俺。


 俺はこれでも身体能力だけはかなり高い――というか地母神様が高くしてくれている。特に筋力と持久力だけは無駄にある。敏捷性もそこそこあるはず。ただそれでも、この世界の祝福の力は単純な筋力を上回る、物理法則なんか無視したとんでもない力を発揮する。


 防御も考え、体を閉じた構えから左の袈裟斬りで打ちかかる。アリアたちは袈裟という表現を使わないし、そもそも対人戦では剣を大きく振り回すことはしない。もっとずっとコンパクトに突いてくるし、何より急所を一突きすれば対人戦では勝利できる。


 ただ、俺の場合は馬鹿力とスピードだけが頼り。だからこの選択だった。


「んんっ、流石っ」


 キリカがそう言ってくる。戦っている最中に喋るのはキリカに余裕がある証拠だ。

 俺の一刀を舐めるようにキリカの剣が走り、力を逸らされ空を斬る。ゴブリン相手なら芯を捕らえるだけでどれだけ防御しようと倒せる一撃を、キリカは滑らかな剣捌きだけで芯を外した。


「――まともに受けたら勝てないわねっと!」


 よく言う――そんなことを喋ってる余裕はなかった。

 勢いを力任せにねじ返し、踏み込みながら逆袈裟気味に凪ぐ。十分な踏み込みだと思ったはずが、先端をキリカの剣の根本で弾かれ体には届かない。この国の剣は重心が手元にある長剣が主流だ。だから勢いがついても先端には打撃力がない。


 しかし、俺の体の勢いまでは殺せない。そのまま強引に踏み込み、護拳を振り下ろす。


 ただ、狙った先にはキリカの体は無かった。

 拳を振ったため開いた身体の内側にキリカは居た。


「――そんなに抱きしめたかったの?」


 ふふ――と笑うキリカの木剣の切っ先は、俺の顎を捕らえていた。密着した体の間に滑り込まされた木剣と、それを俺の体へと十字に抑え込む左の篭手。動きを止められた俺に向かってキリカの顔が近づき――


「ちょ! そこまで! 勝者キリカ! ちょっとユーキ、離れて!」


 するりと俺の腕の間から抜け出したキリカ。以前と比べて体ができてきたせいか、剣聖の祝福が完全に体をコントロールしている。


「うん、まいったわ」

「ユーキはもっと基本を大事にした方がいいわね」


「基本じゃ負けそうだったからああしたんだろ」

「もう、負けず嫌いなんだから」

「ユーキは負けてもいいから基本をやろうね。キリカに隙、見せすぎ」


 ちょっとお怒りのアリアだった。

 タシルとマダキの所へ戻ると、二人ともニヤニヤしていた。


「ユーキはやっぱ素人だな」――とマダキ。

「うるせえ、ほっとけ。人間相手の方が少ないんだから仕方がないだろ。木剣だって軽すぎるんだ」


「武器のせいにしているうちはまだまだだな」――とタシル。

「だいたいさ、ファンタジーなんだから斬撃が飛んだり、必殺技が出てもいいじゃないか」


 そう言うと皆不思議そうな顔をする。アリアやキリカも。


「斬撃が飛ぶの? どうやって?」

「ほら、キリカがやったみたいな遠くの方が斬れるやつ」

「あれはただ聖剣を伸ばしただけよ。斬撃が飛んで相手を斬るなんて聞いたこと無いわ」


「俺もよくわからんけど、ほら、鎌鼬かまいたちみたいに真空でズバっと」

「よくわからないけど、そんな便利な方法があったら今まで苦労してないわよ」


「まあ自分で言ってて何だけど、真空で鉄が斬れるなんて聞いたことないしな……。じゃあハルみたいに剣を振ったら稲妻が出たり」

「魔法を付与した魔剣ならできるんじゃないかな?」


「そこを普通の剣で」

「あたしもそういうのは聞いたことない……」

「ユーキも子供じゃないんだから現実を見て真面目に修練しなさい」


 異世界人に現実を見ろと言われてしまったよ……。


「そういえば聖剣スコヴヌングなんだけど、どうしてか11本までしか出ないのよね」

「前にも言ってたな。数え間違いじゃないのか?」


「ううん、絶対に11本しかない。ほら――」


 そう言うとキリカはバラバラと腕から短剣サイズの聖剣を出し、その腕にくっつけたままぶら下げていく。


 ――って十分ファンタジーだよ。キリカこそ目の前の現実を見ろ。


「……8,9,10,11……ほんとだ」――アリアが真面目に数える。

「ほらね?」


「どっかで詰まってるとかじゃないのか?」

「変な物みたいに言わないでよ!」


 しゃら――と扇を閉じるように聖剣を腕の中に戻したキリカ。見慣れた光景だったが、実際に聖剣を見たことが無いギルド員が目を丸くして見ていた。







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 第二部本編幕間の『リーメさん』のあの朝の日の話です。


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