第5話 エロトラップ発動!

「あああああぁぁぁぁぁ……」


 地の底へと吸い込まれていく声!

 深く、深くどこまでも落ちて………………


「はれ?」


 私は落ちていませんでした。落ちていったのは……。


「危な……。危うく落ちるとこだったわ」――とユーキさんの声がすぐ傍から。


 私は空中に浮いていました。

 いえ、正確にはユーキさんに抱きかかえられ、宙ぶらりん。


 ユーキさんは私の大きな体を片手で抱え、もう片手は通路の縁かなにかを掴んでいるのか、落ちてはいませんでした。一行パーティの前半分を飲み込むように通路一杯に大きく開いた穴へ、私たちの後ろにいたタシルさんとマダキさんが巻き込まれて落ちていったようです。


「ああ、そんな……お二人が……」

「ま、大丈夫だろ」


 ユーキさんは猫でも持ち上げるかのように私をひょいと通路へ上げると、自分も軽々と登ってきました。そして後ろの二人に下へロープを伸ばしてやるように言い、落ちた二人を救うようにと告げました。


「――足りなかったらキャンプから持ってきてくれ!――落とし穴があちこちにあるとは聞いてたけど、こんなに早く遭遇するとは思わなかったな」


「えっ、えっ、いま何かすごくありませんでした?」

「なんかここ、魔法の罠があるらしくて――」


「そうじゃなくて、いきなり足元の床が無くなったのに、とっさに私を抱えて!? しかも通路の縁を掴むなんて普通じゃないです!」

「ああ、これ……今だけ期間限定の幸運ラッキーみたいな? そんなだから」



 ◇◇◇◇◇



 開いた穴は閉じる様子が無いため、二人だけで先へ進むことにしました。


「さっきみたいなことがあるから、できるだけ傍を離れないで」


 通路を進んでいくと、奥は下りの階段でもあるのか通路が途切れていました。怪物が出ることは無いという話でしたが、視線が切れる場所でもあるためユーキさんは慎重に進みます。


 くにゃ――と、足元で何か柔らかいものを踏んだ感触がありました。


 途端、私は身体を持っていかれるような感覚と共に――


「あれ?」


 私はユーキさんに抱きかかえられ、二三歩ズレた場所に立っていました。


「毒みたいなのを吹いてくる罠があるって言ってたけど、これか……」


 ユーキさんが床の石にしか見えない物体を踏むと、傍の壁から何か水飛沫みずしぶきのような物が吹き出されました。


「えっ、いま私、どうなったんです!?」

「いや、危なかったから退かした」


「一瞬で!?」

「まあ……」


 ユーキさんの反射神経と身体能力はいったいどうなっているのでしょう!?


 それからユーキさんが足もとの物体に剣先を突き込むと、液体が漏れ出てそれ以上、罠は動かなくなりました。ともかく、前方に警戒しているところで足元に罠とは、この罠を作った人の性格は悪そうです。



 ◇◇◇◇◇



 通路の奥は階段ではありませんでした。通路が途切れ、垂直に穴が開いていたのです。ただ――


「壁に穴がいくつも開いてるな。降りたとして、登れなくもないか」


 壁には手を掛けるのにちょうどいい穴がいくつも空いています。たぶん、今の私ならこの程度は楽に上り下りできるでしょう。ユーキさんが永続の光コンティニュアルライトのかかった石をひとつ落とすと、下は広い空間があって深さは20尺少々でしょうか。


 ガッ――とユーキさんが床に環釘ピトンを打ち込み、ロープを捌いて結わえます。


「下まで降りたらロープに金具を結ぶから、それをベルトに引っ掛けて降りてきて」


 ユーキさんはロープを腰のベルトの金具に引っ掛けて、手早く降りていきました。

 私はロープを引き上げて腰のベルトに金具を引っ掛けます。まだロープワークには習熟していないので、壁の穴に手と足を掛けながら降りていきました。


「あれ?」


 降りる途中、右足を降ろそうとしたのですが、足が穴から抜けません。


「なんで??」


 下を覗き見てみると、黒い紐のようなものが右足首に絡みついていました。


「えっ? えっ?」


 右足をなんとか抜こうと踏ん張りますが、黒い紐のようなものが穴からどんどん湧き出てきて、足に絡みついていきます。しかもそれだけではありません。左足の穴からも、そして両手を掛けている穴からも黒い紐――というより触手のようなものが次から次へと湧いて出てきます!!


「やだやだやだァ!」


 触手は私の四肢を絡めとると、先端を伸ばしながら腕を脚を這いあがってきます!

 私は涙目になりながらユーキさんに目を向けると、ユーキさんも壁の傍で片腕を黒い触手に取られていました。ユーキさんにこちらを助ける余裕は無さそうに見えます!


「なんでェ! イヤァ!」


 必死に四肢を踏ん張り、大きい身体を最大限に使って腕の自由を取り戻そうと右腕を、左腕を穴から引き抜いて触手を振り払おうとしますが、今度は足に纏わりついた触手が太腿を伝って上がってきました!


「ひィいぃ!」


 その時です――


 ボッ!――という鈍く低い音と共にそこら中の穴という穴から黒い触手がいっせいに吹き出しました。私の両足も穴から吐き出され――


 ふわ――と突然失われた足場とともに、空中に投げ出されました。じたばたと足掻こうとしますが、一度勢いがついたら壁は離れるばかり。


 ドサッ!――頭を抱え込んで丸まるようにした私は、背中への衝撃を覚悟しました。ですが大きな衝撃がないだけでなく、私は地面から持ち上げられます。


「危ねえ、繋がってたのか。――大丈夫? ロープ外せる?」


 なんと、落ちた私をユーキさんが受け止めてくれていたのです!

 自分よりも背の高い私を軽々と、ロープがあるとは言え衝撃まで緩めてくれて!


「な、何が起こったのでしょう!?」


 ベルトの金具を外すと、床に立たせてくださいます。


「ごめん、クロークが汚れたかも。穴の中を殴りつけたらそこら中から触手が噴出しちゃってさ。上の方まで繋がってたみたい」


 ユーキさんの手は明るい色の体液か何かにまみれており、さらに穴からは同じような体液が大量に流れ出ていました。そしてユーキさんの言う通り、殴ったような場所から私の居るあたりまで、たくさんの穴から触手がだらりと垂れ下がっていました。


「な、殴っただけでこれですか!?」

「ああいや、豪腕って言って今だけ期間限定みたいな魔法がかかってて……」


「すすす、すごいです……」


 想像以上です! ユーキさんってこんなに凄い人だったのですね! 聖騎士さんを恋人にするだけのことはあります。もしかすると、聖騎士さんよりもっとすごい力があるのでは!


「ごめん、後ろ汚れたね」

「だだ、大丈夫です、触手に比べたらこのくらい……」


 クロークのお尻の所が汚れていましたが、触手にお尻を触られることに比べたら全然平気でした。



 ◇◇◇◇◇



 部屋を確認すると、先は五つの通路に分かれていました。ユーキさんは地図のメモを取り終えると、おもむろに直剣を抜きます。抜かれた直剣をまっすぐに立てると、ユーキさんは指で捻ってその場で剣をくるくると回します。


 カラン――と直剣が倒れ――よし――と一言呟いたユーキさんは、剣が倒れた方向の通路に向かって歩き始めます。


「えっ、今のは何ですか?」

「ああ、えっと……おまじい? みたいな」


 ????――訳が分かりませんでした。ただ、その後も分かれ道に差し掛かるたびにユーキさんは同じようにして行く先を決めていくのです。


「あの……こんなので本当に大丈夫なのですか?」

「まあおそらくはね。あ、ほら、下りの階段だ」


 ユーキさんは一度も引き返したり迷ったりすることも無く、下りの階段まで辿り着いてしまったのです。







--

 トラップブレイカー・ユーキ!

 垂直の壁は某作品のオマージュです。


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