第8話 偉大なる魔術師

「無関係じゃないですよね? ルサルフィ――つまり、リガノ子爵の七女に当たられる方が魔術師スズキの地下迷宮で行方不明になったことと、今回の依頼について」


 俺はアリアを伴ってリーゲリヒト子爵の元を訪れていた。


 フッ――と笑う子爵様。


「ああ、その通りだ。リガノ子爵に頼まれての話だが、あの地下迷宮にはあまり良くない噂も聞く。だから七女の評判も考えて表には出さずに君たちへ依頼したのだ」


 すると子爵様はジャラと重そうな音のする袋をテーブルに置いた。


「これは?」


「口止め料だ。もしもの場合に使ってくれと渡されていた。七女を見つける可能性もあったからな」


「わかりました。ルサルフィたちのことは、冒険者仲間には内密にするようにとは助け出した時点で言ってあります。女の子でしたしね。後で念を押しておきますよ」


「聡明な君に感謝するよ。――聖騎士様も、さぞ自慢の婚約者なのだろう」


 アリアは微笑みで答えた。



 ◇◇◇◇◇



「そう怒るなって。キリカから教わった魔法の罠の知識も役に立ったからさ」


 子爵様のところから帰ってきたが、家に帰って窮屈な服から普段着へ着替えていると、ご機嫌ナナメのキリカが部屋にやってきていたのだ。


「私たちで報酬を分ければ大儲けだったでしょ! 勿体ない」


「だけど俺だけじゃ全員を守り切れなかったよ。魔女の祝福を受けた俺が単独で行ったからこそ、早々に踏破できたんじゃないか。本当、酷い罠だらけだったぞ。キリカたちをあんな目に遭わせたくない」


 俺がそう言うと、キリカは口を尖らせてそっぽを向く。


「ま、まあそれはわかるけど……私なら罠は全部見つけられたかもしれないでしょ」


「そう言うなよ。あと、キリカが挑戦してみたいって言うから、この辺の遺跡とか地下迷宮、子爵様に教えて貰ったからさ」

「ほんとに!?」


「ああ、子爵様も元冒険者らしいから。だから今度行ってみよう」

「しょうがないわね……。今回だけは水に流してあげるわ」


「ところでユーキ、ミリアさんて誰? タシルさんが話してたけど」

「えっ……」

「なぁに? また女の子引っかけてきたの??」


「いや、違うし。あの地下迷宮のこと、知らずに募集に来てしまった人が居たんだよ。……あまり他の冒険者と付き合いが無いみたいだったから」

「食べちゃおうって思ったの?」


「違げーわ! まあ、強そうな人だったし、最悪、一人くらいなら守れるかなって」

「ふぅん」

「はいダメー。今のでアリアの愛情がちょっと下がったわよ」


「ちょっ、キリカ……」

「いや、違うって。そうじゃなくてさ……」

「何が違うのよ。アリアじゃない他の子を守ってたんでしょ?」


「アリアをあんな場所に連れて行けるかよ! もしもの場合を考えて、入り口にも来させなかったのに」

「心配したのよ。どうしてキャンプにも行っちゃダメだったの?」


「だって、何かあったら絶対助けに来るだろ? あんな場所へ入って欲しくない」

「うん、そうだね……。でも心配だよ。――ん? これ何の匂い?」


 ふと、僅かに香ばしい香りが漂ってきた。隣のリビングを覗くと、リーメが調理場に立っていた。


「何作ってるの?」

「この匂い……もしかしてあの卵焼きか?」

「ああ、材料が手に入った」

「何かちょっと……臭くない?」


 キリカがそう言うが、凄く懐かしいおいしそうな匂いがほんのりとするだけだ。


「できたぞ」


 そう言って包丁を入れ、卵焼きを皿に盛るリーメ。


「上手になったもんだな」

「まあ……な。食ってみろ」


「ああ、いただきます。――アリアもありがとう。いただきます」


 ひとつ摘まんで口に放り込むと甘さと香ばしさが口に広がる。懐かしい味。

 アリアたちもフォークで口へと運ぶ。


「ちょっと匂いは変だけど、味は思ったよりおいしいわね」

「あたしは好きかも。匂いはちょっとだけ変かな」

「いや、めっちゃ旨いよリーメ! どうやって作ったんだこれ」


 これを入れた――とリーメが陶器製の軟膏や調味料を入れる小さな蓋付の壺ジャーをテーブルに置いた。そしてその蓋を開け――


「……」――覗き込んだキリカが変な顔をする。


「いやこれ……醤油?? 醤油だろ、何でこんなものがあるんだ!?」

「ショウユ? ってなに?」


 なるほど、懐かしいわけだ。中の黒い液体は醤油だった。


「元居た世界にあった調味料なんだ。けどリーメ、どうやって手に入れたんだこれ」


 ムフ――と久しぶりに不敵な笑みを浮かべるリーメ。


「大昔の魔術師の記録を見たことがあったんだが、どうやらそいつはユーキと同郷の人間らしい。その魔術師が研究した召喚魔術にこのショーユーを召喚する呪文があったんだ。そいつは卵焼きに入れて食っていたそうだ」


「召喚したのか!? わざわざ」

「そうだ。触媒が物凄く高くつくがな」


「それで金貨20枚か。けど凄いじゃないか! てか、他にも何か召喚できるのか? 味噌とかあるといいなあ。あと海産物とか」

「いや、無いが」


「無いって醤油だけ?」

「そうだ。成功したのがショーユーだけだそうだ」


「そうか……。いやでも、醤油があるだけでもすごいな。ハルやアオも喜ぶぞ」

「アオさんが喜ぶの? これを? すっごく臭いわよ!?」


「発酵させて作るからなあ。元の世界でも、外国の人には臭いっていう人も居るって聞いたことがあるし……。まあ、売り物なんかにはならなくても、俺たちには価値があるさ」


「前にも聞いたことがあるけど、外の国の人はあたしたちに似てるんだっけ?」

「まあそうだね。でも人種が同じかと聞かれると自信ないかな」


「そうなの?」

「だって、アリアみたいにかわいい女の子、見たことないもん」


 そう言うと、アリアは顔を赤くした。


「はー、あー、お熱いようで……」

「やるなら隣の部屋でやってくれ、あたしは昼にするから」


「するかよ! そう言えばその魔術師のこと、調べればもう少し召喚についてわかるんじゃないか? 何て名前?」

「ああ、ちょっと読みづらいが確かこんな名前を名乗っていたそうだ」



「――イダイナル魔術師スズキ――とな」







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