第29話 光の鏡
巨大な扉の前に立ち、リリカが手にした鍵を鍵穴に差し込むと、わずかな振動とともに扉がゆっくりと開き始めた。冷たい風が内部から流れ出し、その奥には光の神殿が待ち構えている。
扉の先は光の神殿という名の割には薄暗く、静寂が支配している。ほんの少しの足音さえも反響しているようだ。リリカが不安そうに俺の方へ目を向けた。
「カエルさん、少し……怖いね。でも、きっと大丈夫だよね?」
リリカの小さな手を握り返し、俺は安心させるように頷いた。
「ゲロ、ゲロ(ああ、俺たちなら大丈夫さ)」
二人で一歩ずつ進み、神殿の内部に足を踏み入れる。周囲の壁には見たことのない文字や絵が刻まれており、過去の壮大な物語が語られているかのようだ。
(この神殿が守る秘宝……光の
願いが叶う秘宝、そんなものが存在するならなぜ誰も手に入れようとしなかったんだ? フロストガルドだけの伝承なのか? それとも新人冒険者たちの妄想なのか? など秘宝について考えていると、リリカが壁の文字を指さして立ち止まった。
「これ……わたし読めるよ! 意味が分かる!」
「ゲロ? ゲロゲロ?(この文字が読めるのか? ぜひ読んでみてくれないか?)」
俺が首を傾げて疑問を持つポーズをとる取るとリリカが話を続けた。
「読んでってことだよね? えっと、願い叶えし者に必要な資格は純たる真の心を持つ者のみって書いてあるよ」
純たる真の心……どういう意味か分からないけど、多分秘宝についてのヒントだな。それに俺でも知らない文字を読めるなんて、リリカは俺が思っている以上に特別な存在なのかも知れないな。
俺はリリカの肩にピョンと飛びのり、頬を優しく撫でながら礼を言った。
「ゲロ、ゲロゲロ(リリカ、ありがとう)」
「えへへへ、カエルさんの役に立ててうれしいなー」
神殿に足を踏み入れてから、少し不安げにしていたリリカの顔が満面の笑みでいっぱいになり、その笑顔をみた俺は自然と緊張体制から自然体へと心が穏やかになっていった。
緊張するのは悪くない、だからって緊張しすぎもよくない。自然体でないと小さな異変に気付ける余裕もなくなるからな。
まぁ戦士みたいにいつでも自然体って訳にはいかないよな。むしろあいつの場合は少しは緊張とかするべきだし。
戦士のことを思い出しクスっとなりながら、俺たちは警戒は解くことはないけど、リラックスしながら先へと進んだ。
奥へ進むと、光が一筋差し込む部屋が現れ、中央には鏡が静かに置かれている。その鏡はどこか不思議な輝きを放ち、近づくたびにその光が増していく。
「これが……光の鏡?」
リリカが目を輝かせながら鏡を見つめる。だが、俺が鏡の前に立った瞬間、足元が震えだし、鏡の光がまばゆく輝いた。次の瞬間、鏡の中から小さな影が現れた。
「試練を超えし者のみ、この鏡に触れることが許される……」
重々しい声が神殿内に響き渡り、小さな影は不規則な動きをしながらその形を変えていく。その不思議な影はだんだんと伸びて人型に形を変える。
(え? 待て待て……待てよ。この姿は――)
ある予感がしながら見ていると、黒い影に少しづつ色が追加されていきその姿が明らかになる。スラっと長く白い光を帯びた聖剣、返り血で黒色から赤色に変わってしまったお気に入りのマント、初めての戦闘でついた右腕にある傷。
「あれって……ゆ、勇者様?」
「ゲロゲロ……(みたいだな……)」
目の前にいるのは、あの頃の俺。強さに満ち溢れ、血みどろ勇者と恐れられた俺……。
手にした短剣をゆっくりと握りしめると、冷たさが肌を刺し、今の俺を現実に引き戻していく。
リリカが不安そうに俺を見つめているのが、視界の端に映った。
(今の俺で本当に勝てるのか?)
「さぁ、鏡の守護者を! いや、この俺を倒してみろ!」
その声が静かだった神殿の空気を一気に揺らす。過去の自分に向かい、俺は短剣を構えた。
(過去の姿……いや、少し違う?)
アレからほとばしる剣気は正しく過去の俺だ。でもなにか違和感を覚える。剣気の中に激しい怒りを感じるのもあるけど……もしかし――
「そうだ、気づいたか。俺はお前自身だ。このままだとどうせその甘さで身を亡ぼす。だから俺が俺をここで終わらせてやる」
アレが言葉を吐き出すと同時に、周囲にどす黒い殺気が漂い出し、肌にじわりとまとわりつく。目に見えぬ圧が全身を押しつぶし、思考は引き裂かれるように乱れ、呼吸が浅くなる。まるで魔王と相対したとき以上の強烈な重圧に飲み込まれ、視界は揺らぎ、冷たい汗がこぼれ落ちた。
(あの時の……負の感情の俺か……)
Dの組織で怒りが限界に達したときに現れたもう一人の俺。それがこいつの正体だ。
「俺が虚無から救ってやる。いいや、俺が全てから解放してやる!」
「ゲロ、ゲロゲロ(リリカ、あの鏡の前まで離れておくんだ)」
リリカは一瞬俺を見つめ、唇をきゅっと引き結ぶ。心配をかけたくない気持ちが伝わってくるようで、彼女は何も言わずに小さな肩を震わせながら鏡の前へと駆け寄る。ふと、彼女の背中が強い光を背負っているように見えた。
(それでいい、ありがとうリリカ)
さてと、ここからが正念場! 相手の力量を確認、周囲の警戒の徹底、そんなことをしている余裕は一切ない。
一秒、刹那でも気を抜けばアレにやられる。俺は極限まで集中力を高めた。
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