第15話 圧倒

 今回はもっと大規模な部隊がやってきたようだ。数は先ほどの倍以上で、全員が黒い鎧をまとい、全員からほとばしる殺気を放っているのを感じる。


(少女一人にこれほどの兵士を送るとは、さすが異端者の組織Dだな)


 動きを観察し、次の行動を考えた。攻撃を防ぎつつ、リリカを守り抜くことが最優先だ。


 大規模な部隊とはいえ、このリリカの短剣だけでも十分だろう。が、これ以上こいつらの相手をしていたくない気持ちもある。


 さっさと終わらせて周囲の安全を確保、が優先でいいか。

 人間相手にあまり気乗りはしないが、こうなっては仕方ない。


(スキルを使って速やかに制圧する!)


 俺は一瞬の隙をついてスキルの大跳躍ハイジャンプを発動し、高く跳躍して兵士たちの頭上を越えた。空中で身を翻し、短剣を振り下ろしながら地面に着地した。


(速攻で終わらせる)


 さっき赤狼から新たに獲得できたスキル、素早さ強化クイックムーブを使い自分の速度を上昇させると兵士たちの中に動揺が広がった。


 その隙を見逃さず、素早く次の動作に移る。

 強酸息吹アシッドブレスのスキルを発動し、俺を見失っている敵の体を溶かす。


 兵士たちが高く飛んだ俺を見失い、混乱している間に、振動感知バイブレーションセンスであいつらの動きを把握。


 短剣が閃き、次々と兵士たちの鎧を貫く。

 リリカの短剣はそれだけでも特別な力を持っており、その力が俺の攻撃をさらに強化してくれている。


 リリカは茂みの中で震えながらも、俺の事を信じて待ってくれている。


(もう少しだ、もう少しだけ待っててくれ)


「ゲロゲロ?(お前で最後だな?)」


 最後尾で荷物持ちをしていたであろう、最後の敵兵士の首元に短剣を向けた。

 彼の顔には冷や汗が浮かび、目には恐怖が宿っている。


「ま、待ってくれ。俺はこんな事やりたくてやった訳じゃないんだ! あいつらに、あいつらに逆らえば俺の家族は……」


 短剣の刃は彼の喉元でピタリと止まった。彼の瞳には、恐怖と共に絶望と哀れみが宿っていた。


「待ってカエルさん!」


 リリカは短剣を持つ俺の手を握った。その手は小さく、震えていたが、強い意志を感じた。


「この人……知ってるの。わたしたちを唯一人間扱いしてくれたやさしいおじさん……」


 リリカの言葉に驚きと戸惑いを覚えたが、彼女の表情から、その言葉が本当であることを理解した。


「おじさんの家族もひどい目にあっているの?」


 彼は目を伏せ、リリカの言葉に静かに頷いた。


「そうだ……俺も、俺の家族も、あの連中に支配されている。逆らえば何が起こるか……」


 彼が腕をまくるとDの焼き印が目に入った。


 リリカの手を握りしめながら考えた。この男を倒すことは簡単だが、それがリリカの望むことではない。リリカの心にはまだ、人間への信頼が残っている。それを裏切ることはできない。


「わたしの他にもいっぱい人がいたんだよ。カエルさん……どうにかならないかな? おじさんが案内してくれればその場所に迷わずに行けるんじゃないかな?」


 彼は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに決意を固めたように頷く。


「……わかった。俺も戦う。家族のために、そしてこの優しいお嬢ちゃんのために」


 その瞬間、俺たちの間に新たな絆が生まれたような気がした。敵として戦っていた者が、今は共に戦う仲間となった。リリカの勇気と信頼が、また一つ奇跡を生んだんだ。


「だが、お嬢ちゃん。君が付いてくるのはやめた方がいい。あいつらはお嬢ちゃんを捜すために全兵力をあげている。戻るなんて馬鹿げている」


 俺は短剣を再び彼の首元に向けた。


「ゲロゲロ?(リリカの優しさを無下にする気か?)」


「ち、ちがう。カエルの旦那、話を聞いてくれ。なにもあんたとお嬢ちゃんをあなどって言った訳じゃないんだ。アジトには……七死天の一人がいる……」


 七死天、謎に包まれた裏社会を牛耳る七人。その内の一人って事か。


 勇者だった時から聞いたことがある七人いると言われている闇の支配者。


 過去の記憶が鮮明に蘇る。あの頃、俺たちはただ前に進むことだけを考えていた。モンスターを倒し、魔王を討伐することが俺たちの最優先事項だった。人間社会の闇にまで目を向ける余裕はなかったんだ。だけど、今思えば、それが間違いだったのかもしれない。


 七死天という存在が、あの時の見落としだったという事だ。もしあの時、彼らの存在に気づいていれば、異端者の組織Dを完全に壊滅させることができていたかもしれない。


 だけど、過去の過ちを悔やんでも仕方がない。今、俺ができることはただ一つ、目の前の敵を打ち倒すことだ。


 荷物持ちの兵士だったダリエルと名乗る男の話を聞きながら、俺の心は決意で固まっていく。リリカが不安そうに俺を見つめるが、彼女に微笑みかけた。


 彼女の存在が、俺にとってどれほどの支えになっているか、彼女は分かっているのだろうか。彼女の勇気と優しさが、俺に前に進む力を与えてくれる。


 アジトの場所、敵の数、警備体制、聞きたいことをあらかた聞き終えたところで、ダリエルが俺に質問してきた。


「カエルの旦那、一つ聞いてもいいですかい?」


「ゲロ?(どうした?)」


 ダリエルは少し戸惑った表情を浮かべながらも続けた。


「やっぱり、人の言葉が分かるんですね。もしかしてカエルの旦那はモンスターなんですかい?」


 一瞬、言葉を詰まらせた。リリカが不安そうに俺の顔を見上げる。どう答えるべきか、俺の心の中で葛藤が生まれる。モンスターかと聞かれればそうだし、人間かと聞かれてもそうだ。


 なんと答えるべきか、今の最善の答えを探していると、


「カエルさんはカエルさんだよ? 変なおじさんだなー」


 とリリカが笑顔で言った。


 その言葉に、俺は少し肩の力が抜けた。リリカの純粋な一言が、全てを包み込むような気がした。ダリエルも驚いたように彼女を見つめていたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「カエルの旦那、余計な詮索してしまってすまねぇ。命を救われたんだ、カエルの旦那が何者であるかは関係ない事だった」


「ゲロゲロ。ゲロ(気になる気持ちは分かる。気にするな)」


「それで、本当にお嬢ちゃんも連れていくんですかい? もちろん止めはしませんが、危険であることには変わりないんですぜ? 理由はしりやせんが、あいつらはお嬢ちゃんを連れ戻すのに必死みたいですし」


 危険なのは承知の上だ。それにここで一人で待機させるなんて馬鹿な真似ができるはずもない。俺たちの誰かが転移などのスキルを持っていれば話は変わってくるけど、そんな便利スキルは持っていない。


 何かあった時、すぐに助けにいけないならそばにいてもらう事が、リリカにとっての最大の安全になる。リリカの顔を見ると、彼女の目には決意が宿っている。


「わたし、なにもできないと思う。でも! カエルさんと一緒がいい!」


 その言葉に俺は微笑み、彼女の手をしっかりと握った。


「ゲロ、ゲロゲロ。ゲロゲロ(君は強いな、安心していいよ。俺が危険を全て振り払うから)」


 リリカは俺に微笑み返し、しっかりと頷いた。彼女の勇気が俺にも伝わってくる。


 ダリエルもそれを見て安心したように頷き、


「じゃあ、準備しやしょうか。ここから北は極寒の地、俺が持たされていた荷物に防寒着などがありやす。お嬢ちゃんのサイズもあると思いやすぜ」


 俺たちは装備を整えることにした。

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