第20話 剣技の極致
隼の剣士が俺と同じ構えを取った瞬間、空気が一気に張り詰めた。まるで時間が止まったかのように感じる。
「その構え、確かにあの伝説の勇者のものだ……だが、あり得ん。お前はただのカエルモンスターだ! 構えだけで剣技が使えると思うなよ!」
彼の言葉には確信と侮蔑が混じっていた。その視線はまるで自分の正体を見透かすかのように鋭い。
「ゲロゲロ(お前の目にはどう映っているのか……)」
俺は構えを攻撃的なものに変え、冷静に彼を見つめ返した。
隼の剣士の動きには無駄がなく、まるで俺の動きを予測しているかのようだ。
彼が俺の剣技を知っていることに疑いはない。
「この構え、まさか……」
隼の剣士は一瞬、動揺の色を見せた。だが、その顔はすぐに冷酷な表情に戻った。
「その技を盗み見ただけの者には分からないかもしれないが、俺はあの勇者の技を完全に再現できるんだ!」
隼の剣士は剣を構え直し、一瞬で距離を詰めてきた。俺はその動きを読み、短剣で防御する。
「ゲロ!(遅い!)」
俺たちの剣がぶつかり合い、火花が散る。隼の剣士の技術は確かだが、俺の剣技ほどではない。
「はっ! まぐれで防いだからって!」
(地力、いや、実力が違うんだよ、隼の剣士)
俺の剣技は一朝一夕でできるような物じゃない。
数え切れないほど剣を振るい、数え切れないほど敵を倒す。
全人類の命を背中に預かり、そうして魔王を倒した俺の剣技はすでに極地。
悪いがお前には使えない。使う資格もない。使える道理もない。
なぜならお前は、勇者じゃない。
「お前が何者であろうと、俺の剣が負けるはずがないんだよ!」
隼の剣士の声が洞窟内に響き渡る。
彼の攻撃は次々と繰り出され、その速度は徐々に上がっていく。
「ゲロ(悪くはない)」
俺は隼の剣士の攻撃を受け流しながら、一瞬の隙を狙う。彼の技術は確かだが、俺の経験と技には敵わない。
「ゲロゲロ、ゲロ!(剣技のスキルは使えないが剣舞はできる、見せてやるよ!)」
俺は彼の剣を弾き飛ばし、瞬時に距離を詰めた。
「ゲロ!(星光の
俺はリリカの短剣で華麗な剣舞を披露する。
剣舞の動きは流れるようで、俺自身の体が空気を切り裂いているように感じる。
刃が宙で輝きを放ちながら、隼の剣士に迫っていく。
隼の剣士は驚愕の表情を浮かべ、
「これは……勇者様の剣舞!」
彼の言葉に微かに笑みを浮かべ、俺は再び剣を振るった。
これはただのカエルの技ではない。これは俺が人間だった頃、数々の戦場で磨き上げた剣舞だ。体がカエルの形をしていても、その本質は変わらない。
一気に距離を詰め、隼の剣士の隙を突く。彼の動きが一瞬止まり、その瞬間に俺の刃が彼の喉元に届いた。
「ゲロ、ゲロ(悪くはない、悪くはな)」
隼の剣士は驚愕の表情を浮かべ、剣を手放した。その場に膝をつき、息を切らしている。
「負けた……俺が? 隼の剣士と呼ばれている俺が? 手も足もでずに……木の短剣を携えたカエルに剣技で負ける? あは、あははははは」
隼の剣士の笑い声はどこか虚ろで、諦めと驚愕が入り混じっている。
「ゲロ、ゲロゲロ(そんな事を言っているうちは、絶対に剣技の極致にはたどり着けない)」
隼の剣士に背を向け、リリカとダリエルの方に向かった。
「勇者様も死んだって聞いたし、俺が剣士の中では人類最強だと思ってたんだけどな。上には上がいるってか? あーあ、自信なくしちゃうぜ。だからこっからはただの独り言だが……」
隼の剣士は立ち上がらないまま、ぼそりと呟いた。
「あんたは強い別格だ、でもな、それはあくまで人間を相手にした場合だ。組織Dにいる七死天の一人、こいつは別格って騒ぎじゃない。次元が違う」
その言葉に俺たちは足を止めた。リリカが心配そうに俺を見上げる。
「カエルさん、どうするの? このまま行くの?」
「ゲロ、ゲロゲロ(王国相手だろうと、組織Dだろうと、七死天だろうと、俺たちは止まらない)」
俺はリリカの心配を消すように大きく頷いた。
「ええ、行きやしょう。ここまで来たんだ、みぃんな助けやしょう!」
俺とダリエルが七死天との対峙を改めて決意したところで、リリカが隼の剣士の元に駆け寄った。
「教えてくれてありがとう、隼のおにいさん」とリリカが隼の剣士の頭を優しくなでる。
その瞬間、ガキンッと鎖が千切れたような音が洞窟内に響く。
「うそ……だろ? 主従の紋が消えた?」
隼の剣士は驚愕の表情を浮かべ、自分の腕を見つめた。
その腕には、かつて彼を縛っていた魔法の紋があったようだが完全に消えていた。
「自由になった……?」
彼の声には信じられないという感情が溢れていた。リリカの優しさが、彼を縛っていた何かを解き放ったんだ。
「カエルさん、これでおにいさんも自由だよね?」リリカが嬉しそうに言う。
俺は彼女の無邪気な笑顔を見て感じた。
この優しさ、気高さ、そして可愛らしさ、まるでリリカは女神様みたいだと。
すると隼の剣士はリリカの前に跪いた。
「ありがとう……君のおかげで、俺は本当に自由になれた。これからは俺も君たちの力になりたい」
隼の剣士の目には、感謝と決意が宿っていた。彼の言葉にリリカは微笑み、「隼のおにいさんも一緒に戦おう」と答えた。
「でも、俺なんかにできる事は限られている。カエルのあんた」
「ゲロ?(なんだ?)」
「こっから先、この俺、隼の剣士が誰一人通さねぇ。アリ一匹だってな。だから後ろは気にせず行ってくれ」
アリ一匹……いや、今からカエルが一匹通るけどって違うか。
剣を合わせたときからなんとなくだけど、悪い奴じゃないとは思っていた。
褒美……って訳じゃないけど、ちょっとだけ見せてやるか。
「ゲロ!(下がっててくれ!)」
俺の表情を見たリリカが隼の剣士にも早く下がるようにと促す。
(確かに剣技スキルはなに一つない、でも今からするこの剣技はスキルに依存しない)
俺は深く深く呼吸をする。
肺一杯に空気を吸い込み、そして吐き出す。
イメージは空気を吸うときに世界のプラスの気を吸うように、そして吐き出すときは自分のマイナス部分を吐き出すように。
イメージで世界と自分をリンクさせる。
そして肺に満ちた世界の気が少しだけ動くのを感じるとき、俺は剣を振るう。
「ゲロ!(一閃!)」
俺の剣が一瞬で空間を切り裂き、剣の軌跡が光の帯となり、洞窟内に一瞬の光の残像を描く。
空気が震え、冷気が一瞬で切り裂かれる。
俺の一閃はただの攻撃ではなく、剣技の極致を象徴するものだ。
隼の剣士はその光景に目を見開き、完全に圧倒されていた。彼の顔には驚愕と感動が入り混じっている。
(この剣は、守るためのものだ。その意味が分かればいずれお前もできる、違うな、なれるさ勇者に)
「はっきりと聞こえた。剣閃から守るという言葉が! これが守るという力……なのか? あんたはこの超越した剣技を俺も使えるようになると言いたいのか?」
「ゲロ、ゲロゲロ(そうだ、常に自分の限界を超え続けろ。噂や聞いたことだけで俺の真似をするのはやめて、な)」
短剣を収め、再び深い呼吸をした。世界と自分が一体化した瞬間を感じながら、視線を前方に戻す。
この先に隼の剣士が異次元の強さと言っている七死天の一人が待ち構えている。
なぜ組織Dがリリカを血眼になって探しているか、俺にはその理由が分かってしまっている。だからこそ、俺は前に進まなければならない。
俺たちは組織Dのアジトへ向かった。
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