第21話 詰所

 洞窟を抜けると、冷たい風が肌を刺すように吹き付けてきた。目の前に広がるのは、一面の雪と氷に覆われた極寒の地だった。


 ここが組織Dのアジト、いかにも悪党が好みそうな建物だ。


 その建物は、巨大な氷の要塞のようにそびえ立っていた。壁は黒ずんだ石と鋼鉄で作られており、寒冷地にもかかわらず重々しくどっしりとしている。尖塔や鋭利な装飾が施された外観は、見た目にも威圧感があり、まるで侵入者を拒絶するかのようだ。


 周囲には、寒さに耐えながら巡回する見張りが数人いるが、その動きは緩慢で、警戒心は薄いようだ。ここが極寒の地にあるため、外部からの侵入者はほとんどいないと踏んでいるのだろう。


「外から見たのは初めてだけど、すっごく大きいね。見張りの人もいるけど、カエルさん、どうするの?」

「ゲロ、ゲロゲロ(そうだな、まずは捕らえられている人を救うのが先だな)」


 俺はかがんだり、木の後ろに隠れてみたりして、物陰に身を潜める様子をリリカとダリエルに示すと、理解したダリエルが大きく頷く。


「カエルの旦那の言う通り潜入がいいでしょうね。それにお嬢ちゃんを捜索するのに、ほぼ全兵士が出撃しているから警備の数も少ないでしょうし」


「潜入……? かくれんぼみたいなものかな? それならリリカ得意だよ!」


(かくれんぼ……まぁ間違いではないか)


 潜入ともう一つ、俺が正面から乗り込んで囮になっている内にリリカとダリエルが侵入ってパターンも考えたけど、リスクが大きすぎるからなしにした。


 そして俺たちはかくれんぼ作戦を開始した。


「カエルの旦那、あそこが詰所の入り口です」


 詰所は、特定の場所や施設において、警備員や兵士などが勤務中に待機して休憩や指示を受けるための場所だ。


 そこには組織Dの兵士たちがたくさんいるだろう。

 だけど、俺はダリエルにあえて詰所の場所を聞いたんだ。


「ゲロ、ゲロゲロ(理由はいくつもあるけど、かくれんぼの勝利条件は鬼に見つからない事だ)」


 鬼が大勢いる詰所を襲撃、殲滅したら俺たちを見つける鬼は格段に少なくなる。鬼に気付かれず鬼を減らす。大勢でやるかくれんぼの必勝法だ。


 俺は小さなころからかくれんぼでは負けたことがない。自信に満ち溢れている俺を見て、リリカが目を丸くして言った。


「ねえ、カエルさん、何か考えがあるの?」


「お嬢ちゃん、たぶんカエルの旦那は詰所の兵士を片付けるつもりなんだよ。そりゃあ確かに理にはかなってるが……」


「それってかくれんぼのなかな……?  フフフ、わたしが知ってるかくれんぼとカエルさんが知ってるかくれんぼって違うのかもね」


「ったくお嬢ちゃんには敵わねぇや! これでもかくれんぼって言っちまうんだから」


 俺たちは笑いをこらえながら、詰所の兵士たちを「鬼」として攻略するための計画を立てた。この一瞬の笑いが、緊張感を和らげ、さらに俺たちの結束を強める。


「ゲロ(じゃあ手筈通りに)」と俺は示し、詰所の扉を静かに開いた。


 中は薄暗く、数人の兵士がテーブルを囲んでカードゲームに興じている。彼らの気の抜けた様子を見ると、確かに警備の意識が低いことが分かった。俺は静かに詰所に足を踏み入れ、計画を実行に移した。


 まず、俺は素早く近づき、一人目の兵士の後ろに忍び寄った。小さな体を生かし、彼の膝裏を一気に突き上げる。驚いた兵士が声を上げる前に、俺は手にした短剣で彼の喉元に軽く当て、無力化した。


 次に、二人目の兵士が異変に気づいて立ち上がる前に、低い姿勢で駆け寄り、彼の足元を掃って倒す。倒れた兵士の上に飛び乗り、彼の顔を押さえつけて気絶させた。


「ゲロゲロ(あと二人)」と呟き、次のターゲットに目を向けた。


 三人目の兵士はテーブルの反対側にいた。彼が状況を理解する前に、俺はテーブルを飛び越えて彼に飛びかかり、素早く拳で顔面を打ち込んだ。兵士は驚きと痛みで倒れ込み、そのまま意識を失った。


 最後の兵士は、ようやく騒動に気づいて立ち上がろうとしていた。彼に向かって跳びかかり、両足で彼の肩を掴んで押し倒した。地面に叩きつけられた兵士は、短い悲鳴を上げるだけで気絶した。


 こうして数分も経たないうちに、詰所の兵士たちを全員無力化した。


(うまくいったな、静かに速やかに行動する。これがかくれんぼの神髄だ)


 俺は心の中で安堵し、詰所の扉を開けてリリカとダリエル詰所へ入る合図を送った。


「よし、これで鬼は減ったなお嬢ちゃん」

「うん、これなら捕まらずに進めるね!」

「ゲロゲロ(次は捕らえられている人を探しに行くぞ)」と俺は二人に指示を出した。


 この詰所攻略が、俺たちの奪還作戦の第一歩となった。


 俺たちは再び動き出し、アジトの内部を進んでいった。詰所の兵士たちを無力化したことで、残る警備は少ないはずだ。ダリエルが先導し、俺たちは静かに廊下を進んだ。


「この先に家族が捕らえられているはず、急ぎやしょう」

「ゲロ(分かった)」と俺は頷き、慎重に進む。


 やがて頑丈な鉄扉が見えてきた。その前には二人の兵士が立っている。俺たちは息を潜め、どう動くかを考えた。


 音を立てず、声もあげさせずに二人を無力化する方法を模索する。

 今の俺のスピードなら瞬時に無力化するのは簡単だ。でも万が一のリスクがぬぐえない。


 捕食する……のが一番手っ取り早いし合理的だと理解はできるけど、リルカの前で……それに人間を捕食するのは無理だ。


「カエルさん、あのね、あの人たちがかくれんぼの鬼なら、なにか音を出してこっちにおびき寄せればいいんじゃないかな?」


 リリカの言う通りだ。なにも正面切って戦闘する必要はないんだ。

 勇者としての残滓が残っているのか、いつも戦闘する方向で考えてしまうのは悪い癖だな。


 しかし、リリカの発想はいつも柔軟で、彼女の提案にはしばしば助けられているな。

 俺はリリカに目配せし、ダリエルと一緒に音を出す場所を探す。


「ここならどうですか?」


 とダリエルが小声で言い、壁に小さな石を投げつけた。石が壁に当たる音が響き、兵士たちはその音に反応してこちらに向かってきた。


(今だ!)


 と心の中で叫び、俺は兵士たちが音の方に気を取られている隙に動く。


「ゲロ、ゲロ!(この距離なら、万が一はない!)」


 素早く兵士たちに近づき、一人目の兵士を背後から素早く無力化した。次に、もう一人の兵士が気づく前に、同じく背後から気絶させた。


「ゲロ(まぁこんなものか)」

「やったね、カエルさん!」

「さあ、お嬢ちゃん、ここからが本番だ。家族を救い出すぞ」


 俺たちは鉄扉に近づき、慎重に開けた。中には暗い部屋が広がっており、奥には鉄格子の檻が見える。ダリエルの家族と他にも数人がその中に囚われていた。


「お父さん……!」


 娘の声が響いた。ダリエルは檻に駆け寄り、優しく娘を抱きしめた。リリカもその光景を見て、涙ぐんでいた。


「お嬢ちゃん、これで俺たちのかくれんぼ作戦は終了だな」

「うん、でもまだ安心できないよ。早くここを出よう!」


 檻の鍵を強酸息吹アシッドブレスで溶かし、扉を素早く開けた。捕らえられた人たちが自由になると、俺たちは急いで部屋を出た。


「ゲロゲロ(早く脱出しよう)」


 俺たちは再びアジトの廊下を駆け抜けた。警備が少ないとはいえ、いつ敵が現れるかわからない。慎重に進みながらも、速やかに外への道を探した。


「ここだ、出口ですよ!」


 外に出ると、冷たい風が再び俺たちを迎えた。しかし、今度はその風が自由を感じさせるものに変わっていた。ダリエルの家族が無事であることに、俺たちの心も安堵に包まれた。


「ありがとう、カエルの旦那。そしてお嬢ちゃん、感謝してもしきれない!」

「ううん、みんなが無事でよかった。さあ、ここから安全な場所に行こう!」

「ゲロゲロ、ゲロゲロ(リルカとダリエルは助けた人を連れて、隼の剣士がいる洞窟まで先に行っておいてくれ)」


 隼の剣士が守ってくれているであろう洞窟を指さし、魔法のポーチから人数分の防寒着と少しの食糧を出して渡した。

 リリカとダリエルは防寒着を家族たちに渡し、準備を整えた。


「カエルさん、ありがとう。私たち、先に行ってるね」

「カエルの旦那……いや、みなまで言わねぇ。お嬢ちゃんと待ってるんで早く来てくださいよ」


 彼らを見送りながら、アジトの周囲を警戒した。リリカとダリエルが家族たちを連れて安全な場所へ向かうのを見届けた後、再びアジトの内部に戻る決意を固めた。


「ゲロゲロ(さて、まだやることが残っている)」


 俺は潜入の最中に何度もスキルの振動感知バイブレーションセンスを使って、アジト内の敵の動きを探っていたから不可解な点にすぐに気が付いた。


 敵、というか人間があまりに少なすぎる。リリカが以前に、他にもたくさん人がいたと言っていた事と矛盾している。

 何かがおかしい。俺は再びスキルを使い、さらに深くアジトの内部を探り始めた。


 振動感知で感じ取った微かな振動を辿り、奥の部屋へと進む。扉を開けると、そこには広い地下へ続く階段が現れた。


(隠し部屋か……なるほど、ここに隠れているのか。まるでミミズだな)


 慎重に階段を降りていくと、下の方から人々のざわめきが聞こえてきた。やがて、大きな地下ホールにたどり着いた。そこには多数の人間が集まり、何かを準備している様子だった。


(あの紋章サラフェイン王国の兵士たちだ。出で立ちからして近衛兵か、って事は……王がいる? この組織Dのアジトに! 人間の王がいるっていうのか!)


 俺はリリカの短剣を強く、ただ強く握りしめた。


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