第31話 激闘の果て
両者の剣が交差する瞬間、世界が静止したかのような静寂が訪れた。次に何が起こるかは誰も予測できない。だが、確かなのはこの一閃で決着がつくということ。
一閃は、通常なら刹那の一振りで終わるはずの技。しかし、この一閃は時間が歪んだかのように、瞬間が永遠に続くように感じられた。まるでその一振りに、過去も未来もすべてが凝縮されているかのようだ。
剣が振り下ろされるその瞬間、俺の視界は驚くほど鮮明になった。彼の顔、そのわずかな表情の変化すらがゆっくりと捉えられる。彼の瞳は深い迷いに揺れている。これまで感じていた冷徹さは、今や影を潜め、代わりに痛みを宿している。俺は彼の目を見つめながら思う。
(彼は一体何を背負っているんだ? その迷い、その哀しみは、俺と同じ……いや、それ以上のものかもしれない)
剣が空を切る音が、耳の奥に響く。音が遅れて届くかのように、まるで時が引き伸ばされている。自分がこの瞬間、かつての自分自身と向き合っているのだと強く感じる。彼の剣は、虚無に飲み込まれた俺そのもの。彼が何を思い、何を失ってきたのか、それは今まで戦ってきた中でうすうす感じていたことだ。しかし、今ようやくその核心に触れた気がする。
(俺がこの剣に込めたものは……守るべきもの。俺はもう奪う剣は使わない!)
剣の軌道が交差しただけで、リリカの剣と彼が持つ聖剣の響きが空間を切り裂く。時間は一秒にも一分にも感じられ、心臓の鼓動さえ遅れて聞こえるほどだ。しかし、その一瞬の中で、俺は確かに未来を見据えていた。もはや恐れはない。目の前にあるのは、自分を超えた先の未来。
(俺は……俺を超える!)
彼の剣が俺の剣に触れた瞬間、世界が激しく揺れたかのように火花が弾け飛んだ。剣と剣が重なり合う感覚は、まるで膨大なエネルギーが一点に集中して爆発するかのようだった。金属同士がぶつかり合う冷たい音が空間にこだまするが、それ以上に鮮烈だったのは手元に伝わる衝撃――まるで剣を通して俺と彼の全てがぶつかり合い、押し合う力が肉体の深部にまで響き渡る。
その瞬間、全身が震えた。腕に伝わる振動は激しく、まるで身体の内側から砕け散るような痛みを伴っていた。しかし、それは恐怖の震えではなかった。むしろ、その痛みは確信を帯びた力強さだった。全身の筋肉が緊張し、剣を握る手がまるで炎に包まれたかのように熱を帯びている。確かな感覚――これが今、俺が生きている証だ。
(これが、俺の全てだ!)
彼の剣に込められた虚無の力、絶望が、重さとして俺の腕に圧し掛かってくる。彼の剣は確かに強く、鋭い。だが、その剣の先には、なにか重苦しい闇が纏わりついていた。迷い、そして過去に縛られた者の剣。彼の剣が放つ力の奥に、孤独が見えた。それは俺がかつて抱えていた深い闇、そして虚無そのものだ。
(俺はもう迷わない。俺はお前を、俺を超えるんだ!)
剣を通じて彼との繋がりが感じられる瞬間、彼の剣の重さが、わずかに弱まった。それはまるで、彼自身の内にある迷いが、俺の決意に揺さぶられたかのようだった。彼の瞳の奥にあった悲しみと虚無が揺らいでいる。彼は、虚無に囚われながらも、その中で何かを探していたのだろうか。
剣同士の衝突が生み出す圧倒的な力は、俺たち二人を包み込む。時間の流れが歪むように、周囲の光がゆっくりと滲んでいく。次第にその衝撃は彼の手元から離れ、彼の剣が少しずつ押し返されていくのが見えた。わずかだが確実に、俺の剣が彼の剣を押しのけ始めていた。
彼の瞳が一瞬だけ揺れ、彼の剣の軌道が崩れる。それが虚無に飲まれた者の最後の抵抗なのか、それとも彼自身の限界なのか、俺にはもう関係ない。俺は剣に込めた全ての力で、未来へ向かって進むための一歩を踏み出す。
そして――
彼の剣が、力を失ったかのように大きく弾かれ、彼の身体がわずかに後方へ傾いた。その瞬間、世界が再び動き始めたように、押し寄せる風と共に俺たちを取り巻いていた緊張が解き放たれる。俺はそのまま彼を見据え、静かに剣を下ろした。
「そうか……それが守る力……」
そう言うと、彼の体が微かに震え始めた。最初はわずかな揺れだったが、次第にその輪郭が崩れていくのが見えた。まるで砂の彫刻が風にさらされ、ゆっくりとその形を失っていくように、彼の身体が細かい粒子となり、静かに宙へと舞い上がっていく。
「今のお前が、今のお前こそが真の勇者なんだろうな……」
彼は話を続けるが、細かな砂のような粒子が一つひとつの断片として空中に浮かび上がり、光を反射して儚く輝く。その光は、まるで星屑のように淡く美しい。
彼の姿は徐々に消え去りながらも、まるで名残を惜しむかのように、風に乗って漂い続けた。手を伸ばせば、触れられそうでいて、指の間をすり抜けるその砂の粒は、触れるたびに消えていく。
「何を言っているんだ。お前が俺なら分かるだろ? 俺は勇者じゃない、カエルの勇者だ!」
「そうか……そうだったな……お前はカエルの勇者だ」
彼の瞳に宿っていた迷いも、哀しみも、すべてが砂となり、光の粒へと溶けて消え去る。最後に残ったのは、彼のほんの一瞬の微笑み。砂の粒子となって消え去る彼の姿は、まるでこの世に残された未練を手放し、安らかに解き放たれていくかのようだった。
風が吹き抜け、砂の粒が一つひとつ宙に舞い、そして消えるたびに、彼の存在もまたこの世界から消え去っていく。全てが終わり、静寂が戻る頃には、彼の姿はまるで最初からそこには存在しなかったかのように消え去っていた。
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