第30話 自分との戦い
アレとの距離はほんの数メートル。お互いの目が交差する瞬間、時間が凍りついたように感じた。聖剣を構えたアレが、わずかに微笑む。その表情には、自信と余裕、そして俺への挑発が隠されている。
「さあ、終わらせよう。虚無の生を」
アレの言葉が終わると同時に、目に見えない剣気が一気に広がり俺を襲う。呼吸が詰まり、全身の筋肉が硬直する。
(これが俺の力なのか? こんなにも……)
初めて相対する自分はまさに絶望そのものだった。並みの実力者では立っていることもままならない驚異的なプレッシャーを放ち、一部の隙もない剣の構え、次の行動が予測できない自然体な体の動き。これが勇者だった俺なんだ。
(出し惜しみは一切できない。全てをぶつける!)
「素早さ強化!《クイックムーブ》」
普通の相手なら前準備はこれで十分だ。しかし、相手はアレなのだ。
「吸収!《アブソーブ》」
俺は続けて攻撃を受けることで、そのエネルギーや力を一部吸収し、自身の力とするスキルを発動した。でもこのスキルで吸収できる量は少なくて、戦闘中の回復効果もごくわずか。しかし、ないよりはマシだ。
前もってできるのはこれぐらいか。次は隙のないアレにどう攻撃するか。もし戦闘スタイルも自分と一緒だとしたら初動は……先制攻撃か!
瞬間、アレが突進してきた。圧倒的な速度、かつての自分なら避けられなかっただろう。しかし、今の俺は違う。戦いの中で鍛えた直感が働き、一歩後退してその攻撃をかわす。風を切る音が耳元で響く。
(先制攻撃は読めていた……のにギリギリか!)
だが、次の瞬間にはすでにアレが二撃目を放っていた。これもギリギリのところでかわすが、彼の攻撃は一瞬の休みも与えない。次々と繰り出される斬撃が俺の周囲を舞い踊るように襲いかかる。
「それは過去の剣舞! 今の俺の剣舞を見せてやる! 星光の
剣と剣がぶつかり合い、激しく火花を散らす。あまりにも高速のためかぶつかり合うたびに一瞬だけ炎がでるまでになる。
(このままじゃ平行線だ! 大跳躍!《ハイジャンプ》)
剣がぶつかりあった反動を利用してアレとの距離をとった。
俺は深く深く呼吸をする。肺一杯に空気を吸い込み、そして吐き出す。
イメージは空気を吸うときに世界のプラスの気を吸うように、そして吐き出すときは自分のマイナス部分を吐き出すように。
イメージで世界と自分をリンクさせ――
「させると思うか! スキル、穿つ刺突!《ピアッシングスラスト》」
「くそっ!
俺は瞬時にアレの動きを読み取り、自らも同じ穿つ
瞬間、二つの刺突がぶつかり合い、激しい衝撃が神殿全体に響き渡った。まるで稲妻が交差するかのような光と音が一瞬にして広がり、剣の切っ先が空間を貫く。衝撃波が生じ、床がわずかに揺れる。
(またギリギリか……)
アレの刺突は鋭く、正確だ。俺の
だけど、負ける気がしない。アレは強い、今まで戦ってきた誰よりも何よりも。でも、強いだけ、ただそれだけだ。
「そのお前の奪う剣には負ける気がしないな。俺にさんざん虚無だのなんだの言っておいて、本当に虚無なのはお前じゃないのか?」
俺の言葉が神殿内に響くと、アレの表情が一瞬歪んだ。彼の目に浮かんだのは、怒りではなく、深い悲しみと迷いだった。アレは俺を睨みつけながら、口を開く。
「虚無……か。そうかもしれないな。俺はお前の一部、お前が内に封じた感情の化身だ。だからこそ、俺はその虚無の中で存在し続けるしかない……」
その言葉には、これまで感じたことのない哀愁が滲んでいた。彼はただの敵ではない。俺が抱えていた怒りや絶望が具現化した存在だ。だからこそ、彼は俺以上に虚無の中に閉じ込められている。
「だけど、俺はもうそこには戻らない。俺には守るべきものがある」
俺は強くリリカの短剣を握り、再び彼に向き直る。もう彼の剣技にはかつての脅威を感じない。
俺は……俺を超える!
「ならば見せてみろ! お前が俺を超えるという証を!」
彼は一閃の構えを取り、深く集中し始め、それを見た俺も一閃の構えを取る。
今までは深い呼吸でプラスの気を取り込み、マイナスの気を吐き出していた。でも、それは間違いだったかも知れない。プラスもマイナスも善も悪も、すべてがこの世界の一部であり、また俺も世界の一部だ。
(俺は受け入れる。光も闇も、世界の一部だ!)
一度目に多きくプラスの気を取り込み、二度目に大きくマイナスの気を取り込む。
イメージで世界と自分をリンク、世界は自分で、自分は世界だと受け入れる。瞬間、リリカの短剣が優しく、そして神々しい光に包まれて形を変えた。
(木の棒が剣に? リリカも力を貸してくれるってことか)
姿を変えた剣を見た俺は、極限の集中状態の中なのに不思議と笑みがこぼれる。かつての仲間、新しくできた妹たち、それにリリカ、ダリエルとその家族たち。俺は色々な助けがあり今こうして生きている。
見せてやるよ、本当の強さってものを。
「これが守る剣だ! 一閃!」
「守る剣で俺が超えられるか! 一閃!」
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