第24話 闇夜の死神
見えない斬撃を感覚だけで防ぐ。
(くっ! どこから……? 全く見えなかった……)
「計画変更、だから王様。君はもういらない」
俺の前に姿を現した人間は黒いフードとマントを纏い、顔を覆う仮面をつけていて、全身が影のように暗い色で包まれている。
その謎の男が王の首を一瞬ではねた。
「七死天……闇夜の死神、ノクターン・シャドウ。なぜ王を……同盟の話はどこへ行ったのですか!?」
ミラージュが七死天のシャドウと呼ばれる男に詰め寄る。
「言ったでしょ? 計画変更。君たちと同盟を結んで得れる力、よりアレを相手にする損害の方が大きい、それだけ。だからさ、そこのカエル君! 僕たちは君たちに手を出さない、代わりに僕たちの事も放っておいてよ」
ノクターン・シャドウと呼ばれる男の言葉に耳を傾けながらも、視線を外さずに警戒を続ける。
さっきの攻撃、感じる事はできても、見る事は俺でもできなかった。
「ゲロゲロ(手を出さないだと? そんな言葉を信じると思うか)」
「私が……翻訳するわ」
ミラージュが俺の言葉を伝えると、ノクターン・シャドウは薄笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「まあ、信じるかどうかは君次第だ。でも、今の状況を見てくれ。君はあの子を助けたいんだろう? なら、無駄な戦いは避けるべきだ。僕たちは君の敵ではない。ただ、この場から立ち去りたいだけだ」
ミラージュが不信感を隠しきれない様子で口を挟んだ。
「なぜ、こんなことを……。我々は同盟を結び、共に世界を支配する計画だったはず……!」
ノクターン・シャドウは冷たい目でミラージュを見下ろし、淡々と答える。
「計画は変わるものだよ、ミラージュ。君たちの力が思ったよりも脆弱だった。それに、このカエル君……彼の存在は予想外だった。リスクを取るより、撤退するのが賢明な判断だ」
「俺がここを引けば、お前たちはまた悲劇の種を世界にばらまく! そうはさせない」
短剣を強く握る俺を見て、ノクターン・シャドウは仮面から覗かせる冷たい目で俺をにらみつける。
この目……こいつもダメだ、幸せな世界には不要な存在だ。
「約束しよう。あの少女には手を出さない。彼女の力は確かに魅力的だけど、君との戦いで得られるものよりも、失うものの方が大きい」
(シャドウのこの目、この目は知っている。大嘘つきの目だ)
俺は人間でもモンスターでもない、かといって勇者でもない。
今はカエルの勇者、それが俺であり、俺はそうありたい。
「七死天、対峙するのは初めてだが……退治させてもらう」
ノクターン・シャドウはしばらく沈黙した後、大げさにため息をついて肩をすくめた。
「全然面白くないね、君。もう少しセンスのあるセリフはないのかい? まるでカエルの一人漫才だ」
俺は短剣を握り直し、軽く笑って答えた。
「悪かったな、ギャグのセンスはないんだ。戦うのは得意だけどな」
「退治……される訳にはいかないんでね。全力で僕は逃げるよ?」
「逃がすと思うか? もうお前は俺の粛清対象だ」
ノクターン・シャドウは一瞬のうちに後退し、闇の中に溶け込むようにして姿を消した。
「おい、シャドウ。姿を隠しても無駄だぞ。お前の動きはすべて把握している」
リリカの短剣を構え直し、周囲の気配を探る。
シャドウの姿が見えなくても、その存在感は感じ取れる。
俺はスキルの
わずかな動き、例え草葉の揺れの音でも聞き逃さない自信がある。
「フフ、カエル君、君は本当に面白い。だが、僕を簡単に捕まえられると思わないことだ」
シャドウの声が闇の中から響き渡る。
その瞬間、背後から鋭い風が切り裂く音がした。俺は即座に身を翻し、斬撃を避ける。
「ゲロゲロ(そんな攻撃は通用しない)」
(強がったのはいいけど、全く姿が見えない。これは……スキルか)
俺は素早く反撃の体勢に入り、シャドウの姿を追い求める。闇の中であいつの動きを捉えるのは難しいが、俺のスキルの素早さ
「僕のスキル、闇の
七死天、闇夜の死神、ノクターン・シャドウか。
シャドウが使っている闇の
物心つく前から暗殺者としての激しい訓練、そして修練を重ねた者だけが使えるスキル。それもシャドウの闇の
シャドウは幼い頃から影に紛れて生きることを教え込まれてきたのだろう。その背後には、常に死と隣り合わせの暗い過去があったに違いない。
(だけど、過去が凄惨だからと言ってリリカを傷つけ、道具として使用しているお前たちを許すことはできない)
闇の
「でも、これはどうかな?」
シャドウの声が再び響くと同時に、今度は左右から同時に攻撃が迫ってくる。だが、俺はその一瞬の間にシャドウの本体を見つけ出し、短剣を振りかざした。
「ゲロゲロ(終わりだ)」
短剣がシャドウに迫ったその瞬間、彼は不気味な笑みを浮かべながら再び消え去る。俺の短剣は空を切った。
「上手いね、カエル君。でも僕はまだここだよ」
シャドウが現れたのは、ホールの中央から少し離れた場所だった。あいつの目には、冷たい光が宿っている。
「逃げるのはもう飽きたよ。君との戦いを楽しむことにするさ」
シャドウが両手を広げ、暗黒のエネルギーが周囲に渦巻き始めている。
闇を彷彿とさせる力、これが七死天。
でも、残念だったな。俺はそんな闇、何度も、何度も払ってきたんだ。
「ゲロ、ゲロ(もう一度言う、退治させてもらう)」
「このスキルは暗殺向けじゃないからあまり使わないけど、僕が使える最高威力のスキル! 君は……死ぬよ?」
その瞬間、シャドウが放つオーラは暗殺者ではなく、殺戮者を思わせるオーラに変わった。
(なにか……なにかしてくるか?)
俺はすべての神経を集中させた。
肺一杯に空気を吸い込み、そして吐き出す。
イメージは空気を吸うときに世界のプラスの気を吸うように、そして吐き出すときは自分のマイナス部分を吐き出すように。
イメージで世界と自分をリンクさせる。
「終わりだよカエル君。影の舞(シャドウダンス)」
シャドウは複数の分身を作るスキルを使用したようだ。
本体を見極めることが難しくなり、攻撃を回避しやすくなる。ってところか。
だが、本体を見極める必要なんてない、丸ごと吹き飛ばす。
「ゲロ、ゲロ!(終わるのはお前だ。一閃!)」
俺が剣技の極致を放つと、その瞬間、周囲の空気が振動し、まるで時間が止まったかのような静寂を感じる。
刹那の間、俺の剣が描いた光の軌跡がまばゆい閃光となり、ホール全体を照らし出す。
シャドウの影は次々と砕け散り、まるで薄氷のように崩れていく。その破片は光の粒となって消え去り、闇の中に紛れ込むことすら許さない。
俺の剣技は、その威力を余すところなく発揮して、敵の分身を一瞬で無力化した。
(俺の一閃が、これほどまでに完璧な形で決まるとは……)
剣を握る手が熱を帯びて、俺の全身に力がみなぎる。かつての勇者としての経験と、今のカエルとしての力が一体となったことを感じる。
(シャドウは……消し飛んだか?)
俺は周囲を注意深く観察する。
あの剣技の極致を受けて生きているとは到底思えない。だけど、心になにかモヤがかかったような、変な違和感を俺は覚えている。
「これは……これほどとは。ミラージュの影に潜んでいなかったら死んでいたね」
やっぱり、か。あの大量の分身の中にも本体はいなかった、いや、最初から分身だったと考えるのが普通だな。
「ミラージュ、今すぐ転移だ。今すぐ!」
「は、はい!
シャドウとミラージュが光に包まれる。
このままでは逃げられる、焦燥感が俺の意識と動きを一瞬遅らせた。
(間に合うか?)
俺は再び短剣を構え、世界と自分をリンクさせようとするとミラージュがつぶやく。
「もう遅いわ。あなたたちの戦闘中からいつでも逃げられるように、すでに転移のスキルの準備は完了していたもの」
二人を包む光が一層輝きを増した所で、シャドウが口を開いた。
「やっぱり君を相手にするのは、デメリットが大きすぎる。彼女の事はもう放っておくから僕の事は忘れてくれないか? もし、それでも僕を退治したいと言うなら……」
シャドウは黒いフードを脱ぎ、顔を覆っている仮面を外す。
仮面に隠されていた顔は、冷たい美しさを持つ青年そのもの。鋭い目つきと高い頬骨が、彼の鋭利さを物語っている。薄い唇が微笑を浮かべ、その目には冷酷な光が宿っている。
「七死天の全ての力を君に示そう。なぜ我々が『死と天』の名を冠するか、その真意を理解することになるだろう」
シャドウの言葉が消えると同時に、二人の姿も光の中に消え去った。
(七死天のシャドウ、俺から逃げる事ができる強者。そんなやつがあと六人もいるのか……)
俺はリリカの短剣を眺めながら、空気を撫でるように優しく振るい、シャドウとの戦いを振り返る。その強さを再認識しながら、心に思いを巡らせる。
(ミラージュも一緒に逃げた。という事は俺の正体が勇者だと七死天にも知られるということだ)
目をつむり、リリカの短剣を力強く握る。決意と覚悟が心の底から湧き上がる。
(でも、関係ない。俺たちの前に立ちはだかるというなら)
「一閃!」
(次は転移で別の空間に逃げられようと、俺の剣技で空間ごと切り裂いてみせる)
俺の決意が固まった瞬間、ホールの静寂が戻ってきた。周囲を見渡すと、敵の姿はもうどこにもなかった。
リリカたちの無事を確認しに行くため、足早にホールを後にした。
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