第25話 常冬の街

 リリカとダリエルたちが待っている場所に戻ると、彼らは緊張した表情でこちらを見つめていた。


「カエルさん、おそかったけど大丈夫だったの?」


 リリカが心配そうに駆け寄ってくる。


「ゲロ、ゲロ(問題ない、大丈夫だよ)」


 俺は無事をアピールするために、両手を腰に当てて大きく頷いた。その姿を見たダリエルがホッとした表情を見せる。


「カエルの旦那。女房や娘、それに一緒に逃げてきた人たちと話し合ったんですが、一度私たちの故郷へ行きやせんか? ここよりもっと北にある常冬の街、フロストガルドへ」


 フロストガルド、聞いたことがない街だ。元々この北の地はあまり知られていないせいか、旅慣れしている俺でさえ見聞きしたことはない。


 しかし、光の神殿に近づく結果となるし、お下がりのようなリリカの服も新調したい。断る理由は一つもないか。


 俺は両手を腰に当てたポーズのまま大きく頷いた。


「さすがカエルの旦那だ、話が早くて助かりますぜ。それに旦那がいてくれたら道中も安全は確定されたようなものですしねぇ」


 リリカが微笑んでカエルの姿の俺を肩に乗せる。


「新しい冒険が待ってるね、カエルさん!」


 ダリエルも微笑んで言葉を続けた。


「フロストガルドは寒いけど、それはもう美しい街なんです。お嬢ちゃんもきっと気に入るはずですぜ。特に名物の水象ウォーターエレファントの肉焼き! これを食べたらもうフロストガルドから離れる気にはなりませんぜ!」


「ゲロゲロ(水象ウォーターエレファントの肉焼きか)」


 と俺はリルカの肩の上で小さく跳ねた。久しぶりの肉という単語に本能も跳ねているのを感じる。


(体がカエルだからか? しかし、肉。楽しみだ)


 そうして俺たちはダリエルの故郷、フロストガルドへ向かうこととなったのだが、一つ小さな問題に気づく。

 俺の所持金はゼロ。到着後の生活を考えると、道中で手頃なモンスターか採取できるものを見つけて換金できるものを手に入れておくのがいいか。


「カエルの旦那、このあたりにはよく雪狼スノーウルフが出るんですぜ。毛皮が高く売れるんですが、いつも群れを成しているんで、討伐組を結成しないと逆にこちらがやられちまいますがね」


 このタイミングですごく助かる。高く売れるものが大量にある、つまりはそういう事か。

 雪狼スノーウルフ、恨みはないけど俺たちの糧となってもらおうか。


「ゲロゲロ(じゃあ狩りにいこうか)」


 俺はリリカの短剣を森の奥へと向けた。


「ふふふ、カエルさん準備万端だね」


「さすがはカエルの旦那、雪狼スノーウルフなんかは目じゃないってことですかい?」


「ゲロ、ゲロゲロ(当然、でも警戒は怠らたらないようにな)」


 俺たちは注意深く森を進む。


 森は深く、雪がしんしんと降り積もっていた。木々の間を進むにつれ、冷たい風が顔を刺すように感じる。俺たちは足音を立てないように気をつけながら進んだ。


 しばらく進むと、前方に何かが動く気配を感じた。俺は手を挙げて合図を送ると全員が立ち止まる。


 俺のスキル、野生の視覚ワイルドビジョンを発動させて前方を確認すると、白い毛皮に覆われた雪狼スノーウルフが数頭、こちらを睨んでいる。


(この距離で気づいているのか? 嗅覚、もしくはスキルか。しかし、群れを成して討伐組が必要な雪狼スノーウルフの割には数が少ない)


 妙だと感じた俺は振動感知バイブレーションセンスを発動する。


(やっぱりそうか。前方のあいつらは俺たちの注意を引き付けているだけだ)


 この振動、動きからして右方向に十頭、左方向に七頭。そして前方に五頭。


 さて、どうするか。少し数が多い、俺だけなら全く問題ないけど。


「どうしたのカエルさん? 狼さんが見えたの?」


 俺がリリカたちを見つめていたので、気になった様子でリリカが声をかけてきた。


「ゲロ(大丈夫だよ)」と、笑顔で頷く。


 リリカ、ダリエルと家族たち、そして一緒に組織Dの元から逃げてきた人たち。


 ほぼ戦闘能力がないに等しい人間ばかり抱えているこの状況。

 もし俺が一頭でも取り逃してしまったら、取り返しのつかないことになるのは明白。


 多少の怪我ならリリカの神の右手ミラクルハンドでどうにかなる。

 でも、モンスターに襲われた恐怖は消えないだろう。


 そんな恐怖をリリカに味わさせる事なんてできない。


(だから、俺は本気で雪狼スノーウルフを狩る。大げさでもいい、徹底的に完膚なきまでに)


「ゲロ! ゲロゲロ(先行する! ダリエル、リリカを頼むぞ)」


 ダリエルに声をかけると、ダリエルは任せてくださいと小さくガッツポーズで返した。


(さて、狩りの時間だ。まずは斥候の役割を担うあいつらから。素早さ強化クイックムーブ!)


 全速力で前方の五頭の元へ駆ける。

 雪が邪魔で少しだけ思ったより速度が出ない、が問題ない。


 五頭が俺に気付く前に大跳躍ハイジャンプを発動して、一瞬で五頭の元へたどり着く。


 何が起こったか分かっていない、雪狼スノーウルフに動揺が広がっているのを確認。


 このまま一気に行く!


 まずは一番近くの雪狼スノーウルフを短剣で一刀のもとに切り伏せる。鋭い刃が肉を裂き、鮮血が舞う。


 他の雪狼スノーウルフたちは、ようやく動き出そうとしているが、


(もう遅い!)


 その瞬間、俺は素早く強酸息吹アシッドブレスを放つ。


 強酸が吐き出されると同時に、雪が急速に溶けて蒸気が立ち上る。これに驚き、雪狼スノーウルフたちの目が見開かれる。


 動揺のあとの驚き、この隙を俺は見逃さない。体が自然と次の動きに移る。


「星光のスターライト・ダンス


 雪狼スノーウルフが俺の剣舞に反応できるはずもなく、一瞬で残りの四頭を仕留めた。


 瞬く間に斥候を全滅させると、右方向の十頭が動き出した。


(ここが使い時か。EXスキル、魔物の大合唱モンスタンピード


 魔物の大合唱モンスタンピードを発動させると、何もない空間から大量のカエルのモンスターが現れる。


(MP全部持っていかれるとは、だけど!)


 カエルのモンスターたちに行け! と命じるとカエルのモンスターたちは一斉に右方向にむけて突撃する。


 魔物の大合唱モンスタンピード、大量の同族のモンスターを召喚するスキル。MP全部を消費しないといけないけど、召喚したモンスターは俺のステータスによって強さが変わる。


 ケロキングである俺のステータスが元なんだ、右方向の十頭も俺が召喚したカエルたちによって一瞬のうちに殲滅されるだろう。


(残りは七頭。やっと動き出すか)


 雪狼スノーウルフの一頭が遠吠えを上げると、他の六頭が白いオーラに包まれた。


(スキルか? なら!)


 敵の技や動きを模倣することができるスキル、擬態ミミックを発動して、俺も同じように遠吠えを上げると雪狼スノーウルフたちの動きが止まる。


(なんだ? どうしたんだ?)


 よく見ると雪狼スノーウルフたちの尻尾がこれでもかというぐらい下を向き、その尻尾は微動だにしない。


 犬や狼が尻尾を下げる意味は知ってる。恐怖か服従だ。


 そうか、さっきの遠吠えでどっちが上かを察したのか。戦意がない以上、ここまでだな。これ以上やるとそれは虐殺だ。


 血みどろ勇者じゃなくて、カエルの勇者なんだからな。リリカの前でそんな事はできない。


 まぁ毛皮は欲しかったけど。


 俺が短剣を納めると、残りの雪狼スノーウルフたちは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに森の奥へと引き返していった。彼らの白い毛皮が雪景色に溶け込み、やがて姿が見えなくなる。


 安堵の息をつきながら、心の中で自分の選択が正しかったことを確信する。戦闘の興奮から徐々に冷め、再び静寂が訪れた。


 そしてリリカが近づいてきて微笑んだ。


「カエルさん、さすがだね。あんなにいた狼さんを一人で倒しちゃうんだもんね。カエルさんがいてくれたら、リリカは何も怖くないよ」


 俺は軽く頷き、リリカの笑顔に答える。


「ゲロゲロ(怖くなかったならよかったよ)」


「さて、ここであっしたちの出番ですね。カエルの旦那はお嬢ちゃんと遊んでてくだせぇ」


 ダリエルとその家族たちは、慣れた手つきで雪狼スノーウルフを解体していった。


 俺とリリカは二人で雪玉を投げあったり、雪で人形作りを楽しんだ。


「見て見てカエルさん!」


 必死に雪でリリカの姿を作ろうとしている俺を呼びに来たようだ。


 案内されるままにリリカについていくと、そこには鏡でも見てるのかと思わせるぐらい、俺の姿そっくりの雪で作られた人形がポーズを取っていた。


 まるで勇者の銅像のような、威厳に満ちたその雪で作られた人形の完成度に言葉を失った。


「わたしもこんなにうまくできるとは思ってなかたんだけど、ちゃんとうまくできてるよね?」


「ゲ、ゲロゲロ!(も、もちろんだよ!)」


 リリカは嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「ありがとう、カエルさん。カエルさんが勇者様みたいに立ち向かう姿を見てたから、自然と手が動いちゃったんだよ」


 その時、ダリエルが作業を終えたように手を振りながらこちらに歩み寄ってきた。


「カエルの旦那、お嬢ちゃん。解体が終わりやしたぜ。これで少しは資金の足しになるでしょ」


 助かったよ、ダリエル。これでフロストガルドに着いても困らないなと俺は感謝の意を伝えた。


「ゲロ、ゲロ(さて、再び道を進もうか)」


 俺たちは雪の中を再び歩き始めた。雪狼スノーウルフの毛皮をしっかりと確保し、フロストガルドへの道を進む。冷たい風が再び吹きつける中でも、心には暖かさが広がっていた。


 日が沈むころ、俺たちはようやくフロストガルドの街並みが見える場所までたどり着いた。街は雪に覆われているが、暖かな光が窓から漏れ出しており、迎え入れるような雰囲気を醸し出している。


(フロストガルド、ついにここまで来た。光の神殿までもう少しだな)


 三つの秘宝が必要な俺は、神秘ダンジョンの事を思いながら街へ足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る