第9話 外の世界

 俺は水龍神リヴァイアサンの言葉に驚きを隠せずに、そのままの勢いで詰めよってしまったので水龍神リヴァイアサンはさらに委縮してしまった。


「その……きちんとお話しますので……殺さないで……ください……」


 水龍神リヴァイアサンの声がかすかに震え、その巨大な体が微かに縮こまるのを見て取れた。水龍神リヴァイアサンの普段の威厳は影を潜め、その目には明らかな恐怖が映っている。


 その姿を目の当たりにし、胸が締めつけられる思いだった。


(殺さないでください……か。そう思われるのも仕方のない事なのかも知れない。でも、俺はそんなつもりはないんだ)


 深呼吸して、自分を落ち着かせる。リヴァイアサンの恐怖を和らげるために、一歩引き下がり、距離を取った。


「おいおい、俺をなんだと思っているんだよ、そんな事する訳ないだろ。ちょっと興奮してしまっただけだ、外の話……続けてくれるな?」


 できるだけ優しい声で話しかけ、水龍神リヴァイアサンが安心できるよう努めた。リヴァイアサンは慎重にうなずき、再び口を開いた。


「はい、勇者様……外の世界の状況についてお話いたします。」


 水龍神リヴァイアサンは湖面を見つめながら続けた。


「勇者様がいなくなった後、魔王様の支配が解け、多くのモンスターが自由になりました。その結果、元々人間界で悪事を働いていたはぐれモンスター以外も人間の居住地を頻繁に襲撃し始めるようになりました」


 はぐれモンスター、魔王と血の盟約を交わしていない種族、魔王に忠誠をちかっていないモンスター達の総称。

 魔王からこの事を聞いた時は盛大に驚いたっけなぁ。


「略奪や破壊が続き、人間界は混乱に陥っています。魔王様との血の盟約を交わしている種族の中にも、魔王様の仇を討とうとするモンスター達が多くおり、事態の収拾は困難でしょう」


 水龍神リヴァイアサンの言葉を真剣に受け止めた。外の世界がいかに危険な状況にあるかが鮮明に伝わってくる。


「さらに、あなたの死によって人間側の戦力が大幅に弱体化しました。かつてのあなたの力が頼りだったため、今や彼らは防御手段をほとんど失い、士気も大きく低下しています。逆にモンスター達はあなたの不在で暴れまわっています」


 気がつくと俺は爪を食い込ませるように手を握りしめていた。かつて守った人々が、今や無力で苦しんでいるという現実に心が揺さぶられる。


「人間たちの間では内乱が起き、資源不足と避難民の増加が混乱を深めています。各ダンジョンに軍が送り込まれ、いずれこの神秘アルカナダンジョンも発見されるかもしれません。」


 もし大量の軍が押し寄せてきたら妹たち、そしてアリミアはいったいどうなる?


 そんな事はさせない、俺が絶対に。


 それになぜ魔王がこのダンジョンに防御結界を張ったのか、少し分かった気がする。俺は自分の推察が合っているか水龍神リヴァイアサンに確認することにした。


「魔王はこの神秘アルカナダンジョンにミスティックレアモンスター、伝説級レジェンダリーモンスターたちを隔離したかったんだな?」


 水龍神リヴァイアサンは目を細め、ゆっくりと頷いた。


「その通りです、勇者様。魔王様はこのダンジョンを一種の隔離施設として利用し、強力なモンスターたちを封じ込めて人間界への被害を最小限に抑えていました。そして、希少種であるミスティックレアモンスターをこのダンジョンで保護していたのです。しかし、魔王様の死によって結界が暴走し、バランスが崩れてしまいました」


 水龍神リヴァイアサンの説明を聞いても、ある疑問が消えない。

 なぜあの魔王が人間界への被害を抑えようとしたのか?


 俺は勇魔大戦の時に見たんだ。

 あの戦争で、魔王は人間界を侵略し、無数の命を奪った。その魔王が、なぜ人間を守ろうとするようなことをしていたんだ?


 それに……あの人間たちを捕らえていた施設での一件……魔王を滅ぼすと心に誓ったあの事を俺は忘れていない。


 魔王は敵、魔王は倒すべき相手だったんだ。


「しかし、分からない。なぜ魔王が人間界への被害を抑えようとした?  そんなことをして何の意味があるんだ?」


 水龍神リヴァイアサンはしばらく沈黙し、思案するように目を閉じた後、再び口を開いた。


「それは、勇者様、今のあなたでは信じられない話だと思います……なので一つだけ……魔王様は元々は人間との共存を望んでおられました」


 俺はその言葉にさらに困惑した。

 魔王がそんなことを考えていたとは信じがたい。しかし、水龍神リヴァイアサンが嘘を言う理由もない。


「共存……」


 その言葉が俺の心に響く。

 もしかしたら、魔王もまた、己の方法で平和を求めていたのかもしれない。

 俺が見ていたのは、彼の一面だけだったのかもしれない。


 あの一件、もしかしたら魔王の指示で行われていたわけではない可能性も考慮すべきだった。


 人間にだってモンスターを拉致して、好き勝手やる異端者が集まる組織があったんだ。


 モンスターにだってそういう組織があったかもしれない。


 だが魔王の事は今考えても仕方ない。俺にはやるべきことがある。


「分かった。外の世界の状況は理解した。俺は三つの秘宝を手に入れて結界を元に戻す。そして、外の人間、モンスターたちのことも手が届く範囲だけにはなるが全力でなんとかしてみせる」


 水龍神リヴァイアサンは静かにうなずき、その巨大な目に一筋の希望の光が宿った。


「勇者様……ありがとうございます……この中間層には魔王様が準備してくださった転移門があります。それを使えば一瞬で外に出れるでしょう、その場所は――」


「あ、そうだ。最後に一つ、鱗一枚くれない? 確か龍神族の鱗って食べればスキルのデメリット消せるんだよな? 真っ先に消しておかないといけないデメリットがあってさぁ」


 そう言うと水龍神リヴァイアサンはすこし困ったようにうつむいた。


「鱗を渡す、というのは龍神の服従の証であり主従の儀式……それをそんな簡単に……」


「ん? 何か言った? あ、そうか、自分で鱗が取れないんだな? 俺が取って――」


「いえ! 大丈夫、大丈夫です勇者様!」


 水龍神リヴァイアサンはためらいながらも鱗を一枚剥ぎ取り、俺に手渡した。

 その表情にはわずかな涙が浮かんでいる。

 無理に鱗を剥がしたのだろうか? かさぶたを無理にはがす時の痛みを思い出し、心が痛む。


「ありがとう、水龍神リヴァイアサン。お前の犠牲は無駄にしない」


 俺は感謝の気持ちを込めて、その鱗をおいしくいただいた。


 ≪スキル、美食ヴァルハラフェストの負の効果が抹消されました≫


 水龍神リヴァイアサンの鱗を食べたことで美食ヴァルハラフェストのデメリット、耐え難い空腹感から解放された。


 このデメリットは想像を絶するものだった。

 食べ物がない時の空腹感は単なる飢えではなく、体内の力が一気に抜けるような感覚だった。常に胃が痛み、頭がぼんやりして集中力が削がれる。


 体力も落ち込み、戦闘中には危険な隙が生まれるだろう。

 それはまるで、自分自身が消えてしまうかのような恐怖に苛まれる感覚だった。


 そのデメリットがなくったんだから、早速妹たちに会いに行きたいが早く三つの秘宝が必要だ。


 すぐにでも会いたいけど、とっとと集めてまた戻ってこればいい話だしな。


 お土産も必要だよな、なにがいいかなぁ? 姿は蛙だから鳥や蛇には注意しなくちゃな。外で人間とモンスターの戦闘に出くわしたらどう対応するべきなんだろうか?


 まぁなるようになるか。


「じゃあ行ってくる。ここをしっかり守ってくれよ」


「お気をつけて、無事に帰還できることをお祈りしております」


 水龍神リヴァイアサンの言葉を背に、俺は転移門の前に立った。

 転移門からは微かな光が漏れ出し、不思議な音が耳に響いてくる。

 その光景は、まるで別世界への入口のようだった。


(まるで初めての冒険、って気分だな)


 一度深呼吸し、冷静な心で一歩を踏み出すと転移門の光が全身を包み込み、視界が白く染まった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る