第6話 神秘ダンジョン

 パニックだった俺は、アリミの冷静な声で落ち着きを取り戻した。


(もう大丈夫だ。いつものように思考を巡らせる!)


 そうだ、ただ蟻から蛙になっただけじゃないか。

 それにステータスだって上がっているし。慌てる必要なんてないんだ。


 あの時女神さまの声が聞こえたのは、そういうことだったんだ。


 発動条件もスキルの内容も分からなかったEXスキル、命の脱皮ライフ・エクスフォリエイト

 捕食されたらその捕食者の体を乗っ取るってことか。


 でたでた、また出たよ、この展開。強そうに見えるし、実際に強いけどさ。


 俺の意志で発動することができないから、この状態で低レベルのモンスターに捕食されたら、その低レベルのモンスターになるってことだろ?


 今のこの六王の体から雑魚モンスターになる可能性も十分にある話だ。

 しかも、捕食された時は完全に意識がなかったし、その時にどうなってたのか全然分からない。


 せめて捕食者の記憶を引き継ぐとかさ、もう少しなんとかしてほしかったな。


 女神さまのバカ。


 まぁそれは置いといて、とりあえずこのままの姿じゃ会話も行動もしにくいな。


 スキルの微蛙化マイクロフロッグで、ブラッディアントだった時の大きさに戻った。


「ごめんなアリミ、不安にさせて。もう大丈夫だ」


「本当にブラッドお兄ちゃんだー」

「私はさっきからそう言ってるでしょ」

「ブラッド……説明……してくれるよね?」


  俺のことをあらかた話終えたところで、次にアリミアの話を聞くことにした。


「このダンジョンをどれぐらい知っているんだ? アリミアはダンジョンの外から来たのか? ここは神秘アルカナダンジョンって言っていたけど、どこにあるダンジョンなんだ?」


 聞きたいことはたくさんある。特にこのダンジョン内のことがもっと分かれば、生存率はぐっと上がる。


 それに、外から来たのなら外の様子も気になる。今の時間が分からない以上、俺の知っている時から数年が経っているのか、それとも数日なのか。もしかしたら過去ってことだってある。


 このダンジョンがどこにあるのかも重要だ。

 もし冒険者たちでもこれるような場所にあるなら俺は……人間と戦うこともあるかもしれないってことになる。


「このダンジョンのことを聞かれたけど、私も名ありの強者ネームドモンスターだから、それなりに知っているわ。ここは本来なら比較的上層で、ケロキングのようなモンスターがいる場所じゃないんだけど……」


 (上層か……それに本来ならってどういうことなんだ?)


 俺は話の続きをアリミアに促した。


「魔王様が勇者に敗れてこのダンジョンに異変が起きたみたいなの。階層を上っても下りても、どこの階層にたどり着くかは誰にも分からないようになっているみたい」


 魔王がこのダンジョンに何か結界魔法のようなものを使っていて、俺が魔王を倒したことでその結界魔法が暴走した、と考えるべきか。


 何のために、って考えても仕方ないな。


 暴食の王ことケロキングは食べ物を求めてダンジョンを彷徨い、ダンジョンの階層を上るか下りるかしてこの階層にたどり着いたって訳だな。


「私も上層に戻ろうとしたら、全く知らないここにたどりついてしまったってわけ。勇者のせいでとんだ迷惑よ」


(迷惑……か)


 勇魔大戦が始まってしまった以上、俺か魔王か、どちらかが死ななければいけなかったんだし、仕方ないことだったんだけどな。

 モンスターからしたら、迷惑だったって事か。


「どうしたの? 何か気になることでもあったの?」


 俺の沈んだ表情を見つめるアリミアが、心配そうに声をかけてきた。


 勇魔大戦の記憶が頭をよぎり、思わず目を細めてしまったのかもしれない。

 蛙の俺にとって、それは人間でいう眉間の皺に等しい。


 彼女の優しい声が、まるで曇った心を晴らそうとするかのように、柔らかく響いた。


「ごめん、ちょっと考え事してて……話を続けて」


 俺がそう言うと、アリミアはうなずき、再び口を開いた。


「あとは外からきたかどうかだったよね? 残念ながら私はこのダンジョン産まれなの。だからここのダンジョンがどこにあるのかは私は知らないの」


 外の事は分からない……か。

 なにか現在の時間が分かるようなこと……そうだ!


「魔王、じゃなくて魔王様がいつぐらいに倒されたかって分かる?」


 まさか魔王様、なんて俺が言う日が来るなんて、転生前の俺に言っても絶対に信じないよな。


「魔王様が倒されてから数年? ぐらいしか経ってないと思うけど」


 数年ぐらい……って事は今は過去ではなく転生前の時間とほぼ同じって解釈でよさそうだな。


 とりあえず今得れる情報はこんなところか。


「ありがとうアリミア、助かったよ」


「助けられるほど何も言ってあげられなかったけど……」


 アリミアは申し訳なさそうに微笑んだが、その瞳には安堵の色が浮かんでいた。

 その言葉と態度が、俺の心に小さな温もりをもたらしてくれる。

 まるでかつてのパーティメンバーの賢者みたいだ。


 今の俺たちがパーティだとすると、アリコが戦士、アリミが魔法使い、アリミアが賢者、じゃあ俺は……盗賊か。


 その想像にふふふ、と自然に口元がほころんだ。


「ブラッドお兄ちゃん! お腹が空いたよー」


 可愛い妹が空腹を訴えているし、のんびり笑っている場合じゃないな。


 俺は新たに獲得したスキル、振動感知バイブレーションセンスを使って周囲に生き物がいないか探知した。


「あれ? この場所は……」


 俺は確かに生き物の反応を感じた。

 その場所は俺たちの完全勝利で終わった初戦闘の場所、黄金兎ゴールデンラビットたちを閉じ込めて食べ尽くしたあの場所だ。


 確かに俺たちは一匹残らず食べ尽くしたはずだが、おそらく同数程度のなにかがいるのは感知できた。


 もしこの反応が黄金兎ゴールデンラビットのものなら、俺たちはそこから少し離れてしまっているが戻る価値がある。


 黄金兎ゴールデンラビットはステータスも低く、今のアリミア達だけでも問題はない。


 だけど、そこにいるのが黄金兎ゴールデンラビットとは限らないのが問題点か。

 まぁどちらにせよ他に反応はないんだし、行ってみよう。


「アリミア、俺たちが行った事のある場所にどうやら何か生き物がいるようなんだ。少し戻ることになるんだけどいいかな?」


「もちろん、アリコちゃんもお腹を空かせているようだし急ぎましょう」


 俺たちは初戦闘の地へと急いだ。何が待っているのか、少しの不安と大きな期待を胸に──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る