第7話 旅立ち
洞窟の奥深く、ひんやりとした空気が骨の髄まで染み込んでくる。アリコが先頭を切って進み、アリミとアリミアがその後を追う。
俺は後方で周囲を警戒しながら進んだ。
一定間隔ごとに
「ブラッドお兄ちゃん、こっちで合ってるー?」
アリコが振り返りながら問いかけてきた。
「ああ、間違いない。あと少しだよ」
アリコが先頭を進んでいるのはアリコ自身からの提案だった。
「私が先に行くよー。 ブラッドお兄ちゃんたちは後ろからサポートしてー」
アリコから提案してくるなんて……それはアリコが成長しているということだ。
お兄ちゃんとして認めてあげるしかなかった。
俺たちはそれに賛成し、アリコを信じて後ろからサポートすることにした。
しかし、俺には分かっていた。
アリコが先頭を引き受けた本当の理由は、お腹が空いていて早く行きたいからだということを。
「アリコが先頭を進むなんて、頼もしいね。でも無理はしないようにね」
アリミが嬉しそうに言った。
「もちろんだよ、アリミちゃん。お兄ちゃんたちが後ろにいるから安心して進めるんだー」
とアリコが笑顔で答えた。
足元の不安定な岩場を慎重に進みながら、俺たちはケロキングと戦った場所に差し掛かった。
そこには戦いの傷跡が生々しく残っている。砕けた岩や焦げた地面、そして乾いた血痕がその激戦を物語っていた。
アリミアが周囲に気を配りながら言った。
「ここ、ケロキングと戦った場所だね。こんなところをまた通ることになるなんて……」
「確かに、あの時は大変だった。でも、大丈夫だ。今の俺たちなら、もっと強くなっているさ。ほら、俺だってケロキングだし」
俺はそう言ってアリミアを励まそうとしたが、アリミアは少し困った表情をしているように見えた。
「……うん、そうだね。でも、ブラッドがケロキングだなんて、まだ信じられないわ」
アリミアの困惑が微笑ましくて、思わず笑ってしまった。
道中、俺は周囲を警戒しつつ、アリミアにさらに質問を投げかけた。
「ところで、ケロキング以外にもこのダンジョンに他の六王がいる可能性ってあるのか?」
アリミアは一瞬考え込むように眉をひそめた。
「正直わからないわ。でも、異変が起きている今、何が起こってもおかしくないの」
(なるほど、これからも油断はできないってことか)
洞窟の奥に進むにつれ、暗闇が一層深まっていく。
しかし、俺たちは蟻の
洞窟の壁に映る影や、微細な動きも見逃さない。
やがて、初戦闘の地が見えてきた。そこには
「見て、あそこだ!」
アリコが指差して叫んだ。
俺たちが作った牢獄に、
「まさか、本当に……また現れたんですか?」
アリミは目を見開き、驚きを隠せない様子だ。
「そうみたいだな。なぜだかは分からないけど復活? しているようだ」
本当に復活なのか? それとも
なんか転生してから分からないことばっかりだよなぁ。
ともかく復活でもスキルでもいいからもう一度食べつくしてみよう。
再現性があるのとないのでは話が全然違う。
再現性があるならここを拠点にするのが一番だ。
「あ! あの時の穴が残ってるよー」
アリコが以前に掘った穴を見つけたみたいだけど、
「
俺はスキルを使って牢獄へ着地した。
「さぁてと、妹たちが下へ降りてくる前に片づけますか」
少ししてアリミア、アリコ、アリミの三匹が到着した。
「え? もう……? ブラッドお兄ちゃん規格外過ぎませんか?」
「なんでもいいよー。お肉お肉お肉がいっぱいだー」
「ねぇあなたたち……もしかしてブラッドっていつもこんな感じなの?」
アリミアが目を丸くしている様子を見て、みんなで笑い声を上げながら、俺たちは食事を楽しんでいた。
そこで思いもよらない二つの大きな問題が浮上した。
まずは……
実においしかった!
その美味しさは言葉にできないほどだった。
シンプルに焼いただけなのに、肉の柔らかさとジューシーさ、そして香ばしい風味が口いっぱいに広がる。
味覚が蘇った俺にとって、これはまさに至福の瞬間だった。
そう、何を隠そう、俺は味を感じられるようになっていたんだ。
多分スキルの
でも至福の瞬間は本当にすぐに終わってしまった。
おいしく食べられることは本当にうれしいし、このケロキングの体になって良かったと思える部分でもある。
ただ、空腹を感じるまでの時間が短すぎる。
以前とは比べ物にならないくらいにお腹が空いてしまう。
食べても食べても収まらないこの空腹感、これは問題だな。
そして二つ目の問題。
一つ目の問題のせいなんだけど、これが大問題なんだ。
もう俺はアリミア、アリコ、アリミと一緒にいれない。
いや、正しく言うと一緒にいる事がもうできない。
有限なのかどうかは不明だけど、当分の間はここにいれば食糧を気にしなくて済む。
無理に食糧を捜しに他の階層へと行く危険を冒さなくてもいいんだ。
ここに拠点を作れば何も気にせずに生きていける、でもそれは俺がブラッディアントの体だった話。
自分でも抑えられない食欲は
それに俺だけが食べるわけにもいかない、アリミア、アリコ、アリミにもちゃんと食べてもらわないといけないんだ。
でもそうやってる内にもし俺が食欲に負けたら……抑えられない激しい食欲に支配されてしまったら……俺は俺を許せない。
だから俺は決意した。
大切なものほど遠くに置いておく。
俺はそうじゃないだろう、大切だからそばに置いておくんだろと思っていたけど……今ならその言葉の意味が分かるから、
「ここなら安全だし食糧も確保できる、しばらくはここを拠点にするんだ。俺は他の階層にも危険がないかの確認に行く」
妹たちは俺が何を言っているのか理解できていない様子だ。
「え? どういうことですか?」
「ブラッドお兄ちゃんが意味分かんないこと言ってるー」
(それもそうだよな。いきなりこんな話されても意味分かんないよな。でも、)
「この穴から上には絶対に出ないこと。定期的に蟻の
「ちょっとブラッドお兄ちゃん! 意味が分からないって言ってるじゃないですか」
「ええー? どこかに行っちゃうのー?」
妹たちの問いを無視して、俺は心を殺しながら淡々と話し続ける。
「食べ物の独り占めはしないこと。いっぱい食べて、いっぱい寝ること、そして最後に――」
「私たちが邪魔になったんですか? だから一人でって……」
「やっぱりどこかに行っちゃうんだー……」
妹たちが泣きだしてしまったところで、アリミアが隣にきて小声でささやいた。
「ブラッド……もしかして……もう時間がない……?」
どうやらアリミアは察しているようだ。
「ああ、今もかなりきついんだ。妹たちを頼めるか?」
「もちろん、あなたの分まで守り抜いて見せる」
「すまない、いや、ありがとうアリミア。このことは一生、ううん、たとえ転生したって忘れない」
俺はアリミアとの会話を終えて泣いている妹たちの方を向いた。
(泣きそうだが我慢だ、俺は元勇者だ、勇気ある者だ!)
「そして最後に、何があってもあきらめず生き抜くこと! 約束だからな!」
妹たちはまだ泣いている。このままでは行けない、よな。
俺は二匹の前脚をしっかりと握りしめ、優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。君たちは強いし、お兄ちゃんの自慢の妹たちなんだ。もっと自信を持って! これが最後の別れってわけじゃない。次に会う時を俺は楽しみにしてるから、アリミとアリコも楽しみにしていてくれないか?」
俺の言葉に二匹は少しずつ泣き止み、静かにうなずいた。
「じゃあ行ってきます」
俺はもう一度微笑んでから、決意を胸にダンジョンの階層がある場所へと向かった。
(この先に何があるのか分からないし想像もできない。だけど、精一杯生き抜くと決めたんだ! 何があっても俺は諦めない)
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