第5話 命の脱皮

 その瞬間、周囲の空気が震え、洞窟の壁が音を立てて崩れ落ちる。ケロキングの目が一瞬驚愕に見開かれたが、すぐにその冷酷な視線が再び俺に向けられ、巨大な手を振り上げた。


「くそ、早い!」


 ケロキングの巨大な手が振り下ろされる直前、俺は右に飛びのき、その攻撃を間一髪でかわした。振り下ろされた手が地面を砕き、岩の破片が飛び散る。


変換トランスフォーム!」


 瞬時にスキルを発動し、前脚が黒曜鋼の強度を持つようになる。見た目は変わらないが黒曜鋼の硬さになった前脚を全力で振り下ろす。鋭い刃がケロキングの硬い皮膚にぶつかり、金属音と共に火花が散った。


「ダメか……!?」


 (もう変換トランスフォームの効果が切れたのか!?)


「アリミ、アリコ、アリミア! 今のうちに逃げるんだ!」


 俺は叫びながら、さらに猛攻を仕掛けた。ケロキングの巨大な体は動きが鈍く、その隙を突いて俺は連続で攻撃を加えた。


 だが、ケロキングも黙ってはいない。その巨大な脚で地面を蹴り、洞窟全体が揺れるような一撃を放ってくる。


「うおおおっ!」


 俺はスキルの擬態ミミックでさっきのケロキングの跳躍を模倣して攻撃をかわす。衝撃で足元が揺れ、視界が一瞬ぼやける。


(このままじゃ……さすがに無理……だよな)


 ケロキングの攻撃を俺は必死によけ続けるが、体中の関節がきしみ、筋肉が燃えるように痛む。その間に、アリミとアリコ、そしてアリミアが洞窟の奥へと逃げていこうとしているのが見えた。


「絶対に、追いついてみせる……!」


 だが、その時、ケロキングの目が一瞬赤く光り、三匹がいる方向へと巨大な口が開かれた。


「おい! お前の相手は俺だろうが! 待て……待ってくれ!」


 ケロキングの大蛇のように長い舌が三匹に向かって伸びる。冷たい風が吹き抜け、土と岩の匂いが強く残る。


「くっそー! やらせるかよ!」


 俺は凶蟻化テラバーサクの力を全開にし、ケロキングの舌の先に向かって突進した。鋭い前脚を振り上げ、その舌を切り裂く勢いで振り下ろす。だが、ケロキングの舌は素早く動き、俺の攻撃をかわし、その長い舌に俺を巻き付けた。


「ちょ、ま……!」


 俺はそのままケロキングの口内、さらに奥へと押し込まれた。


 ≪EXスキル、命の脱皮ライフ・エクスフォリエイトが発動しました≫


「だから、ちょっと待てって! ……あれ?」


 生きてる? 視界はもう赤くない……のにまだでかいままだぞ? なにが起きた? そういえば意識が途絶える寸前に女神さまの声が聞こえたような……。


火炎球ファイヤーボール!」

強酸息吹アシッドブレス!」

強酸息吹アシッドブレス!」


 考える間もなくアリミ、アリコ、アリミアが俺に向かってスキルを発動させている。


「え? いや、だから待ってって!」


 避けることも動くこともできず、三匹のスキルはすべて俺に命中した。


「いったー……くない? あれ? どうなって……?」


「ケロキング! よくもブラッドを! 強酸息アシッドブ――」


「ケロキング!? そうだあいつはどこに行った? アリミア、アリコ、アリミ、みんな怪我はないか?」


 辺りを見回してもあの巨体が見つからない。洞窟内は静まり返り、俺たちの荒い息だけが響いている。ケロキングの姿が消えたことが信じられず、俺は焦りを感じながら周囲を見渡した。


「どうして……あんな巨体が……どこに?」


 ケロキングの巨体が消えるなんてことがあり得るのか? まるで幻だったかのように、あの恐怖の象徴が忽然と姿を消している。


「もしかして……ブラッドお兄ちゃん?」


 アリミが震える声で言葉を紡いだ。


「え? そうだけど、他に何に見えるんだ?」


 アリコはポカーンという顔をして口を開けたまま動かない。


「ブラッド……本当にブラッド? 蛙の言葉が分かるって私たちおかしくなってしまったの……?」


「ん? え? もしかして……」


 下を向いてみると、目に飛び込んできたのは異様に大きな手足だった。自分の小さな蟻の足とはまるで違う、分厚くて力強い手足。


 鱗のような表面には硬そうな突起があり、筋肉の動きが明らかに見て取れる。息を呑む間もなく、その手足をじっくりと観察してみると、どこかで見覚えのある特徴が目に入った。


「この手足……ケロキングのもので間違いない。間違えるはずがないんだ。ということは、もしかして……」


 手を動かしてみると、思った通りその巨大な手足も同じように動いた。これは夢か幻か、それとも何かの罠なのか。頭が混乱する中、ゆっくりと全身を見渡してみる。


 おいおい、嘘だろ。


 自分の体が巨大な蛙のモンスターになっていることを理解するのに時間がかかったが、これはまさしくケロキングの姿だ。俺は一体何が起きたのか、理解しようと必死に考えるが、思考がまとまらない。


「今度は蛙のモンスターになったってことか? なんでだよ! どうなってんだよ! お兄ちゃん頭がパンクしちゃうよ! もうアントがフロッグだよ!」


 自分でも意味の分からない、叫びにもならない声が洞窟内に反響する。

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