第27話 新人冒険者

 俺たちは急いでダリエルを呼びに行った。家に着くと、リリカがすぐにダリエルの袖を引っ張りながら頼み込む。


「ダリエルおじさん! あのね、ちょっと一緒に来てほしいの!」


 リリカが小さな手でダリエルの袖を掴んで上下に振ると、彼の表情に微笑みが浮かんだ。


「分かったよお嬢ちゃん。で、どこに行くんですかい?」


 ダリエルの問いかけに、リリカは少し息を切らしながら答えた。


「えっとね、冒険者さんたちが光の神殿に行こうとしてるんだけど、わたしとカエルさんも一緒についていきたいの」


 リリカの言葉を聞いたダリエルは、一瞬驚いた表情を見せた後俺の方を見た。


(光の神殿に行こうって言うんだ。リリカの言葉だけじゃ信じられないか)


 俺はダリエルの不安を吹き飛ばすように、力強く首を縦に振った。


「なるほど、そういう事ですかい。わかりやした、あっしがそいつらに口利きしやしょう」


「ゲロゲロ(いつも本当に助かるよ)」


 俺たちはダリエルと共に新人冒険者たちの元へと向かった。酒場に近づくと、中からにぎやかな声が漏れてくる。扉を開けると、さっきの新人冒険者たちがテーブルを囲んで話し込んでいた。


「おい、ダリエルさんだ!」


 他のテーブルにいた一人の冒険者が気づいて声をかけると、他の冒険者たちも次々とダリエルに注目する。ダリエルは軽く手を挙げて挨拶を返した。


「やぁ、みんな久しぶりだな。今日は少しそこの新人冒険者たちにお願いがあって来たんだ」


 冒険者たちは興味津々でダリエルを見つめる。リリカは少し緊張しながらも、新人冒険者たちの前に進み出た。


「えっと、皆さん、わたしたちも一緒に光の神殿に行きたいんです!」


 光の神殿に行きたい、リリカの言葉に周りの冒険者も驚いた表情を見せる。

 新人冒険者たちも同じく一瞬驚きの色を見せたが、すぐに興味深そうにリリカと俺を見た。


「俺たちの話が聞こえていたのか。それにこの小さな女の子とカエルが一緒に行くのか? 大丈夫なのか?」


 一人の冒険者が尋ねると、ダリエルが静かに頷いた。


「彼らはただの旅人じゃない。お嬢ちゃんとこの人間の言葉が分かるカエルの旦那は特別な存在なんだ。俺が保証する」


 新人冒険者たちは互いに顔を見合わせながら、次第に納得した表情を浮かべる。


「ダリエルさんが言うなら、信じるさ。でも、危険な場所だから覚悟はしておけよ」


 リーダー格の冒険者がそう言うと、他の冒険者たちも頷き、話はまとまった。


「ゲロゲロ(ありがとう)」


 リリカも嬉しそうに頷き、冒険者たちに感謝の意を示した。


「じゃあ、出発は明日の朝だ。しっかり休んで備えようぜ、俺の職業は戦士だ、よろしくな」


 リーダー格の戦士の言葉に全員が賛同し、それぞれの準備に取り掛かった。


(リーダーが戦士、気の弱そうな彼が弓使い、そしてパーティー唯一の女性が魔法使いか)


 前衛、後衛、魔法を使えるものとバランスは悪くない。でも、決定的な穴があるのを新人冒険者たちは気づていないようだな。


 それとも、自分たちの力に余程自信があるのか? そうだとしたら、そっちの方が厄介だ。


 新人冒険者の初めての冒険、その生存率をこいつらは知らないようだ。それなのに、たった三人で誰も踏破できていない光の神殿に行くなんて、無謀とはこういう事を言うんだろうな。


(仕方ない、彼らにも生きて帰ってほしいからな。きっちりサポートしてやろうか)


「カエルさん、わたしはどうすればいいかな?」


 光の神殿攻略に向けて思案していると、リリカが尋ねてきた。


「ゲロゲロ(俺から離れるなよ)」


 俺はリリカの手を優しく握り、離れるなと伝えた。


「離れるなってこと? ふふふ、言われなくてもカエルさんから離れないよ」


 リリカの笑顔を見て、俺も少し安心する。しかし、冒険の厳しさを知っている俺は、彼女の無邪気な笑顔を見つめながらも、心の中で覚悟を決める。


(リリカを守りながら、新人冒険者たちのサポートしつつの攻略だ。今回も気を抜けない、全力でかかる!)


 リリカが寝入ったのを見届けたあと、俺は光の神殿攻略の作戦を練りながら眠りについた。


 翌朝、出発の準備を整えた俺たちは、酒場で待ち合わせをしていた。戦士が先に来ていたようで、俺たちを見ると手を挙げて挨拶してきた。


「おはよう、準備はできたか?」


「ゲロ、ゲロ(ああ、準備は万全だ)」


 その時、弓使いの青年が後ろから顔を出した。彼は少し緊張した表情で話しかけてきた。


「ぼ、僕は弓使いです。よろしくお願いします」


 内気そうな見た目とは裏腹に、鋭い目つきをしている。弓の腕前は確かだろう。


 次に、魔法使いの女性が現れた。彼女は落ち着いた表情で俺たちに微笑みかけた。


「私は魔法使いよ。ダリエルさんが推す、あなたたちが加わってくれるなら心強いわ」


 彼女は冷静沈着で、魔法に対する自信がうかがえる。彼女がパーティーの支柱となっているんだろう。


「じゃあ、出発しよう。光の神殿は北の果て、永遠の氷原の中心にある。道中は過酷だから気を抜くなよ」


 戦士の掛け声で、俺たちは光の神殿に向けて歩き始めた。街を出て、雪に覆われた道を進んでいく。冷たい風が吹き付け、厳しい自然が冒険者たちを試すようだ。


「この先にある氷原を越えたところに光の神殿がある。道中のモンスターにも注意しろ」


 戦士が地図を広げ、ルートを確認しながら進む。弓使いは後方から弓を構え、警戒しながらついてくる。魔法使いは時折呪文を唱えて、周囲の異変を探知している。


「この道を進んで、氷原を越えた先に光の神殿がある。気を抜かずに行こう」


 冒険者たちは緊張と興奮が入り混じった表情をしている。俺たちもその気持ちに応えるため全力でサポートしてやるとするか。


(さあ、行くぞ。第一の秘宝、光のルミナスミラーを手に入れるために!)


 俺たちは北の果てに向かって雪原を進んでいた。寒さが厳しさを増し、風が肌を刺すように吹き付ける中、前方に怪しい影が見えた。


「ゲロ、ゲロ!(戦士、前方に何かいるぞ!)」


 俺の声に戦士が立ち止まり、全員が警戒態勢に入る。弓使いがが弓を構え、魔法使いが呪文を準備し始めた。


「おい、あれは氷狼アイスウルフだ! 集団で来るぞ!」


 戦士の声が響くと同時に、数匹の氷狼アイスウルフが現れた。その冷たく光る瞳がこちらを狙っている。


氷狼アイスウルフか。雪狼スノーウルフより弱そうだな。ここは新人冒険者たちのお手並み拝見といこうか)


「ゲロ、ゲロ!(リリカ、俺から離れるな!)」


「うん、分かった!」


 戦闘が始まった。戦士が前衛で氷狼アイスウルフを引きつけ、弓使いが素早く矢を放つ。魔法使いが火の呪文を唱えて氷狼アイスウルフを焼き払う。


「あ! 狼さんが来てるよ!」


 リリカの声に反応した戦士が、素早く盾で氷狼アイスウルフの攻撃を受け止める。その瞬間弓使いの矢が正確にその氷狼の喉を貫いた。


「ナイスショット!」


「ありがとう!」


 リリカも勇敢に戦っている。小さな体で素早く動き、俺の指示に従って的確に行動する。戦闘をしているわけじゃないけど、これだって立派な戦いだ。


「魔法で援護を頼む!」


「任せて!」


 火の呪文が炸裂し、最後の氷狼アイスウルフが倒れた。全員が一息つき、戦闘の緊張から解放された。


「みんな、大丈夫か?」


 戦士が周囲を見渡しながら尋ねる。全員が無事であることを確認し、再び道を進む準備を整えている。


「この調子で行けば、光の神殿も攻略できるぜ! なぁみんな!」


 戦士の言葉に新人冒険者たちが大きく頷く。


(やれやれ、新人冒険者たちならこの程度か。連携は悪くないんだけどな……課題が山積みだ)


 氷狼アイスウルフたちを倒して浮かれている新人冒険者たちの後ろで、俺は小さくため息をつく。


「どうしたの? カエルさんがため息なんて珍しいね」


 俺が落胆してるように見えてしまったんだろうか。リリカが心配そうに問いかけてきた。


「ゲロ。ゲロゲロ(なんでもないよ。それにリリカも頑張ったな)」


 心配しているリリカの頭を優しく撫でると、彼女の顔が明るくなった。


「ふふふ、カエルさんと会話はできないけど、わたし結構カエルさんのことが分かってきたと思うんだ」


 確かにそうだ。戦闘中に俺が出す手振り、身振りの指示をリリカは完璧にこなしていた。


 リリカとの連携、これが俺が寝る前に考えた光の神殿攻略の必須条件の一つ。

 時間がかかると思っていたことがあっさりとクリアできたことに、俺は改めてリリカはすごいと思い知らされた。


(新人冒険者たちじゃないけど、光の神殿攻略の道は見えてきた)


 それから、俺たちは旅を続ける。敵と遭遇することもなく、幾つかの小さな村を通り抜け、自然の美しさを楽しみながら進んだ。途中、リリカは珍しい花を見つけて喜び、その無邪気な笑顔が旅の疲れを癒してくれた。


 何日か旅を続け、ついに光の神殿の入り口が目の前に現れた。巨大な石造りの門と二体の巨大な銅像がそびえ立ち、神秘的な雰囲気を放っている。周囲の空気が冷たく澄んでおり、神殿の威厳を感じさせる。


「ここが光の神殿……ついにたどり着いたんだね、カエルさん!」


 リリカの声に、俺は頷く。


「ゲロ、ゲロ(ああ、ここが目的地だ)」


 新人冒険者たちも、その巨大な門と銅像に圧倒されつつも興奮を隠せない様子だ。


「いよいよだな。気を引き締めて行こうぜ!」戦士が仲間に呼びかける声が、静寂の中に響いた。


 他の二人も武器と魔法の準備を整えながら緊張の面持ちで頷く。その瞬間、神殿の門の前に立つ二体の巨大な銅像がゆっくりと動き出した。


「な、なんだあれは!」

「銅像が動いた!?」

「ひ、ひぃぃぃぃ!」


(さっそくか、光の神殿入口の守護者ってところだな)


 巨大な銅像が動き出したにも関わらず、新人冒険者たちは呆然としているだけだった。


 俺はリリカを守るように前に出て短剣を構え、新人冒険者たちを見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る