第28話 光の神殿
巨大な銅像がその巨体をゆっくりと動かし始めると、地面が震え、重々しい音が辺りに響き渡る。新人冒険者たちは驚愕のあまり足がすくんでいる。
俺はリリカを守りつつ、短剣を構えて新人冒険者たちに目をやる。
「ゲロゲロ!(お前たちは下がっていろ!)」
俺の意図を汲んだリリカが、驚きながらも素早く仲間に指示を伝える。
「戦士さんたち、はやくこっちに来て!」
しかし、誰一人として立ち上がることができず、銅像は新人冒険者たちの方へと体の向きを変えた。
銅像の動きは鈍重だが、その腕が振り下ろされると、地面が砕けるほどの威力がある。新人たちが初めての大敵に直面している中、俺は最善の行動を思案する。
(少しでも経験を……っと思ったけど無理そうだな。素早さ強化!《クイックムーブ》)
やられるまえにやる、そう意気込んで素早さを強化するスキルを発動した。
(銅像だから
動きが遅い銅像たちの前に瞬時に移動した俺は、まず一体の銅像をリリカの短剣で真っ二つにした。
銅像の割には硬度が感じられず拍子抜けすると同時に、新人冒険者たちが次々と口を開く。
「す……すげぇ」
「い、いまの見えました?」
「見えるわけないじゃない!」
まだあと一体残ってるっていうのに、なにをのんきなことを。俺は少し大きめの声で新人冒険者たちに指示を出す。
「ゲロ! ゲロゲロ!(おい! まだ戦闘中だぞ!)」
さすがに新人冒険者たちも俺が怒っていることに気がついたのか、やっと立ち上がって息を切らしながらリリカの前へと移動した。
戦士が震えながら盾を構え、魔法使いは顔を真っ青にしながら呪文を唱えて、弓使いがプルプルと弓を構えて銅像を狙っている。
まるで緊張の匂いがしてきそうなその光景に、すこし懐かしいものを感じた。
(それでいい、外では何が起こるか分からない。緊張しすぎもよくないけどな)
振るえながらではあるが、しっかりと防御の陣形はできている。経験を積めば立派な冒険者になれる素質は見えるな。
「ゲロ、ゲロ!(さて、残りだ!)」
銅像の足元に飛び込み、足関節に目掛けて短剣を振り下ろす。刃が石を砕き、ヒビが徐々に広がっていく。銅像がバランスを崩し、重々しく倒れ砂埃が舞う。
新人冒険者たちは呆然と倒れた銅像を見つめ、戦士がようやく息をつきながら立ち上がる。
「お、おい、あれ………? 俺たちの冒険って………」
「まさかカエルさんにここまで頼ることになるとは……」と魔法使いがつぶやくと、リリカが笑みを浮かべ、俺の背中を軽く叩いた。
「えへへ、カエルさんはすごいんだからね」
リリカの無邪気な言葉と、誇らしげにしている顔を見た俺は思わず微笑み、短剣を鞘に戻す。
まだ砂埃が舞って土の匂いが鼻につくが、光の神殿の扉はもう見えている。おそらく中の敵や罠はこんなもんじゃないだろう。気を引き締めなおして俺は光の神殿の扉へと足を進めると扉の造造形が明らかになってきた。
(鍵穴? まさか鍵が必要なのか?)
神殿の扉には人間のこぶし大ほどの大きさの鍵穴がある。試しにと扉を押しても引いてもビクともしない。
困ったな、何か見落としでもあったのだろうか? ここに来るまでに鍵のありそうな場所や、怪しいものは何ひとつなかったけどな……。
鍵がないなら仕方がない、扉ごと叩き切るかと短剣に手をかけたところでリリカが声をかけてきた。
「カエルさん! 銅像さんの口の中に何か入ってるよ!」
リリカは倒した銅像を見ていてどうやら何かを見つけたようだ。このタイミングにあの嬉しそうな声……ってことは鍵につながる手掛かりに違いない。俺は急いでリリカの元へと駆けて声をかけた。
「ゲロゲロ?(何を見つけたんだ?」)
「ほら! 口の中に大きな石があるよ! 」
どれどれと覗き込んでみると確かに石があった。だけど特に変わった様子は見当たらない、なんの変哲もない石だ。俺はすぐにもう一体の銅像の口の中を確認すると、同じ石が口の中に入っていた。
(この石がヒント? 考えたって仕方がないか)
とりあえず行動しないと始まらない。俺は銅像の口の中から石を取り出し、二つ並べて置いてみた。
(何も変化なし、やっぱり扉を斬るか)
並べた石にピョンと飛び乗り、扉を見据えるとリリカがくすくすと笑い始めた。
「石の上にそうやっていると、本当にカエルさんなんだなーって感じがするね」
確かに今の俺はただのカエルにしか見えないな。少しだけ恥ずかしい気持ちになりながらも、リリカが笑ってくれたなら良かったと心が落ち着くのを感じる。
「でも、この石ってなにに使うんだろうね? あの銅像さんたちの食べ物だったのかな?」
リリカがもう片方の石に右手で触れると、二つの石が共鳴しているかのように光だした。その光を見た俺は慌てて乗っていた石から飛び降りると、ますます光が強くなっていく。
石は目も開けられないほどの光を放ち、俺たちは思わず目をつむった。
(もしかしてスキルが発動した?)
俺が勝手に名付けたリリカの特殊なスキル、神の
いったい何が起きたのか、期待と興奮が混ざる感情の中でそっと目を開けると、そこには光り輝く鍵が出現していた。
(これは間違いなく光の神殿の鍵だ! リリカがいなかったら扉を叩き切っていたところだな……)
相も変わらず武力で解決しようとしたことを反省しながら、改めてリリカのスキルのすごさに気づかされる。この石が本当に鍵だったのか、そうでなかったのかは分からない。けど、リリカのスキルで鍵が出現したんだ。
もしかしてリリカは本当に女神様なんじゃ……と考えているとリリカが鍵を見つめながら無邪気に話しかけてきた。
「わぁー、綺麗な鍵になったね」
「ゲロ、ゲロゲロ(ああ、リリカのおかげだな)」
「あの大きな扉の鍵なのかな? やったね! さっそく戦士さんたちも一緒に行こうよ!」
リリカに声をかけられた新人冒険者たちは、さっきまでとは違う顔つきをしていた。重いんだけど暗くない、そんな表情を三人は浮かべている。
「いや、俺たちはここまでだ。さっき三人で話あったんだ」
「カエルさんの強さ、それにお嬢ちゃんの女神様のような力。そんなの見せられたら今の私たちなんて邪魔にしかならないわ」
「だから二人が帰還するまでここでキャンプを張って待っているよ」
俺は新人冒険者たちの言葉に少し驚いた。フロストガルドでは楽勝って言っていた三人がそんなことを言い出すなんて。
それに冒険を諦めたって訳でもなさそうだ。三人の目には熱と決意を感じる。
これも経験……かな。
「ゲロゲロ。ゲロゲロ(その判断は正しい。いい冒険者になれるよ)」
「そっか……じゃあ寂しくなっちゃうけど行ってくるね!」
俺たちは鍵を手にして、振り向くことなく扉へと向かった。
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