第26話 水象の肉焼き

 街の石畳の道は、雪に覆われているが、人々の歩みで踏み固められた部分がちらほら見える。家々の屋根からは氷柱が垂れ下がり、夕焼けに照らされてキラキラと輝いていた。


 リリカの肩に乗って街の通りを散策し始めると、通り過ぎる人々の視線が俺たちに集まった。そして視線の中には驚きや喜びが混じっている。


「どこに行ってたんですか? ずっと心配してたんですよ!」


「ダリエルさん、お帰りなさい! 私たちも心配していましたよ。何か新しい発見はありましたか?」


「いやあ、今回は少し危険な場所に足を踏み入れたからな。でも、皆のおかげで無事に戻ってこれたよ」


 街の人々がダリエルに声をかけてくる。どうやら彼は有名な探検家の一族の末裔らしい。


(ダリエル・フォルクハート 。まさか俺でも知っている有名な探検家の息子だったとはな)


 ダリエルは照れくさそうに笑いながら応える。


「いやあ、ちょっと冒険に出てただけでさぁ。心配かけてすまなかったな」


 彼の言葉に、周りの人々は安堵の表情を浮かべ、さらに多くの人々が集まってきた。ダリエルの存在が、この街の人々にとってどれだけ大切なのかが一目でわかる。


「カエルの旦那、お嬢ちゃん、まずはあっしの家で休みやせんか? 長旅で疲れてるだろうし、ここで一息つけやしょう」


 ダリエルの言葉に頷き、俺たちは彼の案内で街の奥へと進んだ。石造りの家々が並ぶ静かな通りを抜けると、一軒の大きな家が見えてきた。立派な木製のドアが温かみのある灯りに照らされている。


「ここがあっしの家です。さぁ、みんな遠慮せずに入ってくれ」


 ドアを開けると、中には暖炉が燃えていて、心地よい暖かさが広がっていた。部屋には古い地図や冒険の記録が並び、探検家の家らしい趣がある。リリカも安心した表情で、ふかふかのソファに腰を下ろす。


「ゲロゲロ(ここで少し休ませてもらうよ)」


 俺も疲れた体を休めるために椅子に座り、街の平和な雰囲気に包まれながら、一息ついた。次の冒険に備えて、ここでしばらく力を蓄えよう。


 暖かな灯りの中で、俺たちはフロストガルドの夜を過ごし、次のステップに向けて心を整えた。


 ____________________________


「カエルさん、起きて!」


 深い眠りについていた俺をリリカが起こしに来た。窓の外に目をやると、雲の切れ目から太陽がその顔をちらつかせている。微かに聞こえる鳥のさえずりが、街の朝の静けさを彩っている。


「ゲロ? (どうしたんだ?)」


 リリカは興奮気味に笑顔を浮かべながら、持っていた袋を俺の目の前に差し出す。袋の中には、金貨がキラキラと輝いている。


「ダリエルおじさんがね、狼さんの皮を換金してきてくれたの」


 リリカが袋から金貨を十枚取り出し、小さな手で慎重に並べていく。その動きに合わせて金貨がカチカチと音を立て、木のテーブルに当たる度に鈍い輝きを放つ。


「金貨が十枚もあるんだよ! 狼さんの皮が高く売れてよかったね、カエルさん!」


 リリカの目はキラキラと輝き、頬は紅潮している。彼女の笑顔は、まるで夜明けの太陽が雪を溶かしていくように温かく、俺の心に安らぎを広げる。


 組織Dのアジトでの戦いの余韻はすべて吹き飛び、部屋に漂う暖炉の温かさと相まって、静かな朝の音が心地よく響く。


(この笑顔……リリカは本当に女神様なんじゃないかと錯覚させられる)


 それに、ダリエルたちにも感謝しなくちゃな。俺だけじゃ雪狼スノーウルフの皮をあそこまで上手くはぎ取れなかっただろうからな。


 さてと、リリカの服や装備を新調して、ダリエルたちの家族にもお礼の品を買いに行こうか。


 リリカが金貨を袋へ戻して俺に手渡す。


「ゲロ、ゲロゲロ(リリカ、一緒に街へ買い物に行こう)」


 俺はリリカの肩の上に乗り、金貨が入った袋をコンコンと叩いてドアを指さす。


「お買い物に行くのかな? やったー! カエルさんとお買い物だー!」


 リリカの顔には笑顔が溢れていて、その目は期待と興奮で輝いている。彼女の跳ねるような動きと笑い声が、朝の静けさに溶け込んで、心地よいハーモニーを奏でている。


 リリカに金貨袋を手渡すと、元気よく跳ねながら街へと向かう。


 街の通りを歩いていると、美味しそうな匂いが漂ってくる。市場の屋台で、水象ウォーターエレファントの串焼きを売っているのを見つけた。


 確かダリエルが「名物の水象ウォーターエレファントの肉焼き! これを食べたらもうフロストガルドから離れる気にはなりませんぜ!」って言ってたよな。


「ゲロ、ゲロ(リリカ、あれを食べよう)」


 俺が指さす方向を見たリリカは目を輝かせながら頷く。


「あれ、おいしそうだね!」


 俺たちは屋台に向かい、リリカが水象の串焼きを二本注文した。串焼きは香ばしい香りを放ち、肉汁が滴り落ちている。


 屋台から少し離れた場所で腰を下ろし、俺たちはさっそく水象の串焼きを食べることにした。


「ゲロゲロ(いただきます)」


 リリカが大きな一口を頬張ると、満足そうな表情を浮かべる。俺も少し味わってみるが、肉の柔らかさとジューシーさが口の中に広がる。


(これは……おいしい!)


 スキル美食ヴァルハラフェストの効果でなんでもおいしく食べれるけど、スキル関係なしにおいしいと断言できる。


「これ、おいしいね、カエルさん!」


 リリカの笑顔がさらに輝きを増し、その喜びが俺にも伝わってくる。


「ゲロゲロ。ゲロ(本当に美味しいな。これで力がつく)」


 二人で串焼きを食べながら、街の賑わいや活気を楽しむ。


 串焼きを食べ終えた後、リリカは再び元気よく跳ねながら近くの服屋へと向かった。店の中には様々な色とデザインの服が並んでいて、リリカの目が輝いているのがわかる。


「このワンピースかわいいなぁ。こっちのコートも暖かそう!」


 リリカはあれこれと服を手に取りながら楽しそうに見て回っている。その様子を見ていると、自然と笑みがこぼれる。


「ゲロ、ゲロ(リリカ、好きなものを選んでいいよ)」


 リリカは嬉しそうに頷き、最終的にピンクのワンピースと暖かそうな白いコートを選んだ。


 店員に支払いを終えたリリカは、店内で早速暖かそうな白いコートを着て嬉しそうにしている。

 よく似合ってるなと思っていると。リリカが笑いながら俺の前でくるりと回った。


「ふふふ、どうかな? 似合ってるかな?」


「ゲロゲロ!(すごく似合っているよ!)」


 その後、近くの露店に向かうとリリカにぴったりのイヤリングを見つけた。


(これ……魔法が込められているのにこの値段? 店主は価値に気が付いていないのか)


 魔法が込められたこのイヤリングは、彼女を守る力がある気がする。

 どっちにしろ、魔法が込められたアクセサリーが金貨三枚とは破格すぎる。


「ゲロゲロ(リリカ、このイヤリングをつけてみて)」


「え? これ、私に?」


 リリカの驚きと喜びが混じった表情を見て、俺は微笑んで頷く。


「ありがとう、カエルさん!これ、大切にするね!」


 リリカがイヤリングを耳に着けた、その瞬間、魔法の力が彼女を包み込むように感じた。彼女の笑顔はさらに輝きを増し、その喜びが俺の心にも広がっていく。


「はいおじさん、金貨三枚だよ!」


「おやおや、お嬢ちゃんなのにお金持ちだねぇ。金貨三枚確かに頂いたよ」


 新しい服と装備を手に入れたリリカは、まるで新たな冒険に向けて準備が整ったかのように見える。


「ゲロ(行こうか)」


 街の通りを歩いていると、冒険者たちが集まっている酒場の前を通りかかった。その中から聞こえてくる話し声が俺たちの耳に届く。


「おい、光の神殿のこと聞いたか?  あそこに行けば、どんな願いも叶うって噂だぜ」

「そうそう。でも、あそこには強力なガーディアンがいるらしい。生半可な冒険者じゃ太刀打ちできないってさ」

「でも光の神殿って街でも禁忌とされる場所でしょ。新人冒険者の私たちで行けるの?」


 リリカが立ち止まり、興味津々で酒場の中を覗き込む。俺も彼女の肩からその様子を伺う。


「なぁに、みんなびびってるだけだぜ。俺たちで光の神殿攻略してやろうぜ!」

「そうだよな。誰も光の神殿に近づかないのはおかしいもんな」

「誰も近づかないってことは……お宝が山のようにあるんじゃない!?」


 新人冒険者たちは光の神殿の話で盛り上がっている。


(三つの秘宝の中の一つ、光のルミナスミラーがある光の神殿に新人冒険者たちで行けば……間違いなく全滅する)


「カエルさん、あの話本当かな?  わたしたちも行ってみたいな」


「ゲロ、ゲロゲロ(ああ、だけどこの冒険者たちは危うすぎる)」


 仮に付いていくと言っても、リリカの言葉に新人冒険者たちは耳を貸さないだろう。


 どうしようかな? 後ろから付いていってもいいけど、リリカは俺ほど隠密に長けているわけでもないしな。


「多くの冒険者が帰ってこなかったって話もある。あのフォルクハート氏ですら断念した光の神殿だぜ。それを俺たちが攻略したら名声も富も手に入る!」


 新人冒険者たちの、何も知らない無知な笑い声と同時に一つ閃いた。


 ダリエルに口利きをしてもえばいいんだ。

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