第33話 真なる平和

 リリカの声は静かでありながら、心の奥底から絞り出したような強い響きを持っていた。彼女がずっと抱いてきた願い……リリカは俺のそばで戦い続け、いつも支えてくれた。そして、その小さな心の中に、俺に気づかれないように隠していた願いがあったのだ。


 その瞬間、鏡の光が彼女の願いに応えるように、一気に神殿全体を包み込んだ。光はさらに強さを増し、目を閉じても感じられるほどの眩しさが広がっていく。リリカの願いは、まさに純たる真の心が生み出すものだと確信した。


 次の瞬間、全てが静かになった。


 光が徐々に弱まり、俺たちの視界に神殿の内部が再び現れ始めた。そこには、変わらずリリカが立っている。しかし、何かが違う。彼女の姿が以前とは少し変わって見えた。彼女はゆっくりと俺の方を振り向き、目に涙を浮かべながら微笑んでいた。


 「カエルさん……」


 彼女の声が震えながらも喜びに満ちている。俺は少し戸惑いながらも、そのまま彼女の方へと歩み寄った。リリカはじっと俺を見つめ、その言葉を続けた。


 「ずっと……お話がしたかったの」


 「……え?」


 その言葉に、俺は一瞬何を言われたのか理解できなかった。だが、次の瞬間、頭の中に鮮明な感覚が広がった。


 「リリカ……今、俺と話してるのか?」


 自分の声が出た。まるで人間の声がカエルの体から響き出しているように、言葉が俺の口から発せられていた。いつもなら「ゲロゲロ」としか表現できなかったのに、今はリリカの言葉に答える形で、普通に言葉を交わしていることに気づいた。


 リリカの瞳がさらに潤んで、俺の目をしっかりと見つめている。


 「そう、そうなの! 本当に話せてるんだよ、カエルさん!」


 俺は驚愕と喜びでしばらく言葉を失った。リリカの願いは、俺と話がしたい――ただそれだけだったのか。彼女がずっと抱えていた願いが、こんなにも純粋で、俺の存在を大切に思ってくれていたのだと、強く感じた。


 「リリカ……お前の願いって、俺と話すことだったのか?」


 俺の問いに、リリカはコクンと頷いた。


 「そうだよ……ずっと、カエルさんと本当に話がしたかったの。カエルさんは私を守ってくれたし、いつもそばにいてくれた。でも、話せないままじゃ本当に伝えたいことが伝えられなかった……だから、この願いを叶えたかったの」


 その言葉に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。これまでリリカが俺のことをどれほど大切に思ってくれていたか、それを感じながらも、その想いに応えられなかった自分が、ようやく彼女と正面から向き合える瞬間が訪れたのだ。


 「リリカ……ありがとう。俺も……こうして話せて、本当に嬉しい」


 言葉を交わし合える喜びが俺の胸に満ちていく。この瞬間こそ、彼女がずっと望んでいた願いだった。そして俺もまた、リリカの心に直接応えることができるこの瞬間を、心から大切に感じていた。


 リリカは俺の手を取って、力強く握り返した。その手の温かさは、今まで以上に確かなもので、言葉にできないほどの安心感を与えてくれる。


 「これからも一緒だよ、カエルさん。ずっと一緒に歩んでいこうね」


 俺は力強く頷いた。リリカと共に、言葉を交わしながらこれからの未来を切り開いていくこと。それが、これからの俺たちの道だ。


 ♦


 リリカが俺と会話できるようになり、旅は驚くほど順調に進んだ。互いの思いを言葉にできることで、俺たちの絆はさらに深まり、どんな困難も二人で乗り越えられるという自信が湧いていた。俺がかつて感じていた孤独は、リリカの声がその隙間を埋めてくれた。


 一つだけ困ったのはリリカが全ての魔物と会話できることで、道中にさまざまなトラブルが増えたことぐらいだ。人間がゴブリンを追っていると思ったら、その人間たちはゴブリンからおいはぎをしていることが分かって、ゴブリン側に加勢することになったりと。


 まぁ、ささいなトラブルだけど。


 光と闇の力を受け入れた俺にもはや敵はなく、秘宝の守護者、七死天にも苦戦することなく、残りの秘宝を手に入れて神秘アルカナダンジョンへと向かい結界を元に戻した。


「これからどうするの? 結界がもとに戻ったから旅は終わり?」


 リリカが俺にそう問いかける。彼女の大きな瞳が不安げに揺れながらも、何かを期待しているようにも見えた。確かに、結界を元に戻したことで、旅の大きな目的は達成された。だけど、俺はまだこの道の先に何かが待っているような気がしていた。


 「そうだな……結界が元に戻ったことで、世界は一時的に平和になったかもしれない。だけど、俺たちの旅が本当に終わるかどうかは、まだわからない」


 明るい陽光が神秘アルカナダンジョンの中間層にいる俺たちを照らしている。風は穏やかで、鳥たちのさえずりが心地よく聞こえていた。旅の終わりにふさわしい静けさと平和が、確かにそこにはあった。


 だが、心の奥では何かがざわついていた。結界を修復しても、根本的な問題が解決したわけではない。世界の闇が完全に消え去るわけではなく、かつての魔王との戦いで知った深い闇は、依然としてこの世界のどこかで息を潜めているかもしれない。


 リリカが少し戸惑った表情で俺の顔を覗き込む。「じゃあ、まだ終わりじゃないってこと?」


 俺は微笑みながら首を横に振った。


「旅は一つの区切りを迎えたけど、これから何が待っているかは誰にもわからない。今の俺たちには、戦う理由はなくなったけど、世界を守るためにはこれからも見守っていく必要がある」


 リリカは少し考え込んでから、また俺の顔を見つめて微笑んだ。


「それじゃあ、私もカエルさんと一緒にずっといられるってことだね!」


 その言葉に、俺は思わず笑みがこぼれた。「そうだな、俺もリリカと一緒にいるのが一番だ」


 リリカは俺の手を取って、明るい笑顔を見せる。彼女と共に歩む旅が、こうして続くことが俺にとっても最大の喜びであり、未来への希望だった。


 「次はどこに行こうか?」と、リリカが少し興奮気味に聞く。


 「次は……そうだな、今度はただの旅として色々な場所を回ろうか。戦いや魔物に追われることもなく、ただの冒険として」


 リリカは満面の笑みで頷いた。「それ、いいね!色々な動物や人たちと話してみたい!」


 俺は彼女の元気な様子に少し安心しながら、これから始まる新たな旅に思いを馳せた。戦いに明け暮れた日々は終わりを迎え、これからはリリカと共に新しい未来を切り開いていく。光と闇を受け入れた今、俺にはどんな困難も恐れることはない。守るべきものを胸に、俺たちの旅は再び始まるのだ。


「その前に妹たちに会いたいな。妹たちは蟻の姿だけどリリカは大丈夫かな?」

「蟻さん? 大丈夫だよ! それよりも……」


 リリカが不安げに俺を見つめる。


「カエルさん、蟻さんを食べちゃわない?」

「リリカ、俺は確かにカエルの姿だけど、虫なんてリリカの前で一度も食べてないだろ?」

「リリカの前で? やっぱり食べてるんだね!」

「いや、これは本能というか……」


 こんな感じで俺たちの旅は終わらない。




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カエル勇者の冒険譚~アリからカエルへ、無双の道 帝樹 @taikihan

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