カエル勇者の冒険譚~アリからカエルへ、無双の道
帝樹
第1話 血の蟻
どうしてこうなったんだ。
俺はかつて魔王を倒した勇者だ。自分の力が脅威だっていうのはわかるけど、だからって国ぐるみで暗殺を企てるなんて、普通じゃないだろ。
あーあ。賢者に頼りすぎて、デバフ解除系のスキルを何も習得していなかったのが裏目に出たんだろうな。
未練という未練はないけど、女性と付き合ったことがないのは少し心残りだな。にしたってこれはないだろう。
魔王を倒した時、女神さまが転生を約束してくれたはずなのに、蟻のモンスターって。
まぁ、蟻のモンスターといえどめったにお目にかかれない
どうして蟻なんだよ! もっと他にあるだろう、貴族の息子とか、全然知らない世界に転生とかさ。目が覚めたら知らない洞窟の片隅、しかもなんか穴の中って……。
女神さまのバカ。
卵から出て水たまりを見た俺が、今の状況を理解してそんなことを思っていると、他の2つの卵も割れだして中から蟻が飛び出してきた。
(え? 小さい蟻だけどモンスター…だよな?)
兄妹? の誕生の瞬間だけど、卵からだと全然感動しないもんだな。ってそんなこと考えている場合じゃない、これからどうするかを考えないと。
蟻といえど命にかわりはないんだ。ここは転生できたことに感謝するべきなのかな?
蟻だけど、蟻だけれども、蟻であっても! 命ある限り精一杯生きてみるか。良いことあるかもしれないし。
「先に孵化したのがいるー」
「本当ですね。私たちは基本的に同じ瞬間に孵化するはずですが」
(喋った!?)
俺はモンスターが喋る事と、蟻の言葉が理解できる事に少しだけ驚いた。
(このブラッディアントのメスの二匹は兄妹……でいいんだよな? モンスターの、それも蟻の生態なんて全然知らないけど大丈夫だよな?)
少し不安になりながらも、二匹に話しかけることにした。
「おはよう君たち。先に孵化した俺はお兄ちゃんだな、よろしくな」
「お兄ちゃんってなにー?」
「お兄ちゃんとはあなたの個体名称でしょうか?」
なに!? お兄ちゃんっていう概念もないのか。個体名称……すなわち名前のことを示すのかな?
「個体名称じゃないなぁ。君たちはその――なんて呼べばいいかな?」
名ありの
一号、二号って呼ぶわけにもいかないし、いったいモンスターたちはどうしているんだろうか。
「名前って? 私たちはブラッディアントだよ?」
「私たちはまだ孵化したばかりですし、個体名称、名前がつくとすればそれは長い年月が必要だと直感が告げています。まぁ長い年月を生きる、というのが一番の難関でしょうね」
やはり名前はない……か。しかし困った、これから協力して生き抜いていかなきゃいけないのに、名前がなくては意思疎通も情報伝達もすごくやりにくい。
しかし、こう考えると名前って大事なんだな。人間の時はそれが当たり前だったけど、当たり前は立場が違えばこうも変わるものなのか。
ブラッディアント……いや、すべてのモンスターがそうなのだろうか? 名前がないって――なんかさみしいよな。
「よし、なら俺が名前を付けてあげよう。まず触角が少しフニャフニャの君、君の名はアリコだ。そして触角の先っぽだけが曲がっている君、君の名はアリミだ。そして俺の名はブラッド、ブラッドお兄ちゃんでいいよ」
俺が名付けたその瞬間、頭の中に声が響いた。
≪EXスキル、
女神様の声が聞こえる……やっぱり前世と同じだ。
「女神様、ステータスの確認をお願いします」
≪名前:ブラッド
種族:蟻族
分類:ブラッディアント
希少度:
職業:勇者
状態:ノーマル
レベル:1
体力:C
魔力:E
攻撃力:C
防御力:E
敏捷性:B
スキル:
不屈の
蟻の
蟻の
虫の報せ《バグシグナル》
EXスキル:
命の
勇者っていうのは転生前の職業か。でも、転生したらスキルもEXスキルも全部失ってるし、ステータスも全然違う。まぁ剣技のスキルがあっても、この体では意味がないからいいか。
EXスキルが二つもあるのは、ありがたいと思うしかない。どれも聞いたことがないスキルだけど、きっと女神様が授けてくれたんだろう。
それにしても、ブラッディアント……ステータスが本当に低い。
魔王領内の常闇の洞窟で一度だけ見たことがあるけど、ブラッディアントの存在を知っているのは俺だけかもしれない。
恐らく俺以外にブラッディアントの存在を知っている人間は、もうこの世にいないと思う。
ブラッディアントは有機物も無機物もなんでも食べる。昔に個体数が減っていたのは人類にとって良かったんだろう。
今だって、もうめちゃくちゃお腹が空いてる。
「ブラッドお兄ちゃん、お腹空いたよー。お肉が食べたいよー」
「私はお肉……じゃなくてもいいけど。確かにお腹が空いてきたのは事実」
俺がEXスキルで名付けたアリコとアリミはお腹を空かせているようだ。
孵化したてとはいえ名ありの
ただこの洞窟……すごくいやな雰囲気だ。 俺は気持ちを切り替えて辺りを見渡す。
光の欠片すら存在しないその空間は、まるで全ての光を飲み込むかのような深い闇が広がっている。黒というより漆黒の闇という表現の方がしっくりくるかもしれない。
名ありの
「アリコとアリミはスキルの使い方を知っているのかな?」
「あー、うん。なんとなくだけど分かるよー」
「これは本能的なものでしょう。私もスキルの使い方に関しては問題ありません」
本能で理解できるとはさすがモンスターだな。
スキルの使い方とか教えてもらってどうのこうのやってたらモンスターといえど、すぐに外敵にやられてしまうもんな。
「じゃあ蟻の
「蟻の
ブラッディアントの固有スキル、蟻の
盗賊マスターなんかが持っている、相手のステータスを確認できるスキルも便利だけど、相手を視認しないと使えない。
でも、この蟻の
つまり、離れていてもスキルをお互いに発動さえすれば、ステータスを確認できるってわけだ。
もし俺たちが何かの理由で別々に行動しないといけなくなったとき、パッシブスキル、虫の報せ《バグシグナル》で何か不穏な気配を感じたら、蟻の
蟻の
アリコは攻撃力が少し高めのステータス、アリミは魔力が少し高め。
そして俺は敏捷性が高い。俺が斥候および前衛でかく乱、アリミが
モンスターって中々すごい。人間でもこんなポンポンとEXスキルを獲得するなんてできないのにな。
あ! そういえば名前が付くのは長年――みたいなことを言ってたっけ。まぁいっか。
俺は二匹に基本的な戦闘の流れを説明して、別行動時はいつ虫の報せ《バグシグナル》が発動してもいいように心がける事。
虫の報せ《バグシグナル》が発動したら危機的状況に陥ってなければすぐに蟻の
「アリミのEXスキルの使いどころは俺が決める。アリコのEXスキルは……基本使わない方針でいこう。むしろアリコのEXスキルを使わなくてもいいように俺が頑張るよ」
「うん……ブラッドお兄ちゃんの言う通りにするよー」
「分かり……ました……」
二匹に作戦を伝えたけど、アリコとアリミは浮かない顔をしている。
「どうしたんだ? もしかして説明が難しかったかな? もう少し詳しく説明しようか?」
「ちがうよー。ブラッドお兄ちゃんだけずるいー」
「私も同意見です。ブラッドお兄ちゃんだけずるいです」
ずるい? 俺がなにかしたのかな?
あぁそうか。俺が斥候で先に相手を食べて独り占めしちゃうかもなんて思ってるんだな。
この食いしん坊さんたちめ。
「大丈夫だって。お兄ちゃんなんだから獲物の独り占めなんてしないよ」
「それもちがうー。なんなのそのお兄ちゃんのステータスー。私たちと全然ちがうじゃんー」
「EXスキルも二つ獲得している。私のように特定の条件が必要でもないですし、アリコのようにリスクが伴うわけでもない。 それに……職業勇者ってどういう――」
ステータスが違う? 確かにそうだけど、ブラッディアントだったらそんなもんじゃないか?
曲りなりにも俺は一応元勇者だし、ちょっとぐらい他より強いのはそういうものだと思ってたけど。って今は勇者の言い訳をしなきゃだな。
「職業の話……ね。実はな、俺たちブラッディアントは先に孵化したやつが職業を獲得することができて自由に選択できるんだ」
俺はいい言い訳が思い浮かばず、とっさに考えた稚拙な言い訳をしてみた。
「えーなにそれー」
「そんな情報、私たちの中には存在しません」
懐疑的な視線が俺に向けられる。でもこれ以上に現状に合う言い訳は思いつかない。
(このまま押し通してしまおう)
「まぁ事実だからしょうがないじゃん。それに確認しようがないだろう? もう俺たちは孵化してしまった訳だし」
「むぅーわかったよー」
「今はそれでいいとして、勇者を選択って……ブラッドお兄ちゃんは分かっていますか? 勇者って我々モンスターにとって毒であり害であり共通の敵ですよ」
俺が実は元勇者なんだって言ったら妹たちはどんな反応をするんだ? 想像もしたくないから考えるのはよそう。
「まぁまぁ。お腹もすいたしさ、ここから出て獲物でも捜しに行こうじゃないか。早くなにか食べたいだろう?」
俺の一言でお腹を空かせた妹たちは、勇者の話なんてもう忘れてしまったようだ。
「はやくいこうよブラッドお兄ちゃん!」
「アリコ、ちゃんとさっきの作戦の通りに動くのよ」
「分かってるよー。アリミちゃんは堅すぎなんだよー」
「分かった分かった。ほら、行くぞ」
俺はぶつくさ言い合う二匹をいさめて、三匹で穴から抜け出した。
洞窟は基本的に高レベルのモンスターの住処になりやすい。逆に低レベルのモンスターの巣になっていることもある。後者にかけたいとこだけどそれは普通の洞窟の話。
ここがもし、ダンジョンの洞窟だったら……狩りどころか生き抜けるかどうかの話になってくる。
≪虫の報せ《バグシグナル》が発動しました≫
さっそくパッシブスキルが何かを感知したな。妹たちに目をやるとアリミとアリコもちゃんと身構えている。
「アリミは後方でスキルをいつでも発動できる準備! アリコは後方からの奇襲に注意しつつアリミのフォロー!」
俺は二匹に指示を出しながら嫌な気配を感じる方向へ向かうと、そこにはやつらがいた。
なのに、なんでここにも
しかも、単体ならまだしも群れを成している。このステータスで、いける……か?
いや、やるしかない!
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