第2話 黄金兎
金色の体毛に、同じく金色の瞳を持つ神秘的な生き物、その名も
おとぎ話でしか聞いたことがない存在が、目の前に数十体もうごめいている。
一方で、こちらはステータスが貧弱なブラッディアント三匹。
力の差は歴然……だけど、
「ははは」
と、絶望的な状況にも関わらず、笑い声が漏れた。
今の俺は確かに弱い。
かつての仲間たちがいたら、こんな状況も簡単に切り抜けられただろうな。あの賢者なら、傷を一瞬で癒してくれた。魔法使いの一掃魔法や、盗賊のバフと状態異常、そして戦士の勇ましい笑顔……。
でも、今はいない。これが現実で、今の現状だ。
それでも、なぜか心は躍っている。
ワクワクするのか、ドキドキするのか、そのどちらもが混じり合ったようなこの感覚に適切な言葉は見つからない。ただ、胸の奥が熱くなるのを感じるんだ。
「精一杯生きる」と決めたんだ。
こんな場所で絶望している時間なんてないだろ俺。
勇者だったから強かったわけじゃない。強かったのは、俺が俺だからだ。
俺は今、
でも、これはドラゴンの巣での寝床をめぐる戦いを思い出せば、ほんの小さな挑戦に過ぎない。
だけど、確かに今の俺のステータスは以前より遥かに低い。
だからなんだって言うんだ? 転生前の俺は勇者だからと何もせずに魔王を倒せたわけじゃない。
戦いに戦いを重ねてきた。
戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って
それぞれの戦いが、俺を形作ってきた。その経験、知識、そしてなにより、誰もが認めるスキル欄には表示されない俺だけの固有スキルと呼ばれている、「戦闘狂の
これは転生しても、生まれ変わっても、俺が俺である限り、決して失われることはないと思う。
今ここで示してやるさ。俺がなぜ勇者だったのか、そしてなぜこれからも変わらず強いのかをさ。
「おい、そこの兎たち! こっちを向けぇ!」
俺は挑発するように黄金兎たちに声をかけたが、小さなアリの声は届かなかった。兎たちは耳がいいはずなのに……。
(くそ、妹たちの前でかっこうつかない。だから、挽回といこうか)
「アリミ、合図したら俺を目標にして
「当然です」
「えー! 私も何かやりたいなー」
アリコは静かにうなずき、その場で待機態勢に入った。俺は周囲を見渡し、もう一度作戦を頭の中で確認する。
戦略は決まっている。あとはそれがうまくいくかどうかだ。
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。そして、決意を胸に前進する。
「行くぞ!」
俺は一気に群れへ突撃した。
この戦いに勝つためには、全ての感覚を研ぎ澄まさなければならない。
戦略がうまくいかなった場合、最悪の場合は全滅もありえる、これは一種の賭けだ。
何一つ無駄は許されず、何一つのミスも許されない状況。
俺の戦略に穴はないはずだ。でも失敗したとき妹たち、そして俺はどうなってしまうのか、その重大なリスクも頭をよぎる。
うまくさえいけば、いや、うまくいかせるんだ!
「アリミ、今だ!
「
アリミは俺を狙って
これでいい。
アリミの魔力が尽きるか、俺が持つかの勝負だ。
「来い、
俺は迅速に動き、黄金兎たちの真ん中に飛び込む。
右に左にと動き回りながら、まずは一番近い兎に噛み付く。
俺の顎が軽く兎の肉を切り裂き、その兎は一撃で倒れ女神さまの声が聞こえる。
≪レベルが2に上がりました≫
「耐久力はほとんどないな。行けるぞ、アリミ!」
「もうやっています!
黄金兎たちが仲間が倒れたことに気づき、一斉に俺に向かってくる。その目には怒りと恐怖が見える。
「こうなるとただの兎だな。悪いが、お前たちは俺たちの糧になってもらう」
俺は全速力でアリミとアリコのもとへと戻る。
「フィニッシュだ! アリコ、周囲に
「ええっ、ここで私の出番なのー?
アリコのスキルは
アリミの
「え? これがブラッドお兄ちゃんの計画?」
「すごーい! アリミちゃんにスキルを使わせ続けたのは、これを狙ってたのー?」
俺は彼らを自然の牢獄に閉じ込めた。周りの地面を溶かし、兎たちが動けない環境を作り上げた。
(蟻、いや、モンスターになっても俺の戦闘センスは衰えていないな)
「初戦闘でこんな……ステータスが高いだけじゃなくて戦闘慣れしてる? やっぱりブラッドお兄ちゃんはずるいです」
「でも、下にいたら私たちも近づけないよー? お肉が食べられないよー」
「大丈夫だ。忘れてしまったのか? 俺たちはアリのモンスターだぞ」
「それもそうですね、穴を掘ってあそこまで行けばいいのだから」
「穴が小さくて兎たちは入ってこれないから安心だね!」
これで作戦は完璧。我ながらよくやったと自分をほめたいぐらいだ。
三匹の体の大きさはせいぜい人間の手のひら程度、だから小さな隙間だって利用できる。それが俺たちの強みだ。
「さあ、待ちに待ったご飯の時間だ! 」
俺たちは穴を掘り
しかし、最後の仕上げが残っている。まだ
このまま突っ込んだら手痛い反撃を食らうかもしれない。
まぁそうはならないし、させないんだけど。
穴が
「アリミ、女王蟻の
「はーい」
「ここが絶好の使い時ってわけですね」
アリコが上に少しだけ穴を掘り、その穴の中に俺とアリコは入る。
そして穴を埋めたことを確認したであろうアリミが、EXスキルを使う声が聞こえる。
「女王蟻の
俺とアリコは少しだけ時間を置いてからアリミの元へ戻った。
「いやいや、アリミのEXスキルも中々強力だよな」
「強力……ですか? 私以外の生物を眠らせる、って使いどころが限定的すぎて私はそんなに強力だとは思わないです」
「わぁーい、お肉がいっぱいだよぉー」
孵化したての俺たち三匹の初戦闘は全員が無傷の完全勝利で終わった。
さぁていっぱい食べるぞーと行きたいところだけど……。
「アリミ、アリコ、君たちが先に食べるんだ。お兄ちゃんはあとでいいからな」
モンスターでも兎だから食べられる……よな? 生でも問題ないよな?
せめて炎の魔法が使えたらなぁ、ちょっと生は抵抗あるよなぁ、なんてことを考えている間に二匹のいただきまーすという元気な声が聞こえてきた。
(うんうん、元気いっぱいでよろしい)
「おいしいー。ブラッドお兄ちゃんも早く食べなよー! お肉なくなっちゃうよー!」
「アリコ、あなたどれだけ食べる気なの!?」
アリミとアリコは夢中で食べつつも、時折俺にも早く食べろとせかしてくる。
いやー、でもなぁ。モンスターを食べるってなぁ……食べるしかないのは分かってるんだけどさぁ。背に腹は代えられいって言うし、なにより空腹がもう限界だ。
俺が
「何か来た!」
と叫んだ。
何がきたんだろうか? グルメセンサーみたいなのがアリミにはあるのか?
「ブラッドお兄ちゃん見てて。
俺はアリミが発動させた新たなスキルをみて驚愕した。
(嘘だろ? アリのモンスターが炎系のスキルを獲得ってそんなことあるか?)
これは……
でもなんで炎系のスキルなんだ? 実は
「アリコ、君は特になにもないのか?」
「ないよー。もう三匹目を食べ終わるところだけどなにもないー」
なるほど、こうなると
勇者として旅を続けて色々なところをさまよったけど、こんな不思議な事は初めてだ。
今の状況を理解できればもっと強くなれるんじゃないか? などと考えていると、アリコが四匹目を食べ始めたときにそれは起きた。
「ブラッドお兄ちゃん! 私もー!
アリコがスキルを発動するとアリコの甲殻が変化した。
「え……?」
俺は驚きのあまり少し固まってしまった。
アリコが新たなスキルを獲得したこともそうだけど、俺はこのスキルを知っている。 このスキルは東の大陸の海岸沿いでよく見かけるモンスター、シータートルのスキルだ。
アリミは炎系のスキルを、アリコはシータートルのスキルを獲得した。
もしかして、これって……。
俺はアリミが放った
うーん、味がしない。見た目はおいしそうなのに残念だ。アリコがおいしいと言っていたから期待していたんだけどなぁ。
もしかして、アリだから味覚がないのかもしれない。アリコがおいしいと言っていたのは、食べることによる幸福感から来ているのかな。
それに、特に何も起きない。
続けて別の黄金兎の肉を一口食べてみた。
≪
毒無効……このスキルを持っていたらあの時に死ぬことはなかったのにって、そんな場合じゃないだろ俺!
やっぱり! 俺の推測は正しかったんだ!
昔話には、太古の創造神たちが神々の遊び《スキルガチャ》を楽しんでいたと記されていた。
これこそ、まさにそれだ。
あの話で創造神たちが食べていたのは
確か
ランダムかぁ。ブラッディアントに転生してどうなるかと思ったけど、獲得できるスキル次第で以前の俺を超えられるかもしれないな。
まあ、はずれスキルばっかりって可能性もあるわけだけど。
とりあえず今は、
「いっただきまーす」
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