第13話 追手

 たくさん集めた果物を食べ終えると、


「カエルさん! わたしカエルさんにお返しがしたいの!」


 唐突にリリカはそんな事を言い始めた。

 少し驚きながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。


「あのねカエルさん、その……服……着てないよね? だからね、服を作ってあげたいと思ってるの」


(……!)


 そうだった……確かにそうだ……俺は……俺は服を着ていない。

 カエルだからそんな事は完全に失念していた。


 二足歩行で歩く事に慣れてきてなにも思わなくなっていたけど、なにか不自然というか変な違和感を確かに俺は覚えていた。


 緊急事態だ、この問題は早々に解決しなければならない。


 だって、今はカエルだとはいえ……いや、何も言うまい。


 リリカが服を作ってくれると言っているんだ。俺はそれを楽しみに待てばいいんだ。


「ここらへんにある木とか草で、いいのが作れると思うのちょっと待っててね」


 リリカはそう言うと、小さな手で近くの大きな葉っぱやツタ、柔らかい樹皮を集め始めた。その手際の良さに、俺は彼女の意外な一面を見た気がした。


 リリカは熱心に素材を集め、器用に手を動かしながら服を作り始めた。

 葉っぱを丁寧に編み込み、ツタを糸のように使って縫い合わせていく。

 その様子はまるで魔法のようだった。彼女の真剣な表情には、これまでに見たことのない集中力と決意が感じられた。


 時間が経つと、リリカはついに一着の服を完成させた。彼女は満足そうにそれを手に取り、俺に見せた。


「できた! カエルさん、これを着てみて!」


 リリカが差し出したのは、森の緑に溶け込みながらも、カエルの体にぴったり合う服だった。

 装飾はシンプルだが、しっかりとした作りで、温かみを感じさせるデザインだ。

 大きな葉っぱが肩と背中を覆い、ツタがベルトのように腰に巻かれている。柔らかい樹皮が胸と腹を守り、全体的に動きやすく設計されていた。


 俺はその服を受け取り、慎重に身にまとった。彼女が見守る中、体にフィットするように調整する。驚くほど快適で、動きやすい。


「ゲロゲロ(すごい、リリカ。ありがとう。これなら快適に動けるよ)」


 リリカは嬉しそうに微笑み、その表情に俺も自然と笑顔がこぼれた。彼女の手作りの服は、まるで俺のために作られたかのように完璧だった。


「カエルさんにぴったりだね。これで森の中でも目立たないし、きっと安全だよ」


 リリカの笑顔とその言葉に、俺は心から感謝の気持ちを感じた。彼女の優しさと手先の器用さに、俺は改めて感心した。


「ゲロゲロ(ありがとう、リリカ。本当に助かるよ)」


 彼女の温かい心遣いに、俺は胸がいっぱいになった。この瞬間、俺たちの絆がさらに深まった気がした。


「えへへ、よろこんでくれてるんだね? でもね、まだあるんだー。はい、これを受け取って」


 リリカは手に持っていた何かを俺に差し出した。それは、リリカが丁寧に加工した木の枝で作られた短剣だった。


「森の中で見つけた木の枝で作ったの。カエルさんのためにね!」


 そうか、何かを俺に見えないように作っていたのはこれだったんだな。


 木の枝はしっかりと削られ、持ち手には柔らかいツタが巻かれていて、滑りにくいようになっていた。先端は鋭く、軽量で取り回しが良さそうだ。


 俺はその短剣を受け取ると、体に力がみなぎってきた。


「ゲロ……ゲロゲロ(これは……すごい)」


 俺は元勇者だ。もちろん伝説の聖剣だって携えていた。

 武器は武器、敵を倒すための、命を奪い取る為のただの道具だと俺は思っていた。


 でもこの短剣は違う。

 聖剣みたいな聖なる力は感じないが、それ以外の強力な力を感じる。

 それは奪うのではなく守る力だとはっきりと確信できた。


 俺はその短剣を一度軽く振ってみると、光の軌跡が一瞬だけ浮かび上がった。

 その光はまるでリリカの優しさと努力が形となったような輝きを放っていた。


「え……? カエルさんすごい! まるで勇者様みたいだね。ねぇ知ってる? 勇者様はすごいんだよー」


 リリカは目を輝かせながら、俺にまつわる逸話を語り出した。

 彼女が話すのは、まさに俺自身のことだった。


 かつての戦い、数々の困難を乗り越えて魔王を倒したこと。そして、その勇者がいかにして人々に希望を与えたかを。


「リリカは信じていたの。いつか、いつかは必ずリリカを勇者様が助けに来てくれるって。血みどろ勇者なんてひどい呼び方をする人もいるけど、きっと勇者様だって望んでそんな事をしたんじゃないってリリカは信じてるから」


 リリカの純粋な言葉が胸に響き、俺は彼女の信頼に応えたいと強く感じた。


「だからね、姿は違うけどカエルさんがわたしにとって勇者様なんだよ?」


 リリカの言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。

 カエルの姿になっても、こうして誰かに必要とされることができる。


 俺は間違っていなかった、そう思わせてくれる。


 その時、遠くで馬が駆ける音が聞こえてきた。


 俺の耳が警戒音を拾い、体が反応する。この音は……複数? いや、それどころか数が多すぎる。


 胸が強く脈打ち、体が一瞬で引き締まった。

 俺は完全に警戒を解いていたので察知するのに遅れてしまった。


 すぐにリリカを庇うように前に立ち、音のする方向に視線を向けた。


「ゲロゲロ!(リリカ、危険だ。すぐに身を隠してくれ!)」


 リリカは一瞬驚いたが、俺のジェスチャーで理解し、すぐに身を隠した。彼女の顔には不安と緊張が浮かんでいる。


「カエルさん、どうするの?」


「ゲロゲロ(心配するな、俺が守るから)」


 俺は周囲を見渡し、敵の数を把握しようとした。

 馬の蹄の音がどんどん近づいてくる。その数は確実に十以上。


 これは単なる通行人ではない。


 追手か?それとも新たな敵か?

 俺は冷静に、しかし迅速に次の行動を考えた。

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