第12話 名前

 夜が明け、太陽が森の隙間から顔を出すと、朝の光が淡い金色に輝き、木々の間から柔らかく差し込んでくる。

 光の粒が朝露に反射してキラキラと輝いていた。小川のせせらぎと鳥たちのさえずりが静かな朝の風景に溶け込み、まるで新しい始まりを告げるようだ。


 俺たちは小川のほとりで休み、昨日の疲れを少しだけ癒すことができた。冷たい水の音と朝露の香りが、心を落ち着かせる。


 彼女はまだ眠っている。彼女の顔に差し込む朝の光が、金色の髪を柔らかく照らし、穏やかな寝顔がさらに美しく見える。彼女のまぶたが微かに動き、夢の中で何かを感じ取っているようだった。


 昨日、一緒に果物を食べている時に、彼女が小さくこぼした言葉。


『わたしには名前がないんだ』と。


 名前がないということは、誰にも認識されていない、個人として認められていないということだ。

 それがどれほど辛いことか、俺にはよくわかる。彼女にふさわしい名前を与えることで、彼女に新たな希望を持たせたいと思った。


 彼女が幸せに生きる世界の第一歩として、名前を与えることにしたんだ。


 彼女が目を覚ます前に、EXスキルの万物命名エクソダス・オブ・ネーミングを発動することを決意した。このスキルが本当に人間にも適用できるのか、それはまだ分からない。


 俺もまた、かつては名のない存在として生きてきたことがあり、名前が持つ力を痛感じている。名前は単なる識別のための記号ではなく、自分が存在し、認められているという証だ。

 彼女にその証を与えることで、彼女の未来が少しでも明るくなることを願った。


 俺は心を落ち着かせ、集中する。

 全身が温かい光に包まれ、その光が彼女の周囲にも広がっていく。

 スキルの力を感じながら、彼女の新しい名前を心の中で唱えた。

「リリース」と「カエル」を組み合わせた名前が心に浮かんだ。

 新しい未来へ羽ばたく意味を込めて、


「リリカ」という名前がふさわしいと思った。


 俺は手で「L」と「K」を空中に描き、彼女の名を心の中で唱えた。スキルの力が彼女に伝わり、光がさらに強まった。その瞬間、彼女の体が輝きに包まれた。


 しばらくして、光が収まり、彼女が目を覚ました。彼女は目をこすりながら、周囲を見渡した。その瞳には一瞬の混乱と、次第に理解と驚きが広がっていくのが見て取れた。


「……?」


 俺は彼女の目を見つめ、名前を伝えようとした。しかし、彼女はすでにその名前を理解しているようだった。


「リリカ……わたしの名前?」


 俺は首を縦に振り、リリカに微笑んだ。彼女の目には喜びと希望が満ち溢れていた。


「ありがとう、カエルさん……こんな素敵な名前を……」


 リリカは涙を拭いながらも、その表情は笑顔に変わった。

 その笑顔には、これまでの苦しみから解放され、新しい希望を見出した喜びがあふれていた。


「わたし、リリカとして……頑張るね。もう一人ぼっちじゃない。カエルさんがいてくれるから」


 リリカの言葉は、俺の胸に深く響いた。

 名前が与える力、それが彼女にとってどれほどの意味を持つかを、改めて感じた。


「ゲロゲロ(もちろん、リリカ。一緒に頑張ろうな)」


 リリカにとって新しい一日が始まる。

 もうこれは一種の転生だと言っても過言じゃない。


 俺は守るものが増えたが特に苦だとは思っていない。

 人間界全ての命を背負って戦ってきたんだ。


 アリミ、アリコ、アリミア、そしてリリカ。


 彼女たちは俺が絶対に守る、守って見せる。例え血みどろ、例え魔王と呼ばれる事になっても俺は必ず守り切る。


 まぁまずは……朝ごはんだな! 記念すべき日だから最高の朝ごはんにしたい。


 俺は無意識に地面を掘り起こし、大物を探し始めた。

 地面を掘り進める手が力強く動く。土の中から何かを探し出す瞬間の期待感が、少しだけ心を弾ませる。


 主クラスの獲物を狙う俺にリルカが静かに言った。


「ふふふ、カエルさん、虫はいらないよ?」


 その声が耳に届くと同時に、俺は自分の手に握られた大きなミミズを見つめた。瞬間、冷や汗が背中を伝い、心臓が一瞬止まったように感じる。


(くそ! またやってしまった)


 俺は慌ててミミズを放し、内心で顔が熱くなるのを感じた。リリカの目には、その様子があまりにも滑稽に映ったのか、クスクスと笑い出した。


「カエルさんって、本当に面白いんだね。そんなにおいしいのなら、リリカも食べてみようかな?」


 リリカの笑顔は、まるで太陽の光がそのまま形を持ったかのように、温かく眩しい。彼女の笑顔に俺の心も和らぎ、少しだけ自分の失敗が許された気がした。


 俺は首を横に振り、


「ゲロゲロ(果物にしよう、そうしよう)」


 リリカはクスクスと笑いながら、


「そうだね、果物のほうがいいよね」


 どうやら俺の手振り身振りで分かってくれたみたいだ。


 彼女の笑い声が、朝の静かな森に響き渡り、その音色が俺の心にも暖かさを広げた。


 俺たちは果物をたくさん集めて豪華、とまではいかないけれど楽しい朝ごはんの時間を過ごした。


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