第17話 山大猩猩
朝日が昇り始め、薄紅色の光が大地を染める中、俺たちは険しい山道を歩き始めた。空気は清々しく、鳥のさえずりが耳に心地よく響く。
ダリエルが言うには三日もあれば山を越えられるとの事だ。アジトまで撤退と組織のやつらが言っていたけど、撤退って距離じゃないぞこれは。
道中、リリカが少し不安そうな様子で辺りを見回していた。
「あの山の向こうに、アジトが……でもカエルさんも一緒だから大丈夫……だよね?」
馬車で移動中、モンスターに遭遇する事故のあやふやで逃げ出したリルカはどこにアジトがあるのか、どう移動したのかは全く知らなかったらしい。
組織Dの奴隷として生きたリルカがその場所に戻ると言った。俺はその優しさに感動を覚えたが、彼女はまだ幼い。何があったか聞いていないし、聞くつもりもないけど、いい事はなかったに違いない。
俺はその不安さえ消してしまいたいと、リルカに向かって微笑みかけた。
「ゲロゲロ。ゲロゲロ!(大丈夫だ、リルカ。なんて言っても俺は勇者だからな!)」
リルカは少し安心した様子で頷いた。
「なんて言ってるか分かんないけど、はげましてくれてるんだよね。ありがとう、カエルさん」
ダリエルは周囲の様子を観察しながら、慎重に進んでいた。
「山道は危険が多いから、注意するんですぜお嬢ちゃん。特にこのあたりはモンスターが出没しやすい場所なんでな。まぁカエルの旦那がいるから問題ないとは思いますがね」
その言葉に、リルカは不安がすべて吹き飛んだような、太陽の様にまぶしい笑顔を見せた。
「カエルさんがいれば、何も怖くないよね! わたし、カエルさんのこと信じてるもん。大好きだよ、カエルさん」
俺はリルカの元気な声に励まされた。彼女は……希望そのものだ。
俺たちは険しい山道を進みながら、周囲の景色を楽しむことも忘れなかった。山道の両脇には、色とりどりの花が咲き乱れていた。赤や青、黄色や紫といった多彩な色が、まるで自然が描いた絵画のように広がっている。風が吹くたびに、花々は優雅に揺れ、その芳しい香りが鼻孔をくすぐる。特に、青い花びらがキラキラと輝くミスティックフラワーは、その美しさでリルカの目を輝かせた。
道中、木々の葉が日差しを柔らかく遮り、木漏れ日が地面に模様を描いている。木々は高くそびえ、緑のトンネルを形成していた。その緑の中を歩くと、まるで別世界に迷い込んだかのような静寂と神秘が漂っていた。
「こんなきれいな場所を歩くのは初めて」とリルカがつぶやく。その声には純粋な感動が込められていた。
「ああ、妻と娘にもこの素晴らしい景色を見せてあげたい……」
ダリエルがぽつりと呟いた。その声には深い哀愁と切実な願いが込められている。
俺は彼の言葉に心を打たれ、リルカの短剣を握りしめながら、心の中で強く誓った。
(ああ、俺が一緒にこの景色を見れるようにする。必ずな!)
「ゲロ、ゲロゲロ!(必ず、必ず救ってみせる!)」
俺はリルカの短剣を山の頂に向けて高く掲げた。その瞬間、短剣の刃が太陽の光を受けてきらりと輝き、ダリエルの目に一瞬の涙が浮かぶ。
「カエルの旦那……ありがとうございます」と、かすれた声で言った。
リルカはその様子を見て微笑み、「カエルさん、私も頑張るよ」と言ってくれた。その笑顔は、まるで朝日のように明るく、俺たちに勇気を与えてくれた。
俺はその笑顔に心を温められ、再び歩みを進める決意を新たにした。道中の苦難を乗り越えるためには、仲間たちとの絆が何よりも大切だと感じた。
険しい山道を進みながら、俺たちは一歩一歩確実に前進していった。自然が織り成す壮大な風景と仲間たちの絆が、俺たちの心を強くしてくれた。この先にどんな試練が待ち受けているのか、考えるだけで胸が高鳴る。しかし、今はこの瞬間を全力で楽しみ、仲間たちと共に進む道を信じることが大切だと思った。
≪虫の報せ《バグシグナル》が発動しました≫
突然、俺たちの周囲の空気が変わった。虫の報せ《バグシグナル》が発動し、危険や敵の接近を察知した。美しい景色を楽しむ時間が突然奪われ、緊張感が一気に高まる。
何かが迫っている。
(なにかは知らないけど、とりあえず……よくもリルカが景色を堪能している所を邪魔してくれたな)
「ゲロゲロ(リルカ、下がっていろ)」
俺の表情、手の動きで察したリルカはすぐに動き出した。
「おじさん、こっちこっち! 早く!」
リリカは急いでダリエルの手を引っ張りながら、山道の脇にある大きな岩の陰に身を隠すよう促した。その動きには一切のためらいがなく、彼女の目には決意が宿っていた。
「え? どういう事ですかい?」
ダリエルは一瞬戸惑ったが、リリカの真剣な表情を見て、すぐに理解したように彼女の指示に従った。岩陰に身を隠しながら、周囲の様子を警戒する。
「カエルさんが下がれって言ってるの。さっきあの表情と手の動き見たもん」
リリカの声には信頼と確信が込められており、彼女の記憶が確かであることを示していた。その瞬間、俺はリリカとダリエルを守るために前へと一歩踏み出し、背後の二人を守るように構えた。
木々の葉が風に揺れ、周囲の静けさが一層際立つ。その中で、遠くから不気味な足音が徐々に近づいてくるのが聞こえた。何かが確実に俺たちの方に向かっている。
「ゲロ、ゲロゲロ?(さて、リリカの邪魔をしたのはどんなやつだ?)」
俺は小さく鳴きながら、身構えた。その足音の主がどれほどの脅威を持つのかを直感的に感じ取っていた。
リリカとダリエルも、息を潜めながら俺の動きをじっと見守っている。彼らの心の中には不安と緊張が渦巻いていることが手に取るようにわかるが、今は俺がいるんだ。何も問題はないと心の中でつぶやいた。
風が冷たく吹き抜け木々がざわめく中、俺は集中力を研ぎ澄まし進化したスキルの野生の
(北の大地でも最強クラスのモンスター、
その毛並みはまるで夜の闇を纏っているかのようだ。厚く荒々しい毛皮が体を覆い、特に冬毛は長くて密集しており、厳しい寒さから身を守っている。
顔はまさに獣そのもので、深紅の瞳が鋭く光り、こちらを見据えている。鋭い牙が口元から見え隠れし、その一咬みで岩さえも砕く力を示している。険しい表情は、怒りと威厳を感じさせ、近づく者を威圧する。
腕は非常に長く、筋肉が隆起しており、その力強さを物語っている。巨大な手のひらには鋭い爪が生え、岩をも砕く破壊力を持っている。その腕が一振りすれば、木々も簡単に薙ぎ倒される。
脚もまた太くて頑丈で、その強靭な脚力は素早く移動するために鍛えられている。足の爪も鋭く、地面をしっかりと捉え、どんな険しい山道でも問題なく進むことができる。
その咆哮は低く重く、山の谷間に響き渡る。その音だけで、周囲の生き物たちを震え上がらせ、近づくことを躊躇させるほどの威力がある。
かつてのパーティメンバーの盗賊、グレイが常に警戒していたモンスターの内の一体、だからこそ詳しく俺はこいつを知っている。
前知識なしなら結構苦戦したかも知れない、けど残念だったな
俺はお前を知っているし、俺はお前に怒っているんだ。
力強くリリカの短剣を握りしめ、
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