第3話
玄関を通り、長い廊下を進んだ先は広いリビングだ。
思ったよりキレイに片付いている。
ロータスを入れたキャリーバッグを降ろし、開けてやるとたたっと走り出た。
警戒するかと思ったが、早速というように窓際の日当たりのいい場所を陣取って寝そべる。
宇宙人により、既に話が通っているような感じがした。
猫は家につくと言うが、元々ロータスは美来が一緒であるならばあまり場所を移しても警戒はしない。
実家に連れて行ったときも警戒することなくすぐに馴染んでいた。
ただ獣医に行った時だけは、そこが何をする場所なのか分かっているようで着いた時から警戒している。
そう言えば家族は無事だろうか?
あれから携帯も繋がらず連絡も取っていないが、実家でも猫を飼っているし、皆美来に負けず劣らずのネコ好き。美来の待遇を見る限り、少なくとも同等だろうと、そこは安心している。
『ここはロータスの家で、お前はあくまで同居人。だが使いで留守にする時以外は極力ロータスの傍にいろ』
あくまで美来の部屋は外の物置だと言うが……。
「ローたん、私が添い寝してあげないと寝てくれないんですけど……」
『ならお前は抱き枕になるのだ』
「承知ですっ!」
姿勢を正して敬礼する。
「あの……、ところで」
宇宙服は『何だ?』と言うように美来に体を向ける。
「あなたは、最初にウチに来た宇宙人さん?」
中身は一緒なのだろうか? と思い聞いてみる。
ガラスは真っ黒で中は見えないし、声も合成音声のようで、全宇宙人共通のように思う。
宇宙人はしばらく固まっていたが、手を上げてヘルメットに触れると、サァっと黒いスモークが晴れ、美しいネコの顔が現れた。
途端に美来の顔が明るくなる。
『私はこの地区の監督官で、ロータスも管轄の一員だ……、って聞いているのか?』
うっとりとガラスに張り付く美来に、宇宙人は冷たく言い放つ。
にゃーっ! とロータスの声で我に返った美来は慌ててガラス球から離れる。
「ごめんごめん。浮気してないよ」
屈んで手を差し出すと、ロータスはその手にすり寄る。
ひとしきり首元を擦り付けると、肉球のついた両手でガシッと掴み、ゲシゲシと猫キックを始めた。
いたたと思いつつされるがままになりながら、あの手袋の中も肉球なんだろうか……と、中を見たい衝動に駆られる。
でも地球の大気に適応しないとかなら、脱がすわけにはいかないのだろう。
残念に思いながらも、気になっていたことを聞いてみる。
「ところでアナタにお名前はあるんですか? 何てお呼びすれば?」
監督係ならこれからもお世話になるだろう。宇宙服は何体か見たが皆同じような形だった。複数体が一堂に会したら個別の呼び名がいるだろう。
数体集まった宇宙服の中身も皆大きなネコなんだろうか、と想像してニヤけているところに宇宙服は無機質に答える。
『ここで言うロータスに相当するIDか? 特には無い。そもそもお前達が我らを呼称しようなどと……』
「それじゃあ、私が名前つけてあげます」
話を続ける宇宙服に構わず指を立てて提案し、少し考えた後、
「ランファ! 女の子を迎えることがあったら、その名前にしようと思ってたんです」
満面の笑みを浮かべながら言う。性別は聞いていないが、顔立ちからはメスだと推測できた。そこはネコの特徴そのまんまだ。
だが宇宙服は固まったまま動かない。
あれ? もしかして怒ったのかな? と少し顔を引きつらせていたが、
『別に構わない』
と踵を返して言った。
美来は表情を明るくし、克平という青年の運んできた箱を開ける。
中はほとんどネコご飯だ。
それならさっそく用意してあげるか、と中身を取り出して並べる。
メーカーは見たことのあるものだ。だが今まで買ったことはない。
いわゆる最高級品。
美来もロータスの健康のため、品質には気をつけていた。
食は健康に直結する。長きにわたり蓄積した成分から病気になることもある。
高いからとケチって、後に高額な医療費がかかっては元も子もない。
ご飯は高くても健康を第一に考えた品質の良いものを選んだ方が、総合的に見れば安く済むことに繋がる。
だがこれは美来の給料で手が出るものではない。
本物? と手にとって眺めてから数量を確認するように並べる。
あれ? と中には見たことない銘柄が混ざっていた。袋に何も書かれていない。
中身は、何かが詰められているような音と感触。ドライフードの中には、大袋の中に更に小さく小分けしてある袋が入っているタイプがあるが、その小袋だけが入っていたのだろうか?
だがメーカーが分からないとあげていいものかどうか。支給されるのだから品質に間違いはないと思うのだが……と開けてみると、中にはクラッカーのような物が詰められていた。
食べ物に違いないようだが、ネコ用にしては一つが大きい。砕いて与えるのだうか? としげしげと眺めていると、
『それはお前達の食料だ。今まで我等の仲間に対して、どのような扱いをしてきたのかを噛みしめるが良い』
と無機質な声がかかる。
「ああ。そうなんですね」
と美来はその一つをクッキーのようにカジった。
途端に口の中に広がる激マズ風味。ネコ用ドライフードを試しに口に入れてみた時に似ている。
「うーん。お金が無かった頃、自分の食費を削ってローたんに食べさせてあげてたのを思い出すなぁ」
涙を浮かべながら、感慨深げにボリボリとクラッカーを頬張る。
それを眺めていた宇宙服の目の前には『・・・・・』という文字が浮かび上がった。
まあいい、とランファと名付けられた異星人は説明を続ける。
既に買い込んである資材はそのまま使えばいいとのことなので、当面は今まで通りの生活ができそうだ。
電気やガス、水道はそのまま使えるので、お猫様にとって快適な環境を維持すること。
お猫様の希望に沿っているならある程度の采配は任せる、と事務的に告げるとランファは次の監督先があると屋敷を出ていった。
美来としてはもう少しあの美しいお顔を眺めていたかったが、ロータスが家の探検をしようとせがむのでそれに付き合うことにする。
愛用のお皿やオモチャは後で取りに行こう。
新しい家は慎重に探検するのかと思ったら、ロータスは既に我が物顔で走り回っている。自分が主だと分かっているかのようだ。
窓に飛び乗って外を眺め、まだ入っていない部屋の扉をカリカリと引っ掻く。
ロータスの家なんだから、各部屋のドアにネコ扉を付けた方がいいのかな? と思いながら散策に付いて回った。
「わあっ!」
2階にある部屋のドアを開けると同時に、美来は感嘆の声を上げる。
そこは寝室。
中央に大きなベッドが置いてある部屋だった。
ロータスは早速というようにベッドに飛び乗り、肉球で布団の感触を確認した。
自分の場所を確保すると丸くなって寝そべり、美来に視線を送る。
はいはい、といつものように布団に乗り、ロータスを避けるようにして添い寝した。
ロータスがここの主人だからというわけではなく、これはいつもの美来の行動だ。
美来を枕してスヤスヤと寝息を立てるロータスを見ながら、自身の瞼も下がってくるのを感じていた。
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