第25話 ボスネコ座談会
美来はいつものホームセンターにいたが、いつものメンツがいなかったので、今日は少し奥の方、ペットショップのコーナーを回っていた。
何か面白いものがあれば見繕ってみようかと思っている。
店員である克平はいないが、商品を持っていくことに問題はない。勝手にポイントから引かれるだけだ。
克平は案内や搬入や整理が主な仕事で、商品そのものは人間の持ち物ではない。あとは居ればポイントが今いくつかなどを教えてもらえる。
克平はそれなりによく配慮していて、各々の家に良さそうな物を見繕って勧めてくれていたので、あまり出向いて物色する必要はなかったものだ。
だから直接陳列された商品を見るのは久しぶりだった。
ペットショップの奥の方はガラス張りになっていて、ペット専門のスタイリストがお猫様の毛並みを手入れしている。
しばらくは見かけなかったが、生活が安定してきてまた需要が出たのかもしれない。
その周辺ではお祖母様方が椅子に腰掛けたりして座談会を開いている。
と言っても何を話すでもなくただ座っているだけなのだが。
美来はその間をロータスを乗せたカートを押して通る。
茶トラのボスネコがいたので挨拶をしたが、ボスネコは目を閉じたまま微動だにしない。
ロータスが身を乗り出し、スンスンとネコ挨拶するも、こちらにも反応無しだった。
「おばあさーん。ちょーしはどーですかー」
と声を張り上げてみるが、お婆さんも反応がない。
と思っているとしばらくしてゆっくりと動き出し、
「ほんに、きょーもえー天気で」
とスロー再生のような音が流れたので、苦笑いしながらも頭を下げた。
ここに集まっているのは皆同じくらいの歳の人達ばかりだ。
連れているネコも似たりよったりという感じだが、中には年若そうなお猫様もいる。
真っ白で毛艶の良い子だが、特徴的なのは左右の目の色が違っている。
俗にオッドアイと呼ばれているお猫様だ。
年若いと言っても他の老猫に比べての話で、どっしりとした貫禄は老猫に負けてはいない。
ロータスの挨拶にも臆することなく、余裕の対応をしていた。
奥の方では若いお猫様もいて、突然取っ組み合いを始めたりもする。
その騒ぎも何のその。
老猫達は全く気にした様子もなくまったりとしていた。
「ああ、古川さん。いらしてたんですね」
振り向くと克平がガサガサと包装紙のような物を処理していた。
戻ってきたのか、と挨拶する。
「動物病院まで配達に行ってたんですよ」
「ご苦労さまです。動物病院は健在なんですね」
「そりゃそうです。獣医さんは唯一お猫様を迎えてなくても上級猫民になれる職業ですからね」
動物病院はお猫様専用になり、その他の動物は別に専用の病院が用意され、人間もそれに含まれる。
ただ扱いが悪くなるようなことはないようだ。これまで保険の適用内だったものは猫民であれば継続して利用できる。
それには上級も下級もない。
「そう言えば、お猫様のワクチンって義務なんですか?」
「いえ、義務ではないです」
ということは各々判断、任意によるものということだが……。
「でも、お猫様の意思は確認するまでもないですよね」
注射打ちたいかどうかなど聞くまでもなくイヤだろう。
「そこは、お世話係が説得するしかないんじゃないですか? それに、治療や予防が必ずしも有効かなんて分からないですからね。あそこのボスネコさん達は元々野良で、そんな注射なんて全く打ってなかったって聞きますし」
それは生存者バイアスだというのが一般的な解釈だ。
ワクチンなどを医療を受けなかったから長生きしたのではなく、強い個体だから医療がなくとも長生きできたものなのだと。
同期の野良はその大半が途中で命を落としているだろう。
対して生まれつき体が小さく病弱な子は医療に頼らなくては命が危うい。そういう子が結果長生きできるのかと言えばそれは分からない。
医療によってスーパーキャットに改造されるわけではないのだ。
ただ「医療を受けなくても長生きできる例がある」というのが絶対的な事実だと言えばそうなのだろう。
言ってしまえば、何の治療の必要もないような健康状態で生きていられるのなら、それが一番良いに決まっている。
ワクチンにだって副作用があり、後に欠陥が明らかになる例だってある。
異星人の進んだ医学が介入できないのなら、そこは今まで通り人間が考慮しなくてはならないのだろう。
医療を受けなかったところで、それは本来の寿命に過ぎない。
それをそのまま受け入れるか、「医学の進歩によって劇的に平均寿命が伸びている」というデータにあやかるか、はたまた数十頭中に一頭の強靭な生命力を持っているに違いないという奇跡に賭けるのか。
結局は、自分が後悔しないような選択をする、という結論に行き着く。
しかし美来は、はたしてそれだけだろうか? とも思う。
後悔は人間がするものであって、その命はお猫様当人のものだ。
要は人間が後悔しようがしまいがそんなことはどうでもいいことであって、お猫様本人にしてみれば「ただ今を生きていたい」それに尽きる。
そしてできることなら幸せに、美来と共に過ごせてよかったと思ってもらいたい。
美来もロータスとできるだけ幸せな時間を長く共有したい。
その想いがあれば、痛い注射も受け入れてくれると思っているし、今のところそんな感じだ。
今考えたくはないが、歳を取って闘病生活になったとして、辛い治療を続けて延命することが、必ずしも幸せであるとは限らない。
自分にとってもそうだが、お猫様にとっても何が最善なのかを悩み抜いて選んで進むしかないのだろう。
ロータスも病院に連れて行く時は、不満の声を上げ、嫌がる素振りは見せるものの、最後はケージに入ってくれる。
そして抗議の声を上げるものの大人しく治療を受けてくれる。
もっともお医者様にはシャーを放ち、猫パンチで応戦するが……。
治療が終わり、美来の胸に飛び込んでくる時は、信頼されているという実感を得られる、まさに至福の時だ。
「痛かったね。頑張ったねローたん」
と労ってやることを忘れない。
共に選んだ道なら……と思っても、それもやはり独りよがりかもしれない。
やっぱり分からない。
「あんまり考えるの苦手だから」
とひとしきり想いを語った美来は、笑いながらそう締めくくる。
「あ、いや。僕は動物飼ったことなかったもんで。なんか……スミマセン」
神妙な面持ちになる克平の後ろに目をやる。
そこでは、ゆったりとゆるやかな笑みを浮かべながらお猫様を見守る祖母様達がいた。
ある意味達観されているのかもしれないな。自分はまだまだその域に達していないと笑うのだった。
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