第26話 イヌの亡命
「私ネット動画配信やってみようと思うのよねー。私ならすぐ人気出ると思うのよ」
「いや、見るのはお猫様ですから。全く興味ないと思いますよ」
「バカね。人間も見るんだから、人間が見れば人気出るでしょ。そうすればネコが目にする機会も増えるし。そうすればうちのネコ達を見せてお猫様人気も上がるっていう寸法よ」
「そんなうまくいきますかねぇ……」
と彩乃と克平が他愛ない話をしているのを、いつものメンツが聞いていた。
美来には分からないが、彩乃は男ウケはしていたようだからテレビには映えるのかもしれない。
テレビを付けてチャンネルを選ぶのは基本人間だから、人気は出るのかもしれないが、ポイントは結局お猫様の役に立ったかどうかだから、儲かるかと言われれば……多分無理なのではないだろうか。
美来の見立てでは、彩乃はお猫様にしてみれば「急に奇声を発する生き物」のように見えていると思う。
遊谷はいつものように黙々と作業を続け、櫛引はロータスが近づいて警戒の色を見せるメリーの背を撫でている。
いつもの光景だが、今日はそこへ見知らぬ女性が近づいてきた。
「あのー、すいません」
「あーはいはい。なんでしょう」
克平が彩乃とのやり取りを中断して応じる。
知らない人がお客としてくることはたまにあるので、それほど珍しいことではない。
その際は大抵買い物に来た客で、「~はどこにあるんでしょう」という質問であることがほとんどなので、いつも克平が応対することになる。
だが、美来にはその女性に見覚えがあった。
本当に「見たことがある」程度だったのだが、それはどこだったか……と記憶の糸を手繰り寄せ、そして思い出す。
「ああ、あなた。確か前にイヌを散歩させてた」
と呟くように言うと、その場の全員が注目する。そして一斉に女性に視線が移った。
「アンタ……、イヌ派の人?」
「それが……いったい、何の用なの?」
と一気に警戒した空気が張り詰める。
「こ、ここにはドッグフードは置いてませんよ!!」
いや置いてはいるんだが……と、あからさまな拒絶を見せる克平をまあまあと宥める。
「犬飼さんみたいな人は極端なだけで、この人は悪い人じゃないですよ」
多分なのだが、そんな気はした。
最初にイヌ星人が現れた時に、確か秋田犬と柴犬とチワワを三頭連れていて、RPGの戦闘シーンのようだ……という印象だったのを思い出した。
ロータスはシャーを返したものの、イヌ達は友好的に尻尾を振っていたし、この女性は終始恐縮した様子だった。
「それで、何か伝言でも伝えに来たのかい?」
恐縮して、中々要件を切り出さない女性に遊谷が落ち着いた様子で聞く。
女性はおずおずとだが口を開いた。
女性の名は
最近この近くに越してきたと言う。
犬民の侵食は日々深くなってきていて、この辺りに来るのも時間の問題だろうとは思っていた。
その日がついにやってきたというところか。越してきたことを告げ、プレッシャーを与える作戦。
正直このホームセンターを追い出されるとかなり不便になる。
だがそれは陽子の指示によるもので、佳奈にはそんな意思はないと言う。
「それがどうかしたのか? 本人にその意思がなかろうが、侵略民に違いないんだろう?」
遊谷の言葉はやや冷たいと思うものの、確かにその通りだった。
「実は……、私、ネコも飼っているんです」
皆の息を呑む気配が伝わってくる。
元々イヌ三頭、ネコ一匹。頭数からイヌ派の領民となったが、その待遇はあまり良いとは言えないものらしい。
犬民となったのは、ネコ星人侵略時に下級猫民に選定されたからだ。動物達を手放して生産労働に従事するか、隣町へ移住して自活するかを選ばされ、離れて暮らすよりはと移住を受け入れた。
その後イヌ星人によって中級犬民となり、これまでに近い生活を取り戻して安心していた。
だが侵略戦争が始まり、陽子が代表となってから風向きが変わってきたと言う。
侵略に加担させられることもそうなのだが、ネコも飼っている犬民には当たりが強い。
それでも「犬民としての義務」と耐えてきたが、それも限界に来ている。
「要するに、猫民に亡命したいってのか?」
遊谷がストレートに言い、佳奈は首を上下に振った。
皆が一斉に美来の顔色を窺うが、美来にもどうしたらいいのか分からない。
代表は引き受けたけど、おそらく美来にそんな権限はない。
困っているとまた遊谷が口を開く。
「亡命ってタダで交渉するもんじゃないだろ。『レッド・オクトーバーを追え!』でもショーン・コネリーは最新鋭の潜水艦を手土産に亡命の交渉をしてたろ?」
それは分からないが、何かを要求する必要は無いと思う。
猫民が増えるのなら、それは良いことではないのか。
「まあ、最終的に決めるのは監督官だろうが。まず地区代表であるキミの了解を得るのは間違いじゃないだろう?」
遊谷が、美来……より更に背後に向けて言う。
『うむ。決定権は無いが、反対する意思があるのなら考慮しないこともない』
背後からズッシリとした足音が近づく。
「あ。私は、いいですよ」
『ならば問題無い。猫民へようこそ』
美来は安心した笑みを浮かべたが、
「でも、ポイントはどうなるんです? 下級猫民なら、動物達と離れなきゃいけなくならないんですか?」
という克平の言葉に佳奈は声を上げた。
「そこ! なんですよ。離れなくて済む方法は無いですか?」
確かにポイントがリセットされて再審査なら、同じ結果のはずだ。
敵対種族とのポイント為替など無いだろう。
「しかし、そうまでして亡命したいもんかね。犬飼が嫌なら、別の地区へ行きゃ良かったろう?」
「それが……。イヌ族は人間をショーケースに並べて、イヌにお世話係選ばせようとしているんです」
定期的に選考会があり、そこで選ばれなければ愛犬と別れなければならない。人間に選ぶ権利はないのだ。
まだ実施されていないが、着々とその準備を進めていると言う。
「それはヒドイですね。人間を商品のように並べるなんて」
『ふむ。イヌ族はもうそこまで進んでいるのか。我々にもその計画はあるが、もう少し先になる予定だった』
ランファの言葉に皆一様に固まる。
「……冗談、ですよね?」
沈黙に耐えかねたように克平が口を開くが、ランファは何も言わなかった。
美来にしてみれば、ロータスに選ばれないというのは考えられないのでどうということはないのだが。
それに生き物をケースに入れて選別し、取引するなんてことは人間は普通にやってきたことだ。
「で……、どうするんだ? 環境が同じなら、イヌの方が元の飼い主を選びやすいと思うんだが……」
「あ……、いえ。やっぱり、犬飼さんのやり方には賛成できませんし」
一度亡命すると言って、やっぱりやめるとか、どっちつかずなのも居た堪れないだろう。
「大丈夫ですよ。私は平和的な解決を望んでますから。きっと大丈夫です」
ランファは人間をぞんざいには扱わない。何故かそんな気はした。
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