第19話 絆
いつものようにロータスをカートに乗せて散歩していると、通りの無効に宇宙服が歩いているのが見えた。
この辺りはネコ族の縄張りのはずだが、あれはイヌ星人の宇宙服だ。
ほとんど同じ形だが、ヘルメットの形に違いがある。
イヌ製の方がガラス面がやや三角形をしていて、少しだけ視界が広いように思う。
縄張りと言っても厳密に境界線が引かれているわけではない。
近隣にネコ住民が多いというだけだ。
その領域にイヌ星人が入り込んでいるという話を聞いていたが、ここはそれよりも深い場所のように思う。
1ブロック程度なら、法定速度を10Km/h上回って走っているくらいの認識で、取り立てて騒ぐようなことでは無いと思っていたが、ここまでとなると思ったより深刻なように思う。
すぐ目の前くらいに近づき、慌てて挨拶する。
「こ、こんにちは」
上司というわけではないので礼を尽くす必要はないのかもしれないが、無視するのもどうかと思う。
ロータスは身を乗り出すようにして匂いを嗅ぎ、シャーを放った。
やはり匂いからして違うようだ。
宇宙服がガラスのフィルターを解除すると、いつかのビーグル犬の顔が現れた。
『この惑星は実に住みよいな。害虫や危険が少ない。我々の仲間のために良くしてくれたことを感謝する』
いやあなた達のためでは……とも思うが、全ての人間が自分たちのためだけに開拓してきたのではない。
昔から全ての動植物や自然を守ろうとする働きはあった。
それまでは絶滅した種もいれば破壊された生態系もあったのだ。
そのままに自然を破壊し続けていれば、今頃人類は絶滅させられていたのかもしれない。その点についてはむしろ人類こそ先人に感謝するべきなんだろう。
『この区域もイヌ族が暮らすには申し分ない』
ビークルの言葉に、美来はおずおずと言う。
「あの……、お猫様の領域に入り込み過ぎでは?」
ビークルは小首をかしげるように聞いていたが、
『その人間の言う通りだ。お前達はネコ族の縄張りを侵している』
背後からの音声に振り向くとランファと思しき宇宙服がいた。
宇宙戦争勃発!? と身を固くしていると、
『やあ、認識番号1931。センバウリ星系の開拓以来だね。相変わらず頭の中で何かがダンスしているのかい?』
『お前こそ、101。文明を手に入れても、外を駆け回るクセは治らないのだな』
お知り合いのようで……、和やかな笑みを浮かべてみる。
『ひらひらと舞う虫を追って、どこかへ行ってしまったから心配していたんだよ』
『散歩が終わったのなら、さっさとウチに帰るがいい(ハウス)』
あんまり仲はよろしくないようですね……、と恐縮して縮こまる。
まあ敵対しているのだから当然と言えば当然か、と余計に首を突っ込まないようにしようと距離を置く。
『それに、縄張りの概念など古いものだよ。惑星は発見した者に権利があるが、先住民がいる場合はその限りではない。この星は彼らのものであり、領域を決めるのは我々ではない』
ビーグルが背後に手招きのような仕草をすると、角から一頭のイヌが現れた。
警察犬にも採用されているシェパードだ。
軽快な足取りでビーグルのもとへ来ると尻尾を振って挨拶し、続いてランファの元へと走り寄り同じことをする。
ランファは特に何かをすることもなく動かずにいた。
『我々の仲間は縄張りにキミ達が入り込んでも何とも思わない。自由に行き来してくれて良いと思っているよ。もちろんキミ達の仲間と、その下僕もね』
ビーグルは余裕のある仕草で身振りを加えながら語り続ける。
『今まではネコ族に占領されることが多かったが、今回は違うよ。なぜだか分かるかい?』
美来はランファを見たが、フィルターに隠された顔からは表情を読み取ることができない。
もっともフィルターがなくてもあまり表情は分からないのだが。
「なぜですか?」
動かないランファに代わって美来が質問する。
『人間の存在だよ。この星はヒトという種族が支配していた。我々には及ばないが高い知能と文明を持ち、秩序だった社会を構築している。そしてそのヒト族との絆が強いのが、我々イヌ族の仲間だ』
確かにイヌは、人類が一番最初に飼うことをはじめた動物だと言われている。人類との共存の歴史は長い。
『それは主従関係が逆転しても同じだ。人間にイヌ族を尊重する意志があるのなら、それは一つの巨大な生物になれる。ネコ族にその真似ができるかな?』
軍用犬、警察犬もいるように、イヌの群れは統率が取れている。軍用猫、警察猫などはいない。
気ままに、自由に生きるのがネコだ。
それはそれで自然な形であり、生物として劣ることではないのだが、群れを作って戦争をするのに有利なのはどちらかと言われれば……、統率が取れる方なのだろう。
『だがこの惑星を最初に見つけたのは我々だ。所有権は先住民にあるが、見つけた者の特権として最初の領土を決めることができるのも通例だ』
『もちろんだ。それは尊重している。だがそれ以降は先住民の意思による。そこからの領土拡大は子供達が決めることだ』
黙ってしまうランファにビーグルは続ける。
『人間はイヌ族にとって共に生きる相棒だ。それは子供達の進化にもつながる。キミ達はどうだい? 人間を下僕として扱ってはいないかい?』
「私はそれで幸せですけど……」
と小さく言うが、彼らには届いていないようだ。
『イヌ族は人間の知能をそのままに活動領域を広げることができるが、人間を下僕とするネコ族にそれができるかな? もっともそれができたところで、ネコ族の下僕になる動物の知能はしれているだろう』
「どうせ私は頭悪いですよ」
ちょっと不貞腐れてランファを見るが、動かないところを見ると何も言い返せない様子だった。
『人間も我々には敬意を払ってくれている。キミ達が恐怖で侵略してくれたお陰で我々は彼らにとって救世主だ。後から来る者には、後から来る者の利点があるのだよ』
ランファは宇宙服の中身が無くなってしまったかのように沈黙している。
『人間は、キミ達を恐怖の侵略者としか見てないだろう。今回は撤退して、ネコ族はこれまで通り、イヌ族と人間の下にいる方が得策だと思うよ』
動かないランファに畳み掛けるように言葉を浴びせるビーグル。美来はその双方に視線を泳がせていたが、ロータスを乗せたカートをランファの方へと押していく。
ビーグルはそれを「?」という様子で見ていたが、ロータスがランファの頭の上に乗り、美来が宇宙服の腕を取ると、ビーグルの目が見開かれた。
「でも、私はランファさんのこと好きですよ?」
ビーグルは一瞬、フリーズしたように固まったが、
『ランファ? ランファとは何だ?』
と無機質に問う。
無機質なのは自動音声だからであって、中身のイヌの顔は明らかに動揺していた。
「この宇宙人さんの名前です。私が付けたんです」
と恋人にするようにしなだれかかる。もっとも人間にそれをやった経験はないが。
ランファはしばらく固まっていたが、顔面のフィルターを解いて美来を見た。
ランファはビーグルに視線を移し、
『イヌ族の相棒とやらも、お前達の仲間を名前で呼んでいただろう? それが絆であり、親愛の証なのだと我々は解釈している。お前に名前をつけた人間はいるのか?』
ビーグルは何かに押されたように後退りする。
『なんなら、我がつけてやっても良いが?』
そこまで言うと、ビーグルは鼻にシワを寄せて踵を返した。
のそのそと歩き去っていくビーグルの後をシェパードが追う。
未来とランファ、そしてロータスはその後姿を黙って見送っていた。
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