第18話 イヌの巡回さん
「なんか最近、宇宙服を多く見かけるんですよね」
いつものメンツで集まって座談会をしている時、克平が少し困り顔で言った。
克平が物資の配達で各家を回っている時、今まで以上に宇宙服を見かけるようになったそうだ。
侵略当初は見回りのためか徘徊している姿もよく見かけたが、街が安定してからはほとんど見かけない。
今街で見かけるのはランファだけだ。
この区画担当の監督官だからだが、以前は遠目に別の宇宙服が歩いているのを見かけたものだ。
そのランファでさえ、特に監視や指導をしている様子はなく、単純に街のお猫様を愛でているだけのように見える。
「やっぱりアレはイヌの異星人なんでしょうか……。宇宙服のタイプも少し違うみたいですし」
ランファは肯定する。
予想した通り、今は監督官が降りてくることはほとんど無いそうだ。
『イヌ派の連中の方が後に来たからな。地慣らしに時間がかかって未だ街をうろついているのは不自然ではない』
「でも……、猫民が住んでる地域にも入り込んでるんですよ。これっていいんですか?」
ランファはフリーズしたように固まってしまった。
「入り込んでいるってどれくらいだ?」
固まってしまった場を動かすように遊谷が聞く。
「そんなに深くはないですけどね。1ブロック程度ですけど。住んでる人達は気味悪がって引っ越したいとかこぼしてます」
『それが事実なら放置しておくわけにはいかないだろうな。人間の都合で引っ越すことはないが、子供達もイヌ族がうろついているのは気分がいいものではない』
子供達というのはお猫様のことだろう。
そりゃ宇宙服を着ているとは言え、でっかいイヌが周囲をうろついていては落ち着かないだろう。
怖がって引っ越すことになったら……、それは侵略されているのではないだろうか。
『過度な干渉をしないことは暗黙のルールだが、あくまで暗黙だ。明確な条約など無い』
「一応……、聞いておきたいんだが」
遊谷が神妙な面持ちで口を開く。
「イヌ族とネコ族の宇宙人。どっちが強いとかあるのか? 平和主義だから戦争を避けているだけで、いざ戦争になったら、どっちが不利とかあるのか?」
あまり考えたくはないが気になることではある。
不可侵条約が暗黙のものであるのなら、いつ破られてもおかしくないということでもある。
結局科学力で劣るなら、相手が多少強引なことをしても抵抗できないのではないか。
しかしそんなことを聞いて、正直に答えてくれるものだろうか。
旧日本軍は劣勢の最中でも国民には順調に勝ち進んでいると知らされていたと聞く。
『証明する術はないが、科学力に関しては均衡している。だから現状があると言って良い』
宇宙の歴史的には様々な種族が進化を遂げてきた。初期の頃は戦争も起こり、数多くの知的生命体が滅んでいった。
ある種族が新技術を開発すれば他種族はすぐにそれを模倣する。互いにそれを繰り返し、技術躍進は激化、それについていけない種は滅ぶ。
最終的にネコ族とイヌ族が残り、これ以上の戦争は互いに利がないと悟る。
実際多くの惑星が快適に住めない環境になっている。
今は仲間を助けるという名目で新天地を開拓しているが、地球のようにイヌとネコが共存する星では均等に分け合うのが習わしだ。
『先に到着した方が多少の利を得るのも通例だ。後から出張ってくるのはルール違反と言える。だがそれを事前に知ることができたのなら対処することもできるだろう』
「え? もしかして、僕凄い功績上げてます?」
『そうだな』
「え? え? じゃあ、GGのボーナス貰えたりするんでしょうか?」
克平が目に見えて意気揚々とする。
『我の名を呼ぶ権利をやろう』
「わあー……ぃ。……ア、リガトーゴザイマス」
克平の言葉は尻すぼみになったが、結構凄いことなんじゃないかと美来は思う。
「でも……、いきなり消されたりしないと思っていいんですよね?」
あまり話に参加しない櫛引がおずおずと聞くが、
『我々が過干渉しない、危害を加えないのは互いの子供達に対してだけだ。人間はその限りではない』
人間はあくまで役に立つから置いているだけで、害になるのなら容赦なく抹消するのだそうだ。
もちろん害にならないのなら何も心配はない。
だが何が害なのかは人間が決めることではないし、イヌ族の基準がネコ族と同じとも限らない。
『我々には分からない感覚だが、電柱に放尿するとイヌ族の逆鱗に触れると聞いたことがある』
「いや、人間もしないんで大丈夫っす」
「酔っ払いたまにやってるわよ」
「ああ、そうか。それは気をつけないといけませんね」
克平と彩乃のやり取りは流し、結局異星人のことは異星人に任せるしかないのかという結論にまとまる。
人間もそれぞれの資産には違いないので、無意味に危害を加えられることはないが、イヌ星人にネコ派の人間が消されたとしても、それは異星人同士が弁償額で揉めるだけの話であって、人間がそこに介入することはない。
消されたくなければ、自分でうまく立ち回るしかないのだが、美来はそれほど心配していない。
それでも櫛引などは不安そうだった。
そんな雰囲気の中、克平がおずおずと手を挙げる。
「ところで監督さん。人間も、お猫様のお役に立てることで生存を許されているんですよね?」
名を呼ぶにはまだトラウマが勝っているようだ。
ランファは無機質に肯定する。
「なら、人間もお猫様にとって必要なはずです。これからお猫様の数が増えていくなら、お世話する人間も増えていかないといけないんじゃないでしょうか」
『それはそうだが、それがどうした?』
「つまり、僕が言いたいのはですね。人間も数を増やすために、男女を
何言ってんの!? アンタ、と彩乃が汚物を見るような目で克平を見る。
『うむ。それは一理あるな。よし、メリーとロータスを世話係と一緒に番にするか』
「それはダメですっ!!」
克平が声を上げるが、結局何を言っているのか分からなくなって「忘れてください」とだけ言って縮こまった。
櫛引は静止画のように固まり、美来は何も聞こえなかったという様子で動かなかった。
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