第11話 イヌの惑星
美来の前には異様な光景が広がっていた。
いや異様というほどではないか。
世界が今のように変わる前はしばしば見られていた光景だ。
だが随分長いこと見ていなかったので忘れていた。
「ウォン!」
通りの先にいる生き物が大きく声を上げる。
カートに乗るロータスも低く唸り声を上げた。
街中でのエンカウント。今の場面にBGMが流れるなら戦闘シーンの軽快な音楽が奏でられているだろう。
そして目の前にいる敵達。
RPGの戦闘シーンのように横に並んで斜に構えているのは……、イヌ。
秋田犬と柴犬とチワワだろうか。
そしてリードの先には人間の女性がいた。
人間は美来と同じく動揺したような素振りを見せている。
見る限りただの「イヌを散歩させる人」に過ぎないのだが、ネコだけの世界になったと思っていた矢先だったので驚きを隠せないでいた。
そして視界の先には宇宙服もいる。
こちらにゆっくりと歩いてくるが、もしかしたら助けるのはネコだけではなかったのか? イヌもその中に含まれていたのか?
と様々な疑問が渦巻いていると、宇宙服は目の前までやってきた。
ランファでないのはすぐに分かった。宇宙服が若干違う。
その宇宙服がヘルメットに手をやると黒いスモークが晴れる。
そこに現れたのは……イヌ。
犬種としてはビーグルだろうか。
その大きな頭が宇宙服の中に入っていた。
これはつまり……、ランファのイヌバージョン。イヌの宇宙人だ。
『我々はこの惑星に住む仲間を助けに来た。そしてお前達の主人とは敵対する関係にある』
ランファの種族とは別の進化を遂げた、イヌ科の動物が進化して人類になった種族ということか。
そしてお猫様とは仲がよろしくないと……。
そこまでは理解したが、そこからどうすればいいのか分からない。
宇宙戦争?
しかしそれならばとっくに大変なことになっているだろう。
どうしたらいいか分からず固まっている美来に、ビーグル犬の顔をした宇宙人は続けて文字を表示する。
『我々は野蛮な種族ではない。この惑星に住む者達の問題は、あくまで当事者同士で解決するもので、我々は必要以上に干渉しない』
そのスタンスはランファ達と大差はないようだ。
差し当たって宇宙戦争の戦火に巻き込まれる心配はなさそうだが、当事者……、お猫様とイヌ族の戦争は起こるのではないだろうか。
犬達は激しく尾を振り、興奮したように身を乗り出す。リードを持った人間を引きずるようにして近づいて来た。
普通なら飼い主がリードを引いてイヌを制御する場面なのだろうが、おそらくイヌ側の下僕。リードを引いておイヌ様の行動を妨げて良いものか、逡巡している様子だった。
ロータスのカートの下までやってきて、小さいイヌは直立して鼻をロータスに近づける。
尻尾を振っているので、単に興味を持って近づいて来ただけだろう。
友達になりたいのかもしれないが、ロータスは上から猫パンチで迎撃していた。
届いてないのもあるが、イヌ達は気にしていないようだ。
ひとしきり挨拶を交わした後に気が済んだのか、イヌ達はカートを離れて元来た道を戻っていった。
飼い主……もとい下僕の女性はペコペコと頭を下げて行く。
耳を澄ますと確かに街の奥からイヌの声が聞こえる。
この先はイヌ族の縄張りなのだろう。今の人は友好的だったが全てのイヌがそうとも限らない。
散歩はここまでかな、と美来はカートを反転させた。
「本当ですか? 言われてみれば今まで気にしなかったのが不思議なくらいですね」
いつものホームセンターで克平が驚きの声を上げる。
作業場としている遊谷を始め、櫛引と彩乃もいた。
というより皆が揃った頃合いに美来が話題に出したのだ。ネコ科の宇宙人がいたように、イヌ科の宇宙人が来たことを。
「じゃあ何? 他にもアライグマとか樹とかカマキリの宇宙人もいるわけ?」
『宇宙を支配しているのは我々とイヌ族だけだ。他にそこまでの進化を遂げた種族はいない』
彩乃の呟きに、ネコ型宇宙人――ランファが応える。
ネコ族が地球を見つけた時点で、イヌ族も来るのは分かっていた。
先に着いたのはネコ族なので、制定と地慣らしはネコ族が主導。その分良い条件の領域を手に入れたが、イヌ達とイヌ派の人間は別区域に追いやって管理していたそうだ。
文明の発達した者同士が戦争をすれば、それは宇宙が崩壊する規模の被害となる。
だから二種族には暗黙の不可侵条約があり、仲間は助けるが、相手に危害を加えることもない。
客として丁重に扱い。安全な場所まで避難して頂く。
という体裁のもとに実際には追い出したわけだ。
美来が元のアパートから引っ越しさせられたのも、単に広い場所に……というだけでなく、住み分けのための移動だったのだろう。
「でも……、僕達が代わりに。兵隊として戦わされるんでしょうか……」
櫛引がおずおずと言うが、さすがにそんなことにはならないだろうと思っていると、
『そうだ。実際に戦うのはお前達の役目だ。武器は手斧だけを許可する』
とランファが無機質に言い、皆が固まる。
え? 私も? というのが頭をよぎり、彩乃もおそらく同じことを思っている顔をし、克平は足が震えていて、櫛引は魂が抜けたようになっている。
遊谷は特に変わった様子はなかった。
しばらく沈黙のまま宇宙服の黒いガラスに注目していたが、
『冗談だ』
と同じ調子で文字と音声が流れた。
冗談……、と全員が頭の中で反芻する空気が流れる。
「冗談……ってことは、じゃあ光線銃とか貰えるんでしょうか?」
おずおずと聞く克平に「そっち?」と内心突っ込む。
『いや、野蛮な戦いをする者は抹消される。お前たちに分かる語句を使うなら政治的な戦争だ』
つまり平和的に領土を拡大しなくてはならないということらしい。
先に到着した利で良い場所を確保したが、もちろんイヌ族は納得しない。
後に領土を広げ、良い環境を手に入れたいだろう。
「でも……、ふと思ったんですけど。トラもネコ科ですよね? トラとかどうしてるんですか? 街を自由に歩いてるってのも聞かないですけど」
確かに。
日常でトラを見かけないので忘れていたが、トラもランファ達にとって仲間ではないのだろうか。
美来でもトラの世話をするとなると恐ろしいが、犬猫で戦争をするとなると強い味方ではないのだろうか。
『奴らは野蛮な種族だ。再教育の必要があるので相応しい所に送っている』
そうなんだ。ネコ科にも色々事情があるんだね……と思うが、トラとネコが共通の意思を持っているとも限らないのだろう。
人間にとってのゴリラくらいに異なる壁なのかもしれない。
ゴリラだって知能は高いし社会だって形成しているが、同列の種族だとは考えていない。
「でもまあ平和的に解決するんなら大丈夫なんじゃないんですか? 別にイヌさんが良い所に住みたいって言うんなら分けてあげれば」
『あまり楽観的にならない方が良いぞ。勢力争いに負けてイヌの惑星になったらネコ派は故郷を追放されることになる』
一瞬硬直した空気が流れたが、
「べ、別に大丈夫ですよ。私はローたんと一緒ならどこへ行っても……」
と場を和ませるために言ってみるも、それで平気なのは美来くらいなのだろう。
誰の表情も明るさを取り戻すことはなかった。
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