第4話
美来はカートにロータスを乗せて静かになった街を歩いていた。
カートはスーパーやホームセンターに置いてあるペット同伴用の大型カートだ。
いつも行っていた店から拝借し、旧住居からの荷物の運搬に使わせてもらった。
これから返しに行くのを兼ねてロータスと散歩をしている。
ロータスも例に漏れず外は大好きなのだが、いざお出かけしようとすると、やはり恐いのかキャリーの中で縮こまっていたものだ。
しかし今は車が走っていないからか、人が少ないからなのか、前ほど怖がってないように見える。
カートの上に乗り、海賊船の帆先に立つ船長のように進行方向を眺めていた。
道や塀の上で寝そべるネコがそれを見送る。
時折、家の中から犬の鳴き声がする。
よく考えれば犬を飼っている家もあるのだ。
犬とその飼主は肩身の狭い思いをしているのだろうか。
犬とネコを一緒に飼っている家もあるのだから、ネコと仲の良い犬は美来と同じように消されていないのかもしれない。
でも犬を散歩させる姿は見かけなくなったな……、と思いつつ足を進めていると、いつものホームセンターに到着した。
ついでに何か買い物はできないだろうか。
それならカートをもう少し借りられないだろうか。いや、このカートはアスファルトの上を転がすのに向いてないから、いっそキャリーカートを購入して……とも思うが、お代をどうすればいいのか分からない。
などと考えていると、
「ああ、古川さん。いらっしゃい。これから支給品を持っていくところだったんですよ」
と一角にあるペットショップの店員、瀬戸口 克平が美来とロータスを出迎える。
ホームセンター内は閑散としているが、結構人の声が響いている。働いている人のほうが多いようだが……。
「あら、アナタも消されなかったのね。ナマイキー」
声のした方を向くと、派手目な格好をした若い女性が美来に見下ろすような視線を向けていた。
高いヒールを履いているだけで、背は美来より少し高いくらいなのだが、態度はその遥か上を行くくらいにお高い。
「あ……、はい。おはようございます。えーっと」
「御堂 彩乃よ。まあアンタに名前覚えられても意味ないけどね」
とわざとらしい高笑いをする。
いわゆる「上流階級」を気取っている女性で、アメリカン・ショートヘアーとスフィンクスを飼っているのをやたらと自慢していた記憶がある。
というよりその記憶しかない。
「さ、わざわざ私が支給品を取りに来てやったのよ。今日はまともな食べ物を寄越してちょうだい」
彩乃は美来を他所に克平に詰め寄る。
「あ、いや。支給品は皆同じです。でも御堂さんは中級猫民なのでポイントで買い物ができますよ」
御堂はふんと鼻を鳴らすような仕草をする。
「まったく。下級猫民のくせにナマイキね。中級の私に逆らおうっていうの?」
「いや、逆らっているわけでは……。それに階級は人間同士の序列を表すものではないと、宇宙人さんも言ってましたし。あと、僕も中級です」
「あの……、階級ってあるんですか?」
話についていけない美来が質問すると、克平はいつものように教えてくれる。
消されなかった人間には、これまでの行動に合った階級が割り当てられ、それによって待遇が異なるのだそうだ。
ネコを嫌ってもいないが、特別好きなわけでもない、虐待もしたこと無い人間は下級猫民として産業地帯に集められ、社会を維持するための労働に従事しているらしい。
電気やガス、水道が普通に使えているのはそのためだと言う。
ネコを飼っていた、または世話ができる人間は中級猫民として猫の世話係や店舗、流通などの業務に当てられる。
今までのように家に住んで支給品を受け取り、評価によってはある程度の贅沢が認められるのだそうだ。
「ふん。私とアンタ達が同じ階級? なんか納得できないわね」
彩乃が手を腰に当てて不満そうに顔を歪めた。
「いえ。古川さんは上級猫民ですよ」
克平がバーコードリーダーのようなものを美来の額にかざすと、電子音と共に機器が緑の光を放った。
それを見て彩乃の顔色が変わる。
「ちょっとどういうことよ!! なんで私が中級で! コイツが上級なのよ!!」
克平に覆いかぶさるように詰め寄り、早口でまくし立てる。
「い、いや。僕が決めたんじゃないんで……」
「どういう基準なのよ。私はセレブよ! 私の方が上でしょ?」
絵に描いたようなヒステリーを見せる彩乃に呆気にとられているが、彩乃が疲労の色を見せた辺りで気になったことを聞いてみる。
「あの……。上級だと、何が違うんですか?」
彩乃がぷいとそっぽを向くと、克平は息をついて汗を拭う。
「主にはお猫様を一対一でお世話できる権利です。あと、買い物が安くできます。中級と比べると半分程度のポイントで」
ネコにどれだけ貢献したかでポイントが入る。具体的にはどれだけネコの喉を鳴らしたか。
1ゴロゴロ、1ポイント。
物品にはポイントが決められていて、それと交換することができる。相場は円と大差はない。
支給品以上の猫用品はそれを使って用意し、さらにお猫様が喜ぶことでまたポイントが増える。
ネコの扱いに長けた者ほど多くポイントが溜まっていくシステムだ。
もちろん自分へのご褒美として人間が贅沢するのも自由だ。お猫様との絆が深ければ、人間が楽しむことでよりネコが喉を鳴らすこともある。
美来はへぇーと感嘆のような息を漏らす。
「それで、ポイントってどうすれば分かるんですか?」
「買い物すれば分かりますよ」
と克平は先程と同じように機器を美来の額にかざす。
「古川さんの所持ポイントは、600万GGですね」
それを聞いた彩乃が素っ頓狂なイントネーションで同じ単位を繰り返し、電気に撃たれたように体を硬直させてそのまま後ろに倒れた。
「ポイントは過去に遡って累積されるそうですから。それにしても凄いですね。さすが古川さんです」
彩乃が起き上がり、言葉にならない言葉を吐きながら克平の体を激しく揺さぶる。
後頭部を地面に打ち付けていると思うが大丈夫なんだろうか……と本気で心配していると、徐々に奇声は日本語としての意味を帯び始めた。
内容は考えるまでもなく「なぜ美来がそんなに持っているのか?」というような意味だ。
それに対して克平は同じく「僕が決めたわけでは……」を繰り返す。
「私は今、6匹飼ってんのよ!? 絶対数が違うでしょ。それに私だって数年前からだし。毎日ネコがゴロゴロ言ってんのよ」
少し落ち着きを取り戻した彩乃が、息を切らして睨みつけてくるが、美来は「ああ」と何かを悟ったように言う。
「それは、多分あなたに向けて放ったゴロゴロではないからです」
彩乃は意味が分からない、というように怪訝な顔をする。
「いや、そうだと思いますよ。異星人のテクノロジーに間違いは無いと思いますし」
克平がゲホゲホと咳き込みながら割り入る。
「私はセレブなのよ!? 今までの生活はどうなるのよ!!」
「いや、でもそれだって旦那さんのお金ですよね? あなた自身には何の取り柄も無いじゃないですか」
「私は若さとこの美貌でそれを手に入れたの!! それでお金持ちの男を手に入れたのよ!!」
「いや、それは人間社会だったからですよ。今はネコ社会なんです。お猫様に気に入られるのが、いい生活を手に入れる基準なんです」
むきぃ~、と金切り声を上げる彩乃をやや引き気味に眺めていたが、そこへずっしりとした足音が近づいてくるのを感じた。
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