第5話
『何を騒がしくしている』
賑やかな一団に近づいてきた影は、無機質な声をかけてくる。
「ハ、ハイル! ネコー」
すかさず声を上げる克平の頭を彩乃が「うるさい」と叩いた。
そのやりとりで、背後から近づいたのが宇宙服だというのを悟って振り向く。
「あ、ランファさん」
ランファさん? と克平と彩乃が疑問符を浮かべた顔で凝視した。
目の前の宇宙服がロータスの監督役、美来がランファと名付けた異星人かどうかは分からないのだが、美来にはそんな気がした。
『ネコの前で暴力を振るうな』
失礼しました、と敬礼して畏まる克平を他所に、ランファはロータスに手を差し伸べる。
ロータスは匂いを嗅ぐ仕草をした後、首元を擦りつけた。
ネコは大きな音に驚いたりするが、ロータスは比較的おおらかと言うかのんびりしていると言うか、あまりビクビクした様子を見せない。
どっしりと構えて男らしい、と美来は微笑まし気に顔を綻ばせる。
彩乃は、
「わ、私はお猫様のお世話がありますので……」
これにて、と言わんばかりにそそくさと立ち去る。
それには目もくれず、ランファはのっしのっしと建物の奥へと歩いて行った。
それを見送りながら克平を声を落として耳打ちする。
「古川さん……、あの異星人が恐ろしくないんですか?」
美来は心底不思議そうな顔をして克平を見返した。
「なんで? カッコ可愛いじゃない」
「えー、そうかな。確かに宇宙服や宇宙船に憧れる男子はいますけど……」
アレは……、とランファの姿が完全に見えなくなるのを待つように言葉を濁していたが、
「なんか無機質と言うか。血も涙もないロボットみたいですよ。いやもしかしたらホントにロボットかも」
と毒づく。
「ツンなところも最高よね」
さすがに「はぁ?」という顔をする克平に構うことなく、うっとりとした表情のまま、
「きっと私のいない所ではデレデレなのよ」
「いや、それはないと思うっす!」
きっぱりと言い、そして仕事を思い出したように改まる。
「ところで、古川さん。なにか買い物されます? 実は携帯電話も復旧しているんですよ」
「えっ? 本当!?」
それは嬉しい知らせだ。
美来は依存症と言うほど携帯を使っていたわけではないが、全く使えないと結構寂しいものだ。
「ただ相場が同じくらいと言っても、今までのような割引が一切ありませんからね。携帯なんかはそれが顕著で、結構高いですよ?」
GGポイントは給料ではないので、毎月加算されるものではない。
そこは様子を見ながら慎重に使った方が良いとアドバイスされる。
「稼働してるアプリもそんなに無いですからね。それに電話はかける相手が持ってないと意味ないですし」
それは確かにそうなのだろう。
しかし美来は携帯がほしい。やはり持ってないと落ち着かないと言うか不安があるのでお願いすることにした。
本体は今まで使っていた物が使えるので、住所録などはそのまま有効らしい。手続きはホームセンター内にもある携帯ショップで可能なのでやっておきます、と携帯を受け取った克平が走って行った。
美来もカートを推してホームセンターの中を進んでいく。
建物内はあまり人がいなかったが、カート置き場の辺りに男性が一人いた。
何やらカートをバラして作業中だ。壊れた物の修理をしているのだろうか? と横を通り過ぎながら挨拶する。
男性も気が付き、「カートが邪魔になるか?」というように雑に置いてあったカートを移動させようとする。
そこへロータスが飛び移った。
「ローたん!?」
驚いて声を上げるが、ロータスは「こっちがいい」と言うような顔で鎮座する。
「どっちもおんなじだよ~」
と笑う美来に、男性が「いや」と声を上げる。
「これは今改良中のカートで、どこでも転がせるように車輪を取り替えてる」
男性は
下級猫民だが施工や修理をしているためよく街にも顔を出している。
細身だが体は引き締まっていて、確かに大工作業をしているのが似合う。
元々DIYが好きでよくやっていたから、今はキャットタワーやキャットウォークを作る仕事をしているそうだ。
ネコが特別好きだったわけではないが、今まで趣味にしていたことを本格的にできるようになって充実していると話す。
「街で使えるカートは探してたんです。それ貰えませんか?」
ロータスはもう自分の物のようにそこから動く気はないようだ。
カートのように車輪のついたキャリーも商品としてはあるが、ロータスはこのホームセンターなどにあるカートの方がお気に入りのようだ。
「それはいいけど、まだ試作段階だからね。……そうだ、使ってみて改善点を教えてくれるならタダで貸してあげるよ。監督にはうまく言っとく」
監督というのはランファのことだろう。
美来は礼を言ってカートを受け取る。
動かしてみると確かに扱いやすい。プラスチックの車輪だとガタガタという振動が気になったが、ゴム製の車輪には全くそれがない。
縦横に動かしても、引っかかる感触もなくスムーズに動く。
これならアスファルトの地面でも問題ない。ロータスも満足そうだ。
これから荷物の運搬や、雨の日などにも対応していこうと思っているので、気になることがあったらどんどん言ってほしいと言う遊谷に「楽しみです」と笑みを返した。
「しっかし。地球のネコを助けに来たってんなら、宇宙人のテクノロジーでもっと便利にしてほしいもんだけどね」
と遊谷がカートの具合を確かめるように動かしながらぼやく。
まあ確かに、未知のテクノロジーを使う割にはランファは宇宙服でのしのし歩くだけだ。
攻撃したり、逆らったりすれば消されてしまうが、それ以外は危害は加えてこない。
「それとなく探りを入れてみたことはあるんだけどね……」
遊谷もモノ作りが好きな男なので宇宙人の技術には興味がある。
あわよくばその技術を盗みたいと思っている地球人も多いだろう。そこは異星人側も想定しているので、そもそも必要以上の介入を抑制している。
円盤内は未知のテクノロジーの宝庫かもしれないが、少なくとも宇宙服で降りてきている連中にそれほど大きな力はない。
ただその最小の力でも、戦車を一瞬で消し飛ばしてしまうくらいなのだから、地球人にとっては十分脅威なのだ。
「軍隊は喉から手が出るほどにほしい技術だったろうね。和平で取り入って、仲良くなってから盗もうともしただろうけど、見え透いてるよね」
美来には難しいことは分からないし、物騒な話は苦手なので、愛想笑いを返していると、奥へ行っていた宇宙服を着た異星人――ランファが戻ってくる気配がした。
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