第6話

 近づいてくるランファに気づいたのか、遊谷は口をつぐんで黙々とした作業に戻った。


 美来は愛想のある笑みを返したが、ランファは場の空気を読むように見回すと、


『我らへの陰口なら気にする必要はない。下級種族の言うことを逐一考察したりすることはない』


 そりゃどうも、と皮肉なのか何なのか分からない返しをする遊谷に、美来はクスクスと笑う。


『お前達も、この子らの言うことに怒ったりはしないだろう』


 とロータスに手を差し伸べる。


 ロータスは差し出された手袋の匂いを嗅ぐと首筋を擦り付けた。


「言うだけじゃ怒らないってんなら遠慮なく言わせてもらうけどな。アンタらは俺達を下級種族だと言ったが。助けに来たっていう地球のネコは更にその下だったってことになるんだぞ」


 遊谷がランファに向けているようで、どこか独り言のようにも聞こえる口調でいう。


「あら。上級と下級に偉さの差は無いって聞きましたよ?」


『その通りだ。等級の高低は、命の尊さに比例しない。お前達にも不当に危害を加えるようなことはない』


 ランファの答えに美来も満足気な笑みを浮かべていると、携帯ショップに行っていた克平が戻ってきた。


「古川さーん、携帯。使えるようになりましたよー!」


 走って戻り、ランファへのいつもの挨拶も忘れず行うと、美来に携帯を渡す。


 美来は久しぶりに見た携帯の起動画面に顔を綻ばせた。


「そうだ。お二人は携帯持ってないんですか? 色々と教えてほしいこともあるし」


 克平は遊谷と一瞬顔を見合わせ、苦笑いともつかない微妙な表情を見せる。


「いやぁ。僕らはとても携帯を持てる身分では……」


 美来は、少し考えると、


「じゃあ、お二人の携帯代は私が払います」


 男二人はギョッとしたように顔を見合わせる。


「いや……、それは有り難いんだが」


 困ったような表情を見せる遊谷に克平も言葉を合わせる。


「そうですよ。さっきも言ったでしょう? 携帯は維持が大変なんです。3人分ともなると、いくら古川さんが上級猫民でも維持は厳しいと思いますよ。それに、僕らだけというのも示しがつかないですし」


 言われてみればそうか……、と残念そうな表情になる。


「そうだ! これでランファさんと通話できる?」


『いや、我々はそのような原始的な端末は使わない』


 そっかー、と消沈した面持ちになる。当分は一人で使うことになりそうだ。


 一瞬沈黙が場を支配したが、克平が気を取り直すように表情を変えて動き出す。


「そうだ。ランファさん……」


 ボッ! と空間が凝縮するような音と共に克平の姿が消えた。


 見るとライファが克平のいたはずの位置に手の平を向けている。


 美来は一応周囲を見回して克平の姿を探したが、見当たらないことを確認すると、再びランファを見る。


 抹消されたのかな? 名前呼んだだけで?


 と一瞬動揺したが、きっとこれがツンデレなんだろうと納得することにした。


 遊谷も何もなかったように作業に戻っている。


「あー。前から気になってたんですけど? 消えた人達って、どうなっちゃうんですか?」


 遊谷が露骨に「それ聞くのか?」という顔をしたが、ランファは変わらぬ無機質調で答える。


『我々は野蛮な種族ではない。命を奪うことはしないが、行った先でどうなるのかまでは知るところではない』


「てことは別の場所にいるんですね」


『その個体に相応しい場所に送られる。好戦的な者には思う存分戦える所に。下等生物を虐げてきた者はより高等な種族のいる所に』


 自分達がやってきた事だからといって納得はしないのだろうけれど、人類よりも高等な種族だと言うのなら、滅多な事にはならないのではないだろうか。


「瀬戸口君はどこに行っちゃったんでしょう?」


『さっき飛ばしたやつなら、120キロ離れた場所だ。明日には戻ってくるだろう』


「あー、そうなんですね」


 ランファはロータスの頭に手をやる。


『言うまでもないが、我々はこの星の子たちに直接手を貸したりはしない。あくまで進化はこの子たち自身に委ねなければならないのだ。人間が自分より下等だという理由で虐げるのなら、人間よりも高等な種族になら虐げられてよいことになるだろう』


 いつも無機質なランファの言葉に、心なし感情が曇っていたように感じられたが、あまり気にしないことにした。


 美来は前からネコとは対等。いや、下僕だと思っている。


 ネコに尽くすことが幸せで、ネコの幸せが美来の喜び。


 ランファも次の見回りに行くようなので、美来もホームセンターの奥へと足を向ける。


 ロータスは興味津々といった様子で、カートから身を乗り出さんばかりに空気の匂いを嗅いでいた。


 ホームセンター内に並べてある物は以前とそれほど変わらないが、販売しているわけではないのだろう。


 撤去するにも人手が足りないのだと思われる。


 その証拠に奥のペットショップコーナーは賑やかだった。


 と言っても数人だが、ネコをカートに乗せた人達が談笑しているのが見えた。


 年配の女性が多く、お互いのネコを褒め合う姿はママ友会のようだ。


「まあー、フォレストちゃんじゃないの!」


 かわいいわねー、とロータスは注目の的となった。


 心なし誇らしげに撫でられるロータスを見て美来の気分も高揚する。


 自分で言うのも何だが、ロータスはかなりの美猫だ。この世で一番美しいネコだと思っている。


 もっともほとんどの飼い主――もとい下僕はそう思っているだろうから、あえて人に言うことはないが。


 他の人達が連れているネコたちも可愛らしさでは負けてない。


 ほとんどは雑種のようだが、雑種には雑種の良さがある。


 そのうちの一つに姉妹のようなネコを見つけて美来の顔は溶けるように綻んだ。


 まだ赤ちゃんと言える子ネコだ。


 唯一ロータスの可愛さに勝てるネコがいるとするならそれは子ネコだ。ロータスも子ネコには優しいので、美来が相手をしても怒らないだろう。


 と思っているだけで、今までロータスの前で撫でたことはないが……。


 他の猫に挨拶し、撫でた後に機嫌を伺うようにロータスのもとへと戻るが、特に怒っている様子はない。


 ロータスとしても他の世帯と仲良くしているのは良いことなのかもしれない。


「うーん、ネコを通して近隣の人達と打ち解け合う。平和な世の中っていいねー」


 そうロータスに話しかけていると、


「お猫様からのゴロゴロは、他の子からでも貰えるからね」


 と声をかけられる。


 そこにはちょっと体の大きめな、言ってしまえばちょっぴりふくよかな男性がいた。

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