第29話 ヒトの惑星
美来は暴風雨の中にいた。
息が苦しい。
荒れ狂う風、何かが激しく肌を打つ感覚。
何があったのか。自分がどうなったのか。
しばらく思い出せず混乱の中にいたが、ロータスに襲いかかろうとしたイヌ――ケーニッヒの前に立ちはだかったのは覚えている。
それに対して宇宙服が手をかざしたのは見えた。
ランファも同じ動きをした。
違反行為をしたイヌを消し飛ばそうとしたのだと思う。
そこへ自分が飛び込んだ。
咄嗟に体が動いてしまった。
ということは、今どこかへ飛ばされようとしているのか?
暴力が支配する粗暴な世界だったらどうしよう……、と考えながら暴風に耐えていると、次第に意識がハッキリしてきた。
体が激しく回転するような感覚に襲われたため一瞬意識が混濁したが、落ち着いてくると自分が地面に立っていることに気がついた。
どこかへ飛ばされている最中ではない。もう飛ばされた先のようだ。
ここは風が荒れ狂う場所。
目を凝らすと周りは暗い。
それに思ったより風は強くない。ただ呼吸はしにくいし、肌を打つ感覚はある。
砂塵が舞っているのは本当のようで、目もうまく開けられない。
地面に手をつくと、一面の砂のようだ。
灰色の砂。
それがどこまでも続いている。
見上げると真っ暗で、星も見えない。
夜の砂漠に飛ばされたのかと思うが、それにしては何も無い。
息が苦しいのは風が強いからではなかった。
空気そのものが重苦しい。
なんとなくだが美来にも分かった。
ここは地球ではない。
空気が、大気の構成が違う。
このままここにいては長く生きられないんだろう。
ランファは攻撃してきた者は、それに相応しい場所に飛ばすと言っていた。
野蛮なことはしない。殺傷が目的ではないと。
だが、ここはそういう感じがする場所ではない。
何も無い。
完全な虚無の世界だ。
おそらく、ビーグルとランファが同時に若無砲を使ったため、ぶつかり合って想定外の場所に飛ばされたのではないだろうか。
それこそ、誰もいない、何も無い宇宙の彼方に……。
恐怖と絶望が襲ってきたが、自分が助からないというより、もうロータスに会えないのだろうかという悲しみの方が勝る。
いや、ロータスが飛ばされたのではなくて良かった。
一緒にいられないのは寂しいが、これで良かったのだろうと無理やり自分を安心させる。
とりあえず、自分で穴を掘って埋まろうか……と思うも、掘ってもすぐに風で埋まってしまう。
そのくらい砂の粒子が細かくて軽い。
吸い込むのも危険なような気がした。
できればあまり苦しくない死に方がいいなぁ、とぼんやりと砂の地面を見つめていると、頭を疑問がよぎった。
そう言えば光源はどこにあるのだろう?
空には星も無い、月も無い。だけど地面が見えているなら光の元があるはずだ。
悪い視界の中、目を凝らすと前方に光が見えた。
そちらを直視しようとすると眩しい。確かに何かがある。
砂から目を守りながら這うようにして光に近づく。
近づくにつれ、光源は地面から少し高い位置にあるのが分かった。
これは照明? ライトだ。
眩しいので少し横に移動する。
そうすると、月面の調査のために地面に立ててあるような照明器具がそこにあった。
そして、その向こうには宇宙服。
今まで逆光で見えなかったが、宇宙服を着た何かがそこにいた。
ランファではない。イヌ族でもない。
彼らより、少し等身が高いように思う。照明が立てられているところなど、まんま月面着陸の図だ。
だがここは月面ではない。
地球も星も見えないし、何より美来が生きている。
何者かと思って見ていると、宇宙服も美来に気がついたようだ。
振り向いて近づき、様子を窺うように屈む。
そして、馴染みのある文字と音声が流れた。
『何者か? なぜこんな所にいる?』
やはりネコ族かイヌ族の宇宙人なのか? もしかしたら助かるのだろうか?
という期待をして、息も絶え絶えになりながら身の上を話す。
おそらく事故で飛ばされたこと。ここがどこだか分からないこと。元の場所に帰りたいこと。
「あなたは、どちらの宇宙人さん?」
異星人にとって、人間は仲間の世話をさせる下僕に過ぎない。
自分の仲間の世話係なら助けることに意味はあるだろうが、敵側なら助ける必要はないだろう。
確率は二分の一かな? などと思いながら一縷の望みにかけて返答を待つ。
ほんの数瞬が、物凄く長く感じられたが、やがて文字が現れた。
『いや、我々はどちらでもない』
一瞬意味が分からず目を瞬かせていたが、宇宙服がヘルメットに手をやると、顔面のフィルターが晴れていった。
そこに現れたのは顔。
その顔は、……人間?
美来のよく知る人間ではないが、ネコやイヌに比べれば、明らかに人間だ。
「ひょっとして……。サル族の宇宙人さん?」
美来の声は裏返る。
ランファはネコ族とイヌ族以外いないと言っていた。
だが、昔は多くの種族がいたとも言っていた。
目の前の異星人は、その疑問に応えるように話し始めた。
宇宙の覇権を争っているイヌネコ族とは違い、サル族に宇宙制覇の意志はないこと。
サル族は、ただ誰にも邪魔されないところで、ひっそりと自己を高め続けるのが望みだ。
近い遺伝情報を持つ生物でも、自分たちとは違う種族だ。それに干渉する事は良いことだとは考えない。
サル族の絶対数は少なく、その存在を知っているものは宇宙にはほとんどいないだろうと話す。
この衛星にも、資源の発掘に来ただけで、それももう終わって廃棄するところだった。
美来はそこへ、偶然飛ばされてきたらしい。
『他種族に干渉はしないが、困っている者を見捨てるほど無情でもない。我々と一緒に来るか?』
ありがたい申し出だが、近い種族とは言え、知らない星で一人生きていく自信は無い。何より、ロータスと離れて暮らすのならあまり意味は無い。
できることなら、元いた場所へ帰りたいと話すも、
『それは難しい。君の元いた惑星の座標が分からない。探してあげるにしても、宇宙はとてつもなく広い。我々の科学力を持ってしても、君が生きている間に探し当ててあげられるとは思えない』
美来はがっくりと肩を落とす。
ならば、いっそここに骨を埋めようか……と考えていると、それを悟ったのかサルの異星人は、何かを取り出して美来に見せる。
『わずかな可能性にかけると言う方法もある。これを使いこなすことができれば、元の
異星人の手にあるのは細長い板? ……ではない。
真ん中に黒い画面のようなものがついているベルト。
これは……サティ!?
ランファが手首につけていた、異星人の文明の利器だ。
これを使いこなすには相応の意志力がいると聞く。
失敗すればお終いだが、それ以前にどう扱えばいいのか全く分からない。
しかし選択肢はない……と、美来は手首を差し出す。
バシャッ! っと一気に巻き付き、完全にロックされる。
『元の場所を強く思い出すだけで帰るくらいはできるだろう。もっともその場合は、それだけの機能しか持たせることはできないが』
外すことはできないと言っていたから、以降はただ邪魔なアクセサリーになるのだろう。
しかし、このまま帰れないことに比べれば何でもない。
でも、それだけでいいのだろうか、とも思う。
地球に帰ってもまたイヌネコ族の抗争に戻るだけだ。それならばこの奇跡に乗じてなにか力を得られた方がいいのではないか。
どうせなら、ランファと同じ「是空」のサティにしたい。
だが必要なのは一点集中だと聞いている。画面に現れるのは一文字のみ。それで機能が決まる。
ランファのサティに書いてあった文字を思い出そうとしたが無理そうだ。それに読み方も分からない。
何より「是空」では自身は転送できないと言っていた。「是空」よりも強い力を手にするなど、美来にできるのだろうか?
ここは素直に「帰」の一文字に集中した方がよいのではないか……。
だが美来の胸には熱い想いが込み上げてくる。
ロータスに逢いたい。その想いがあれば、何でもできそうな気がした。
地球に帰り、なおかつ「是空」の力をも併せ持つ。そんな力を持つ存在と言えば……。
ロータスへの想いを乗せて、その一文字を、これ以上ないというくらいに強く念じた。
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