第15話 瀬戸口 克平

「なんか。聞いたところによると、イヌ星人に勧誘されてるお宅があるみたいなんですよ」


 ホームセンターのペットショップコーナーでロータスのオモチャを探していた美来に、克平が話し始める。


 克平はホームセンター内をよくうろついているが、本来の持ち場は奥の一角にあるペットショップだ。


 元々そこの店員で引き続き担当している。


 前にいた他の店員は自宅でもネコを飼っていたので、今は上級猫民としてお猫様の世話をしているらしい。


 店にいるだけでなく、各家に配達に回っているので、色々と話が入ってくるようだ。


「勧誘……ですか」


「要するに『犬民にならないか』ってわけですよ。ワンちゃんも一緒に飼ってた家もありますからね」


 お猫様がいて、認められれば上級猫民に。認められなくともこれからお迎えする意志があれば中級猫民に。


 意志はなくともネコ族のために働くのであれば下級猫民になれる。


 大雑把にはそういう振り分けられ方をしている。


 他の動物を一緒に置いておくことは自由だが、基本的にお猫様に向けた社会なので、優遇とまでは行かないようだ。


 イヌがいる家庭ならば、イヌ族になった方が生活が安定するのだろう。


 問題はイヌもネコもいる家庭が、どちらを選ぶのが良いかということ。


 数が多い方に行くというのは安直だが、はたしてそれが最善なのか?


「でもまあ、ネコ星人も命に対しては平等みたいで、不幸なことにはならないよう配慮されてるみたいですよ。野蛮なことはしないって言ってましたしね」


 人間用の食料が配給されるように、他の動物に対してもそれは同じだ。


 しかし克平が配達などで見ている様子だと、イヌも鳥もハムスターもそれほど不自由しているようではなかったと言う。


「いやー、つくづく人間って贅沢して生きてたんだなーって思い知らされますよ」


「まあでも、贅沢はしたいですもんね。私もローたんには贅沢してもらいたいですし」


「まあ、僕もできる贅沢ならしたいですよ」


 と笑う。


 そこで、今イヌ民になれば色々な特典がつく、という勧誘が多いらしい。


 お猫様も悪いようにはしない。ついでに人間にとっても良い条件、という保険の新プランみたいなキャンペーンを実施している。


 イヌ星人も領土領民を拡大したいし、ネコ星人と比べて出遅れているのだから必死なところもあるだろう。


 でもほとんどの猫民は訝しんで慎重になっているようだ。


 人間社会でも詐欺まがいの勧誘は多かったのだ。その注意喚起もあったので、甘い言葉には裏があるのではないかと警戒もするだろう。


 イヌ族に移っても、結局は裏切り者であり、ネコも同居するのだ。


 本当に優遇されるのか? 最初だけではないのか? と心配にはなるだろう。


「でも、実際移っていった人もいるみたいです」


「そうなんてすね。でも、止めることもできないですよね」


 そこは個人の判断。


 人間というより、動物たちにとって何が一番いいのか、を考えた上だというのなら咎めることはできない。


「でも、イヌに比べてネコの方が繁殖力が強いっていいますからね。数を増やしていけば、イヌ族の侵略なんて目じゃないですよ」


「そうかもしれませんけれど。お猫様は侵略のための道具じゃありません。そういう目的のために繁殖させるのは反対です」


 キッパリと言う。


「そうですよね。スミマセン」


 そんなつもりではなかったんですが……、と言うように顔を赤らめて弁明する。


 人間も結局は人口を増やすことで国を大きくしてきたのだから、別段特別なことではないのかもしれないが。


 過去にはブリーダーや多頭飼いの崩壊で不幸な命が生まれたりする例もあったのだ。


 いつしか目的が入れ替わってしまって……、みたいなことは十分に考えられる。


 それは人道的に、というよりそんなことになってしまってはネコ星人の怒りを買うことになりかねない。


 それはあくまで自然に任せなくてはならない……、いや自然に任せてはあっという間に爆発的に繁殖してしまうか。


 そこはお世話係が適切に管理して差し上げなくてはならない。


 それにはお世話できる人間の数も考慮しなくてはならないだろう。


 美来がいつも会うメンバー以外にも、ご老人達など結構な数の猫民はいる。


 話したこともない人も多いが、ホームセンターを見ているとちらほら見ない顔もいた。


 克平の話では、配達に全て委ねて全く家から出ずにお猫様ライフを送っている人もいるようだ。


「そう言えば、瀬戸口さんは、お猫様をお迎えしないんですか?」


 上級猫民になりたいと常々言っていたが、お猫様を迎えるのが一番の近道ではないのか。


「そうしたいんですけどね。中々うまくいかなくて」


 何か条件が? と聞いてみると、迎えたいからと名乗りを上げればそれでいいというものでもないらしい。


 今まで飼っていた経験があればまた違うが、初回となるとお猫様からの了承がなくては成立しない。


 お猫様としても扱い方をよく知らない人に自分の命運を任せられないだろう。


 なんかマッチングアプリみたいだな……、と思いつつ克平に励ましの言葉をかけた。


「でも、ペットショップでお仕事していたんですから、動物は好きなんじゃないんですか? 猫民にいるってことは、やっぱりお猫様がお好きだったんですか?」


 克平は「いやあ」と頭を掻く。


「ええまあ。動物は全般的に好きだったんですけど、子供の頃は親がダメで。働きだしてからもアパート暮らしじゃ飼えなくて」


 獣医や飼育員を目指すほどの地頭や気概もなく、できそうな範囲で一番近いペットショップ店員になった。


「それまでは、お猫様が一番ってワケじゃなかったんですけど。よく来るお客さんにネコ好きさんがいらっしゃって、その影響かな?」


「へえ、それでネコ好きに?」


「まあ、そんなもんです。それで、その人の役に立てられるようになりたくて、ネコグッズを色々調べているうちに」


「そうなんですね。それでお猫様を好きになってくれたんなら、私も嬉しいですよ」


 克平は照れたような笑いを浮かべる。


「だから、ネコ星人に侵略された時も、他の動物の世話をするのと、お猫様のための仕事を選ばされたんですけど、その人と同じ道を進みたくて迷わずお猫様を選びました」


 少し真剣な表情になる克平に、美来も「ははーん」と察したような表情を浮かべる。


「もしかして、御堂さん?」


「絶対違います!」

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