第16話 遊谷 大輔

「遊谷さん。こんにちは」


 いつものホームセンターに行くと、作業に没頭する男がいたので声を掛ける。


 遊谷も挨拶を返し、ロータスにも「やあ」と声を掛ける。


 ロータスも遊谷のことは覚えているようだ。


 タワーやカートなど、色々役に立ってくれていることを悟っているのかもしれない。


 本能で察するというより、美来が信頼しているなら、その様子を見てロータスも心を許す。


 実はそれはネコに限らない。


 ロータスが初見で警戒しない人間なら、美来もそれほど警戒心を抱かない。


 これまでも、何度か友人に会わせたことはあるが、その中には友人の友人というように、あまりよく知らない者もいた。


 その中でも、ロータスが警戒する人間と、あまり警戒しない人間と分かれたものだ。


 それが絶対の指針になるとは言わないが、美来も動物的な本能は確かだと思っている。


 ただ「ネコ好き」を自称していながらお猫様に警戒される人間は、どこか動物をモノとして見ている傾向がある、というのは確かだと思っている。


 しかし「ネコに好かれない」という人が人間性に問題があるというわけでもない。


 お猫様にも性格があり、人見知りなだけかもしれないので、そこを見極める必要はあるだろう。


 少なくとも美来は、ロータスが警戒しているのか人見知りしているのかの区別はつくつもりだ。


 遊谷は「ネコ好きというわけではない」といっている割にはロータスが警戒しないので、根本がいい人なんだろうと思っていた。


「今は何を作っているんですか?」


 遊谷は四角い枠を取り上げて言う。


「ネコドアを改良してるんだ。ドアに穴を開けると、どうしてもセキュリティが甘くなってしまうからね。防犯性を落とさず扉をつけられないか模索してるところさ」


 へえ、と広げられた物を見ると、色々な材質や大きさを試しているようだ。


 確かに屋内を仕切る扉と、外へと通じる扉では事情は異なる。


 お猫様主体の家とは言え、安全面を考慮して一方通行にしたり、ロックをかけたりできる扉も需要はあるだろう。


「それに、これからはイヌ族がうろついたりするわけだろう? 小型犬なら入ってこられるかもしれない」


 確かに、外への出入りを自由にできる扉なら小型犬なら簡単に入ってこられる。


 それを人間が追い出すと、イヌ星人の粛清に遭いかねない。


 かと言ってお猫様に全て任せるというのも世話係としても役目を放棄していることにならないか?


 美来は外へ出る時はロータスも一緒なので気にしてなかったが、中には自由な出入りを希望するお猫様もいるだろう。


「なんとか、ネコだけ通れて、イヌは通さない扉を作れないか考えてたんだけど、大きさを制限するくらいしか思いつかなくて……」


 と頭を掻く。もちろんそれでは小型犬も通れてしまう、と悩んでいたのだろう。


 美来はどんなものならイヌは通れないか……、と想像を巡らせる。


「そうだ。出入り口を高い所に作ったらどうですか?」


「高い所?」


 二階でもいいし、玄関なら腰より上くらいの高さでもいい。そこにドアを設置し、そこまでを棒状の階段で繋ぐ。つまり梯子を斜めにした階段だ。


 それならばネコは登れるがイヌは登れない。


 高さによっては梯子も必要ないだろう。


 お猫様にとっても少し手間だが、セキュリティには変えられない。


「それは、いいアイデアだね。さっそく設計してみるよ。ありがとう」


 ネコの特性についてよく知らない遊谷では、思いつかなかったのだろう。


 ガサガサとこれまでの書面を片付け、新しい図面を引き始めた。


「ところで。遊谷さんって、前はどんなお仕事をしていたんですか?」


 差し障りなければ……、と付け足して聞いてみる。


「ああ、とある商社の営業マンだよ。全然有名じゃないけどね」


「へえ、それは意外です」


 前にDIYが趣味だと言っていた気がするが、もう少しモノ作りに近いと思っていた。


「実際、転職は何度も考えたよ。でも職人になるにはね……。趣味でやってました、で雇ってくれる所は中々なくてね。結局は本格的にやってたわけじゃないから、勝手が違うかもしれないし。そんな中でやっていけるのか……って思うと、やはり踏ん切りがつかなくてね」


「ああ、分かります」


 美来も事務仕事だったが、自分に合っているかと言えば疑問だ。


 かと言って他に何かできることがあるのかと問われれば悩む。接客業ができないとは言わないが、特に目標もなく転職しても結局は同じなのではないかと思うものだ。


 それに、自慢ではないが数学が壊滅的なので、可能な限り数字から遠い所にいる現場にいたかった。


 それでも完全な数字から離れることはできずストレスのある日々を送っていた。


 数字を見て喜ぶのは、給与明細の数字が大きくなっている時くらいだ。


 体重計にはあまり乗らない。


「正直ブラック企業だったから、あんまり蓄えもなくてね。個人で仕事を始める用意もなくてさ。でも職人の道に進むには、人間関係とか厳しそうじゃないか。弟子入りなんて気が遠くなる」


 美来にも覚えはある。


 何か別のことを始めようとするにも、勉強だったり訓練だったり、その間の生活だったりと、先立つものが必要になって結局思い留まるのだ。


 結局はお猫様のために働いている、という毎日だった。


 もちろんそれは幸せなことだったが、今思うと、無理にそう思い込もうとしていたのではないかとも思う。


「だから、正直世界がこんな風に変わっても、オレは大して困ってないかな。むしろ趣味に近いことをやっているだけで生活できる分、楽だよ」


 と言って笑う。


 美来もそれにはつられて笑った。


「あとは上司が、ハゲがネコに変わっただけだな。むしろそれは良くなったな。理不尽なこと言わないだけマシだよ。少なくとも監督官は、自分の言ったことはちゃんと覚えてるもんな」


「あは、そうですね。ネコの方が記憶力いいなんて」


 と一緒になって大笑いした。


 美来にも似た上司はいて、毎夜毎夜友人やロータス相手に管を巻いていたものだ。


「ただ、この先どうなるのかな……っていう心配はあるかな」


 と少し声のトーンを落とす。


「そうですね……。でも」


 と美来はホームセンターの奥のスペースへ目をやる。


 そこにはお婆様達と老猫が座談していた。


「まあ、なんとかなるんじゃないですか」


 美来が言うと、遊谷も「そうだな」と笑った。

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