第14話 御堂 彩乃

 美来はロータスを乗せたカートを押して街を行く。


 いつもの散歩コースは少し外れ、少し大きな平屋へと入っていった。


「こんにちはー」


「ああ、いらっしゃい。待ってたのよ」


 玄関を通り、声を掛けるとジャージ姿の彩乃が出迎えた。


「その後の様子はどうですか?」


 ネコ部屋へ入り、中の様子を窺う。


 部屋は片付いている。


 それは前からなのだが、根本的な部分が変わっているのが分かった。


 お猫様達の寛ぎ方が違う。


 トイレが快適で、適度に運動ができているのだろう。


 床にもカーペットが敷かれ、小さいが猫タワーも設置されている。


「なんとかギリギリ下級猫民に落ちるのは免れたわ」


「それはよかったです」


「それで……、お土産は?」


「あ、はい」


 とカートに積んできた紙袋を渡すと、彩乃はがさがさと中身を物色し始めた。


 差し入れとして持ってきたものなので、それは構わないのだが。


「何よ。未開封ばっかりじゃない」


「ええ……、どう使ったらいいのかよく分からなくて」


 彩乃は紙袋の中身、大量の化粧品を並べながら不満を口にする。


 以前お猫様のお世話を指南して以来、定期的に様子を見ることも約束した。


 何かを間違ったまま続けてはポイントがどんどん下がってしまう。


 そのアフターケアを頼まれていた。その際に使いかけでいいから差し入れてほしいと色々と書かれたメモを渡されたのだ。


 美来としては配達を依頼してそれを持ってくるだけだから大した手間はないのだが……。


「しょうがないわね。私がやって見せてあげるから」


 と蓋を開け、手の平に出しては美来の顔に塗りたくっていく。


「いや、あの。私は別に……」


「何言ってんのよ。使いかけでないと私のポイントから引かれちゃうでしょ」


「??」


 どうやら新品を持ってくるだけだと結局は使用者である彩乃のポイントから引かれるが、使いかけであれば廃棄品ということになり譲渡に当たらない。


 つまり開けてちょっとでも使用済であれば美来のポイントで品物が使えるというのを発見したらしい。


「よくそんなセコイこと思いつきますね……」


「いいからいいから」


 次々と封を開け、中身を少し出して美来の顔につける。


「あの……、混ぜるな危険とかってないです?」


「大丈夫大丈夫。私はやったことないけど」


 十分心配だ。


 つけては落とし……繰り返して、正直意味あるのかと思うこともあったが一通り終わったようだ。


「これでよし。どう?」


「わあ、なんか肌がしっとりしてきた感じがします」


「ま、素材の差があるから私と同じようにはいかないけど」


「それは余計です」


 だけど本当に肌の色がよくなったような気がした。


 この内の何品かは継続して使ってみてもいいかもしれない。


 ロータスが美来のもとへ来て、身を乗り出してスンスンと鼻を鳴らす。匂いが気になるようだ。


 中には動物に優しくない成分の入ったものもあるかもしれないが、猫民に提供されているものには入ってないだろう。


 でも別段お猫様の体に良い訳ではないと思うので、手を伸ばして嗅がせろとせがむロータスに丁重にお断りする。


「じゃ、お猫様を開放してあげますか」


 彩乃はケージを一斉開放する。


 中でくつろいでいたネコ達は一斉に外へと飛び出し、思い思いの場所で寛ぎ始めた。


 追いかけっ子を始める子、置いてあるオモチャを自分で取り出し遊ぶ子もいる。


 ロータスもその輪の中に加わった。


 前に来たときとは見違えるほどにネコ達の機嫌が良いように思う。


 少なくとも彩乃を「世話をしてくれる人」と認識しているようだ。


 下級猫民になりたくないからとは言え、短期間でここまでお猫様の信頼を得られるのは凄いことだと素直に称賛した。


 ただポイントをクリアしたのは化粧品を買うのをやめたからだと思う。


 お猫様達が遊んでいるのを眺めていると、そのうちの一匹が彩乃の膝の上に乗ってきた。


 それを見て美来も顔を綻ばせる。彩乃もまんざらではないようだ。


 美来は何の気無しに語り始める。


「よくネコって『人を大きいネコだと思っている』って言うじゃないですか」


 それはつまりお猫様は人を自分と対等のものと見ているという意味でもある。


 もちろん人の造形とネコの造形が区別できないという話ではない。


 よく「イヌは人につき、ネコは家につく」とも言われる。つまりイヌは人間と主従関係を結ぶが、ネコにとって人間は同居人に過ぎない。


 ある意味間違ってはいないのだろうが、ネコも自分の親兄弟は認識していて、親が住む所を移動するなら子はそれについて行くものだ。


 だからお猫様が人間を親や兄弟と認識しているなら、引っ越ししても当然のように付いてくる。


 ネコが家についているように見えるのなら、それはお猫様にとって群れにいる他所のネコに過ぎないからなのだろう。


 地域猫の中でもたまにメンツが入れ替わったりするものだ。


 群から離れるネコがいれば、パートナーならついて行くだろう。


 少なくとも美来はそのカテゴリーにいたいと思っている。


 主従ではなく対等のものとして。


 ときには我儘を言い、気を使い、喧嘩もする。まあ美来はロータスと喧嘩をすることはないが。


 ネコが人を大きいネコだと思っているように、美来はお猫様を小さい人間だと思っている。


 実際、愛情を持って接したネコは人間の四歳児並みの知能を持つと言われている。


 生活を共にしたネコは、子供であり兄弟でもある。


 血の繋がりがなくても家族になれるのと同じだと思っている。


「そーかなー。私は別に、そこまでじゃないかなー」


 彩乃には今一つ響かないようだが、まだ本当の意味でお世話をするようになってから日が浅いのだ。


「そのくらい懐いてくれる子ができれば、考えも変わるかもしれませんよ」


 美来は彩乃の膝に乗るお猫様を見る。


 今はまだ自動的に運ばれてくる座布団かもしれないが、そのうち掛替えのない仲間と思ってくれる日も来るだろう。


「対等の仲間だと思ってくれるお猫様が増えれば、化粧品くらい自分で買えるようになると思いますよ」


「ホント? じゃあ頑張る」


 美来はネコ達と遊びながら、彩乃と他愛もない話を続けた。

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