第13話 真の猫民

「おはようございます」


 美来はホームセンターにつくと、いつもいる老婆に挨拶する。


 お婆さんの朝は早い。


 今日は早目の時間なのでお年を召した方達が多いようだ。


 皆カートにネコを乗せ、思い思いに散歩をしている。閉じこもっているより健康的なのかもしれない。


 カートも電動で、負担なく座って移動できるようカスタマイズされたものだ。


 遊谷が作っていたもので、この地区にいるご老人は大抵利用している。


 老婆が連れているのも年老いたネコだが、大きくどっしりとした貫禄のある茶トラだ。


 それが座布団の上に置物のように鎮座して目を閉じていた。


 ご機嫌なのか寝ているのか微妙だが、多分両方だろう。


 ロータスが挨拶するように近づき、スンスンと頭の匂いを嗅ぐ。首元、背中とまるで身体検査をしているかのようだ。


 茶トラは動かずされるがままになっていた。


 聞く所によると元々はノラで、近所のボスだったようだ。


「おばあさーん。カートの調子はどうですかー?」


 聞いてみるも、老婆は反応せず行ってしまった。


 まあお歳だからと、気にせず他の老猫達にも挨拶する。


 三毛猫、サビ柄、シロにクロ。


 お年寄りの家にいるお猫様は皆穏やかでおおらかだ。


 ロータスと共に貫禄に満ちたお猫様達に挨拶して回った。










 戻り際、いつものスペースに立ち寄ると、彩乃がせっせと動いている。


 そう言えばGGが大変なことになっていて、このままでは下級猫民になってしまうと言っていたので穴埋めに奔走しているのだろう。


 克平はお猫様を迎えていないが働いてGGを稼いでいる。


 それと同じように、自分から動くことでGGを得ているのだろう。


 ブランド服を脱ぎ、動きやすい服装になるなど、心境の変化も見て取れる。


 その視線に気がついたのか、克平が教えてくれる。


「御堂さん、このペースなら下級落ちも免れそうですよ。今までと同じ人だと思えないほどの頑張りです」


 やや嫌味を込めているようで、彩乃はふんと鼻を鳴らす。


「別に下級になったところで何ともないぞ。気楽なもんさ」


 遊谷が作業をしながらこともなげに言うが、彩乃は「結構よ」と突っぱねた。


 下級猫民は何かしら技術を持っていないと、楽な暮らしは難しいと聞く。


「アンタはいいわよね。お金持ちで贅沢できて」


 彩乃が言うが、美来は「贅沢してるわけでは……」と言葉を濁す。


「そうですよ。自分のためでなく、お猫様に全てを捧げてきた古川さんだから今の階級があるんです」


 克平の言葉に苦笑いする。


 それ自体は嬉しいが、美来としてはただ自分の好きなことをやってきただけだ。それによって妬まれるのは居心地が悪い。


 彩乃はツンと視線を逸らすが、その先にはメリーを乗せたカートを押してくる櫛引がいた。


 それを冷ややかな目で見ていたが、口を尖らせるように言った。


「そういえば、なんでアイツは上級猫民なワケ? 猫暦は私の方が長いし、そこまで愛情注いでないでしょ」


 愛情を注いでないとは言わないが、ここでよくアドバイスを求めていることからも、それほどお猫様の扱いに慣れていないのは見て取れる。


 いくらネコ好きでも、お猫様から好かれなければ評価はされないのだ。


 櫛引がメリーを大事にしているのは分かるが、前にメリーの背を撫でようとしてバシッと手で叩かれているのも見た。


 いつも一緒にいるので嫌われてはいないが、よく懐いているという風でもない。


 どちらかと言うと女王様とその下僕だ。


「そうですよね。僕も気になります。もしかしたら、何か秘訣があるんじゃないですか? お猫様に好かれてなくても、高ポイントを得る方法が」


 話を振られた櫛引は、一瞬何のことかと戸惑った様子を見せたが「いや、秘訣って言われても……」と首をひねる。


「オレも知りたいね。オレもあまりネコについて詳しくないから、楽にポイント稼げる方法があるなら知っておきたい」


 遊谷も乗っかる。


「いや……、ホントに何って言われても……僕にもよく分からなくて」


「ホントー? 自分だけ得したくて、私達に教えたくないんじゃないの?」


「やだなー、僕達仲間じゃないですかー、僕も上級猫民になりたいんですよ。お願いしますよ」


 と皆でわいわいと櫛引を取り囲んだ。


 美来はそれを少し離れた所で見ていたが、メリーが煩いのが嫌だったのか、立ち上がって櫛引の肩に駆け上がる。


 それに驚いて、取り囲んでいた皆は少し距離を取った。


 メリーは櫛引のニット帽に手をかけて剥ぎ取ると、残された頭髪をムシャムシャと食み始めた。


 皆、驚愕の表情でそれを眺めていたが、遊谷と克平は姿勢を正して敬礼する。


「アンタは……、本物の上級猫民だ」


「無理です。上級猫民にはなりたいけど、……これは僕には無理ですっ」


 克平に至っては涙を流している。


 彩乃はずっと引きつった顔のままだった。


 ロータスもその光景を凝視している。


 メリーと同じことをしたいのか、身を乗り出すような素振りをする。


 しかし、メリーが既に乗っている櫛引の肩には乗れそうにないのか諦めたようで、代わりに美来の方をじっと見てきた。


「いやあ……、私も髪の毛は……」


 やんわりと嗜めるも、夜中に毟られたら断れないだろう。


 何か気を紛らわす物を用意しないといけないかな、と考えを巡らせる。


「なあ、昨日の監督の言ったことを考えてたんだが、スター・トレックで宇宙船同士で行き来する転送装置があったじゃないか。アレがソレなんじゃないか? やっぱりスター・トレックの方が……」


「その話はもういいですよ」


 遊谷が話題を逸らすかのように話し始めたが、克平は昨日の話を蒸し返す気はないようだ。


「あの、その映画……どっちも好きな人いないんですか?」


「いないね」


「いませんよそんな人」


 二人は声を揃える。


「いや……、でもワンちゃんもお猫様も、両方好きな人はいるじゃないですか」


 そもそもネコ派イヌ派の話なのではなかったのか。


「ワンちゃんと仲の良いお猫様もいますし、その逆も」


 克平と遊谷は視線を落として黙り込む。


「ワンちゃんにはワンちゃんの良さがありますし、お猫様にはお猫様の。そしてそれぞれに欠点もあると思うんですよ」


 別にネコ派だからと言って、イヌを毛嫌いする必要もない。


 皆で仲良くなれる方が、皆にとって良いのではないか、そういうことを語っていると男二人は顔を上げ、ガシッと握手を交わした。


「スター・ウォーズもいい映画だ」


「スター・トレックも面白いですよ」


 いや種族間の話をしたいんだけれども……、と美来は呆れた苦笑いを浮かべるしかなかった。

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